編集部総論・数字で見る 循環経済の新しいビジネスチャンス
二酸化炭素を実質的に排出しないカーボンニュートラル社会をつくるための様々な挑戦が始まっている。規制による市場ルール作りを得意とする欧州は、サーキュラーエコノミー実現による新産業育成や経済成長を狙う。日本でも、循環経済の実現とイノベーションを目指した活動が活発化している。
「循環経済」と和訳されるサーキュラーエコノミー(CE)は、製品や素材、資源の価値をなるべく長く保ちながら、廃棄物の発生を最小限に抑える、あらゆる資源が捨てられずに形を変えつつ経済社会の中をめぐり続ける状態として理解されている。2015年に欧州連合(EU)が政策パッケージを発表したことで、世界中に広まった概念だ。
EUがCEを提唱した狙いは、産業競争力の強化にある。気候変動という危機的状況を前に、大量生産・大量消費のもとで成長してきた人類の経済社会は大きな変化を余儀なくされている。ここで、環境と経済発展を両立できる道をいち早く確立し、世界をけん引するポジションを確保しようというのだ。このため、「経済活動と環境影響の分離(デカップリング)」が重要なポリシーとなっている。これまでは経済活動を重ねればその分、環境に負荷がかかっていた。CEが成功すれば、経済活動が活発になっても全体での資源の利用量は大きくは増えず、環境への悪影響も抑制できるはず、という期待がある。またCEの推進に投資し、EU域内での新産業創出に伴う新しい雇用機会や、希少資源の確保にもつなげたい考えだ。
循環経済への取組は前世紀から
3月に資源自律戦略を策定
日本国内では、すでに1999年の段階で「循環経済ビジョン」が策定され、「循環型社会形成推進基本法」が2000年に成立している。国土が狭く、地下資源が少ないという課題を抱え、最終処分場をなるべく使わないようにすること、手元の資源を限界まで活用することは20世紀から日本が目指す方向性だったといえる。この時期には、従来のリサイクル対策の強化に加え、省資源化や長寿命化による廃棄物の発生抑制(リデュース)対策と製品・部品の再使用(リユース)対策を含む「3R」の本格的な導入が始まった。
このような努力の甲斐があり、国内で排出される廃棄物量、最終処分量ともに減少した(図1、図2)。しかし世界情勢はこの20年で大きく変わり、循環経済への期待もより広範囲になっている。そこで同ビジョンは2020年5月に改訂され、「循環経済ビジョン 2020」となった。2020年版のビジョンでは、日本が抱える課題を「環境と成長の好循環に繋げる新たなビジネスチャンス」と捉えなおそうとしている。3Rを廃棄物・環境対策にとどめておくのではなく、企業がこれまで培ってきた強みとしてグローバル市場に輸出することで、中長期的な産業競争力強化に繋げようと提案した。
図1 産業廃棄物の処理状況の変化
工場や建設現場、畜産農場などの事業活動から排出される産業廃棄物の量は徐々に減少している。最終処分量は1995年の3400万トンから400万トンまで減らせたものの、埋立できる最終処分場の残存容量も減少しているため、さらなる努力が求められる
図2 一般廃棄物の排出量
生活系ごみと事業系ごみを合わせた一般廃棄物の排出量は2000年度をピークに減少し、2021年度にはピーク時の8割の4095万トンになった。一般廃棄物のおよそ8割が直接焼却処分されている。1人一日あたりの排出量は890g(災害廃棄物は除外して計算)と、こちらもピーク時と比較して2割程度減少している。
その後の2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻し、この紛争はいまだに解決していない。これ以前にも、新興国の経済発展や日本経済の相対的な存在感の低下により、エネルギーや鉱物資源の長期的・安定的な確保が不安視されるようになっていた。また、気候災害の激甚化で被害が目に見えて大きくなったことから、脱炭素社会実現へのプレッシャーは強くなっている。経済産業省が2023年3月に発表した「成長志向型の資源自律経済戦略」は、このような状況を背景に、現状や国際動向を分析し、今後の方向性と政策パッケージをまとめたものになっている。
CEへの非連続的移行から
成長機会をつかむ
今後の日本のCEの方向性を示した同戦略の内容を簡単に紹介すると、まず第1章で「リニアエコノミーからサーキュラーエコノミーへの非連続なトランジション」として、気候危機に直面する世界の現状と、CEの目的などを解説。ここではCEの目的を、デカップリングの実現とウェルビーイングの向上とまとめている。そして、製品を製造・販売・消費し、その過程から出る廃棄物を適正に処理することが中心となるリニアエコノミーから、ものの価値を売り、循環資源の創出と利活用を中心とするCEへと非連続な移行を進めなければならないとした。CEを牽引するグローバルリーダーは日本、という覚悟を持って取組を進めていくという。
危機感を持って指摘されているのは、CEの潮流から外れることで成長の機会を逸すること、および日本の製品が海外市場に輸出できなくなる可能性があること。欧州ではEU主導による規制の枠組みで、米国ではグローバルな市場を持つ大企業の中長期戦略として、CEに資する製品開発が進んでいる。近い将来、少なくとも先進国市場においては、CEへの対応が参加の前提になる可能性が高い。
第2章の国際動向では、2021年2月に発足した「循環経済及び資源効率に関するグローバルアライアンス (Global Alliance on Circular Economy and Resource Efficiency ;GACERE)や、国際標準化機構(ISO)が循環経済分野を対象とした専門委員会を立ち上げたことなどに触れた。海洋プラスチック問題を端緒に議論が活発化しているプラスチック・リサイクルについては、2022年3月に国連環境総会(UNEA)においてプラスチック汚染に関する決議が採択されたこと、国際的な非営利組織による技術開発支援プロジェクトなども紹介している。欧州における、消費者保護の一環としての修理権確立の動きにも言及した。
実現に必要な6要件
デジタル基盤構築は急務
このような現状分析に基づき、第3章「成長志向型の資源自律経済の確立に向けた今後の方向性」において、今後の新ビジネス創出に向けたヒントを提示している。例えば、CEの定着にとって必要なのは、国民にとっての具体的な価値につなげることだと指摘する。消費者によるより賢明な消費の実践や、今までにない高揚感のある体験、エシカルなライフスタイルの実践などにつながるCEの取組の中から、新しいサービスをつくっていくことが重要になる。
また、CEの実現に必要な要素として、①品質向上、②量の確保、③適正なプライシング、④用途拡大、⑤エコデザイン推進、⑥貢献の見える化、を挙げた。この要件を満たすために必要なのがデジタル技術を活用したトレーサビリティの確保。その基盤となる情報流通プラットフォームの構築が急務であるとしており、ここで役立つ技術やノウハウを持つ企業にはチャンスがありそうだ。
政府の政策としては、3Rからサーキュラーエコノミーへと発想を転換するための、リデュース・リユース・リサイクルにリニューアブルを加えた4Rについて深堀していくことを提言している。リデュースとリユース、リニューアブルでは、それぞれの業界による省資源設計・リユース配慮設計の導入、二次流通製品の安全性を担保する仕組みづくりなどが必要だと指摘した。またリサイクルについては、個別の製品ジャンルごとのリサイクル法に基づくリサイクルに加え、循環資源をつくる産業と使う産業の連携強化、情報流通・トレーサビリティの担保が求められる。リサイクル配慮設計を強化し、対象品目に追加すべきものを確認・検討する必要もあるとした。
この他、インド太平洋地域をはじめとする有志国の間での資源循環のための協力関係構築や、国内では自治体と連携した広域的地域循環の強化を打ち出している。また、CEへの移行の土台となる市場環境を整備するために、産官学パートナーシップを強化すること、CEへの投資を呼び込むことも提言した。CEの取組に、金融機関や投資家からの資金供給がなされるようにするため、2021年1月に経産省と環境省が策定した開示・対話ガイダンスを活用していく。
企業・団体の連携促進
使用済みプラの再利用を模索
今回の特集では、まず経産省から「成長志向型の資源自律経済戦略」に基づくアクションを紹介する。CEでは、企業や団体、大学・研究機関、NPOなどが協力することではじめて循環が回っていく。そこで経産省は、サーキュラーエコノミーのパートナーシップへの意欲ある参画者の募集を開始した。先述した「サーキュラーエコノミー情報流通プラットフォーム」についても、2025年までの立ち上げを目指し、先行プロジェクトによる検討が始まっている。
経営者インタビューでは、アミタホールディングス社長の末次貴英氏が、地域に基盤を置く資源循環のしくみづくりについて語った。資源回収ステーションを地域コミュニティの核として運営するという構想をもとに、リサイクルのみならず様々な住民がつながる場を同社はつくった。企業としてCEから新規事業アイデアを得つつ、事業を発展させようとしている。
アミタホールディングスも旗揚げからのメンバーとなっている、CE実現を目指した企業の共創活動に、J-CEP(ジャパン・サーキュラー・エコノミー・パートナーシップ)がある。国連総会の会期にあわせた「SDGs週間」のイベントでは、J-CEPに参画する企業が自社の取組を紹介し、また人々の関心をいかにCEに引き付けるかを議論した。
プラスチックによる海の汚染が国際的に大きな問題とされる中で、日本でも使用済みプラスチックの行方に関心が集まるようになった(図3)。プラスチックのリサイクルについては、2022年4月にプラスチック資源循環法が施行され、あわせて社会もプラスチックの使い捨てをやめる方向へと舵を切った。国内の状況と欧州など海外のプラスチック政策動向とを併せて、公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)の主任研究員の粟生木千佳氏が解説する。
図3 プラスチックの総排出量とリサイクル量、有効利用率
国内の使用済みプラスチックの6割強がエネルギー源としてサーマルリサイクルされている。マテリアルリサイクルでは、ペットボトルのリサイクルが定着しつつある。埋め立てに回ることになる未利用の使用済みプラスチックもまだ1割以上あるため、効率的な回収やケミカルリサイクルの技術開発を進めてその量を減らす必要がある
そして、プラスチック・リサイクルのイノベーションを目指すのがアールプラスジャパン。米国のベンチャー企業Anellotech社が開発した使用済みプラスチックのケミカルリサイクル・プロセスの社会実装を目指す。米国ではパイロットプラントが既に稼働しており、2025年には商業化の検討フェーズに入る。
一方、ガラス製品では、素材に未利用資源を用いることで、二酸化炭素排出削減や廃棄物の削減につなげようという試みがある。ガラス食器ブランド「アデリアグラス」で知られる石塚硝子では、食品工場から出る卵の殻を原料にしたガラス生産を開始している。
リユース、リファービッシュの台頭
オフィス家具のサブスクが人気に
一度、人の手に渡ったものを買い取り、再び販売する使用するリユースや、検査・クリーニングをしたうえで販売するリファービッシュも、CEの担い手として存在感を増している(図4)。中古書籍の買取・販売から始まったブックオフは、CD・DVD・ゲームからアパレルや雑貨にまで取扱製品を拡大。販売できないCD・DVDを原料とする再生プラスチック素材も手掛けるようになった。日本の中古品を販売する海外店舗も好調だ。
図4 リユース市場の規模
中古品やデッドストックを売買・交換し、再利用するのがリユースだ。衣類やブランド品、ゲーム、書籍、雑貨類などリユースされる品目は増えている。まちの古物商から、ネットオークションやフリマアプリも含めた国内リユース市場の規模は2021年に2.6兆円、2025年には3.5兆円まで成長すると予測されている
フランス発のユニコーン企業であるBack Market社は、電子機器の整備済み中古品を販売するマーケットプレイスを展開する。欧州と比べると中古スマホの利用が少ない日本は同社にとって有望な市場だ。リファービッシュ品は新品よりも価格は安い。さらに、新品を購入するよりも二酸化炭素排出を抑制できる点も、消費者に対するアピールポイントだ。
家具の使い捨てを減らし、長期使用で家具メーカーにも利益が戻るようなしくみを構想して事業を展開しているのがソーシャルインテリア。高品質な家具のサブスクリプションで、最近の伸長が著しいのは企業を顧客とするサービスだ。魅力的なオフィス環境づくりを、なるべく廃棄物を出さずに実現したいというニーズをつかんだ。
一方、マッチングワールドのアプローチは、消費者の視界の外にある「在庫」に着目した課題解決だ。廃棄される売れ残りをなるべく減らせるよう、同社は売り手企業と買い手企業を匿名でマッチするプラットフォームを構築した。同時に、実際の商品を倉庫で検品してチェックする体制も作った。少ないロット数から、国内外の買い手にマッチングさせることができる。現在同社は、数年後の上場を目指した準備を進めている。
流行に売れ行きが左右され、大量廃棄が課題になってきたアパレル業界でも、CE実現に向けた活動は進んでいる。20年以上にわたって店頭で古着を回収してきたユニクロは、「UNIQLO古着プロジェクト」を新たに立ち上げ、2023年10月にはリメイク、リユース古着のポップアップストアを期間限定で原宿店に開設した。英国のファッションブランドのステラ・マッカートニーは、2024年春夏物を発表するパリ・ファッションウィークのランウェイの横に環境に配慮したアパレル素材を扱う企業を紹介するコーナーを設け、世に広めようとしている。
特集の最後には、様々なモノのリサイクルの取り組みを紹介した。身近な品々の再資源化にはそれぞれ異なるハードルがあるが、実証実験などに挑戦することで道が開けていくケースもありそうだ。