Arentが挑む建設DXプラットフォームの構築 「暗黙知の民主化」と事業承継問題の解決
数学専攻からファンドマネージャー、エンジニアを経て起業した異色の経歴を持つ株式会社Arent代表・鴨林広軌氏。「暗黙知を民主化する」という理念のもと、建設業界に特化したDXプラットフォームを構築し、M&A戦略で業界の事業承継問題とデジタル化を同時に解決する独自のビジネスモデルを展開している。ウォーレン・バフェットに影響を受けた投資的思考と、建設DXプラットフォーム構築を通し技術を未来に継承する社会的意義についての話を伺った。

投資理解から始まった 戦略的起業への道筋
-数学からファンド、エンジニアを経て起業という異色の経歴ですが、なぜこのようなキャリアを選択されたのでしょうか。
自分がビジネスをするうえで最も影響を受けたのは、ウォーレン・バフェットの「投資を理解するには自分で起業しないとわからない」という言葉です。私は世の中のルールを理解してその中で勝つことに興味があり、大学では数学を専攻していました。しかしながら、専門化が進むにつれて応用範囲への視野を広げたいという想いが強くなりました。
バフェットは投資というルールの中で70年間成功し続けています。彼のように確実性を持って成功する人になりたいと考え、まず投資を理解するためにファンドマネージャーになりました。投資の仕事を通じて様々な業界を分析する中で、起業するならIT系が最も有望だと判断し、株式会社グリーでエンジニアとして働いてエンジニアリングの本質を理解しました。
この経験から、業界特化の課題解決をする会社を作りたいと考えました。金融業界で「こんなソリューションがあれば業界全体が効率化されるのに」と感じることが多々ありました。そうしたニーズに応える会社を創造することが、最初の起業動機でした。
暗黙知の民主化で 人間らしい仕事への回帰
-「暗黙知を民主化する」という理念について詳しく教えてください。
「言葉では表現しきれない、経験によって身につく技術や知識」が世の中には数多く存在します。数年の経験を積むことで自然にできるようになるものの、その知識を体系化して伝承することは容易ではありません。こうした暗黙知をデジタル技術によって形式知化し、より多くの人がアクセスできるようにすることが重要だと考えています。
AIの進化により、従来は高度とされていた分析業務や判断業務の多くがデジタル化可能になりました。これは人間がより創造性を発揮できる領域に集中する機会を提供してくれます。人間本来の価値である創造性、共感力、洞察力を活かす仕事にシフトすることで、社会全体がより豊かになると確信しています。
社名であるArentは、哲学者ハンナ・アーレントから取ったものです。アーレントは『人間の条件』の中で、「人間の本質は、創造的な仕事と活動にある」と述べています。私もその思想に深く共感し、社名としています。
建設業界特化による DXプラットフォーム戦略
-なぜ建設業界に特化されたのでしょうか。
この会社は、私が代表を務めていたコンサルティングとシステム開発を行う会社と、京都大学の同級生である佐海文隆氏(現・代表取締役副社長)が創業した3D技術に強みをもつシステム開発の株式会社CFlatが合併し、設立されました。
合併したCFlatがCAD関連の技術力を有しており、製造業のCADは既に高度に発達している一方で、建設業界にはまだまだイノベーションの余地があることを発見しました。千代田化工建設様をはじめとする業界のリーディングカンパニーとの協業を通じて、この領域の成長可能性を確信しました。
現在、事業は受託開発と自社プロダクトの2軸で構成していますが、この比率は戦略的に変化させています。 持続的な成長基盤を構築しました。この変革の原動力となっているのがM&A戦略です。
建設業界の専門ソフトウェア企業をグループに迎え入れることで、建設DXプラットフォームを構築しています。参考にしているのは、カナダのConstellation Software Inc.という企業で、バーティカルSaaS企業の買収を通じて現在時価総額10兆円を超える規模まで成長を遂げています。
M&Aと開発・営業で 付加価値を劇的に向上
-建設DXプラットフォームの具体的な仕組みについて教えてください。
プラットフォーム戦略は3つの柱で構成されています。
第一に、継続的なM&A戦略です。売上3億から10億円規模の専門性の高い企業を買収対象とし、通常20〜30名の精鋭チームで運営されている企業が中心となります。
第二に、開発力の強化支援です。少数精鋭のエンジニアチームでは、AIをはじめとする最新技術への対応や、モダンな開発手法の導入が課題となる場合があります。我々のエンジニアリング組織がこれらの技術革新をサポートします。
第三に、営業力の拡張支援です。地域密着型の企業が全国展開を図る際、通常は販売代理店を活用しますが、マージンが50%程度必要になります。我々は現在グループ営業網の構築を進めており、将来的にはこの中間マージンを企業の成長投資に振り向けることが可能になります。
重要な点は、買収した企業の経営陣や企業文化を尊重していることです。各企業が培ってきた専門性と地域性を活かしながら、経営資源の共有によるシナジー効果を追求する「所有と経営の分離」モデルを採用しています。
AIを既存ツールに統合 暗黙知を新人に伝授
-AI活用について具体的な取り組みを教えてください。
我々が開発している「Procolla」という工程管理システムでは、AI機能を統合した次世代型のソリューションを提供しています。例えば、熟練技術者が新人に「この図面を参考にして工程を組んでみて」と指導する場面において、従来は経験の差が大きな障壁となっていました。
AI機能により「この既存工程を参考基準とし、新規図面の 工程を最適化して作成する」といった指示を与えることで、熟練者の判断基準や工程設計の思考プロセスを反映した工程表が自動生成されます。これにより、技術伝承のスピードが大幅に向上し、業界全体のスキル底上げに貢献できます。
我々のアプローチで重要なのは、ChatGPTのような汎用的なプロンプト型ではなく、既存の業務アプリケーションに最適化されたAI機能を組み込むことです。エンジニア向けツール「Cursor」が短期間で大きな成功を収めたのも、Visual Studio Codeという既存の開発環境にAI機能を自然に統合したからです。我々はこのアプローチを「AIブースト戦略」と名付け、業界特化型AIソリューションの標準モデルとして発展させています。
事業承継問題解決で 日本の技術を未来へ継承
-今後の展望と果たしたい社会的意義について教えてください。
今後2〜3年で建設DXプラットフォームの成果を明確に実証することが最優先課題です。AI導入による生産性向上、売上成長、利益率改善、そして働く人々の満足度向上という好循環を創出し、その変化を成果を実際に確認した企業が自らも次々とArentグループのプラットフォームに参加したくなるような魅力的なエコシステムを構築したいと考えています。
このモデルが持つ社会的意義の一つは、事業承継問題への解決策提供です。高度な専門性を持つ中小企業では、創業者の情熱と専門知識が企業の核となっている一方で、次世代への承継が課題となるケースが少なくありません。
企業買収では一般的に年間利益の数倍の価格設定となるため、例えば年間営業利益1億円の企業であれば5億円程度の買収資金が必要です。個人でこれだけの資金を用意できる後継者は限られており、優良企業であっても承継先が見つからないケースが生じています。こうした状況により、長年培われた技術やノウハウが社会から失われるリスクが高まっています。
我々の使命は、こうした貴重な技術資産をデジタルプラットフォーム上で保存・発展させ、次世代に確実に継承することです。日本が長年にわたって蓄積してきたものづくりの叡智を、誰もが簡単に活用できる形で体系化し、さらに発展させていく。それこそが「暗黙知の民主化」の真の意味であり、我々が社会に対して果たすべき責任だと考えています。

- 鴨林 広軌(かもばやし・ひろき) 氏
- 株式会社Arent 代表取締役 社長
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