テクノロジーで社会を変える ── アイリッジが描く“事業構想”の17年
2008年、iPhone日本上陸のわずか1ヶ月前に創業した株式会社アイリッジ。スマートフォンが普及する前から、モバイルテクノロジーが社会を変える可能性を信じ続けてきた同社は、今や大手企業を中心に多数のアプリ開発を支援し、OMO(Online Merges with Offline)領域のリーディングカンパニーとして成長を遂げている。
「Tech Tomorrow」を掲げ、創業から17年にわたり生活者体験をアップデートし続けてきた同社。その歩みは単なる成長の歴史ではなく、社会課題を見つめ、技術で未来を変える“事業構想”の連続だった。代表取締役社長・小田健太郎氏に、アイリッジの構想力と次なる挑戦を聞いた。

父の背中を見て育った起業への想い
「父親が創業経営者だったので、いずれ自分で事業をやりたいという想いは以前からありました」。株式会社アイリッジ代表取締役社長の小田健太郎氏の起業の原点は、幼少期にまで遡る。
新卒でNTTデータに入社しITの現場を経験した後、ボストン・コンサルティング・グループで経営を俯瞰する力を養った。そこでモバイルインターネット案件を数多く担当したことが、人生を決定づける体験となる。
「電子書籍やお財布携帯など、ガラケーの小さな画面でも生活が変わる体験ができる。この魅力は非常に強く感じていました。社会を変える力があると確信していたんです」
運命を分けた創業時の重大な選択
2008年8月、小田氏は株式会社アイリッジを創業。時期は、iPhone日本上陸のわずか1ヶ月前だった。
「ガラケーのモバイルインターネットは伸びていましたが、レッドオーシャン。スマートフォンという新しいプラットフォームの方が、スタートアップとしてはチャレンジしがいがあると判断しました」
この判断には、コンサルタント時代に培った俯瞰的視野と市場感覚が活かされていた。創業から1年間は、ガラケーとスマートフォンの両方を模索していたが、早期にスマートフォンへのシフトを決断。それが現在につながる成長の礎となった。
スマートフォン黎明期の挑戦と成長
「スマートフォンに早めに寄せて取り組み始めました。この判断が功を奏し、スマホの普及とともに当社も大きく成長することができました」
新たな技術領域への挑戦はリスクも伴ったが、小田氏には確信があった。先進的な取り組みを求める企業が一定数存在することを見抜いていたのだ。
「当時、大手でスマホアプリを手がけている会社は少なく、我々のようなスタートアップでも“先進性”を評価していただけました。いち早く実績を作り、次の案件につながるという好循環が生まれたのです」
顧客の真のニーズを見抜く事業哲学
アイリッジの主力プロダクトは、時代のニーズに応じて進化を続けてきた。初代「popinfo」から、二代目「FANSHIP」、そして現在の「APPBOX」へ──その背景には一貫した事業哲学がある。
「最初はジオフェンスによる位置情報ベースの通知機能から始まりました。たとえば、お店に近づいたときに最適なタイミングでお知らせを届けるという仕組みです」
だが小田氏は、位置情報だけに頼らない発展の可能性も早くから見据えていた。
「企業と生活者のコミュニケーションにおいて、最適なタイミングで最適な情報を届けることが、両者にとって最も価値がある。位置情報はその一部にすぎず、購買履歴や生活パターン、アプリの利用状況なども加味する必要があります」
FANSHIPでは“ファン育成”をテーマに、APPBOXでは従業員体験(EX)にも領域を拡張。サービスの進化に合わせてブランド名も更新してきた。
OMO概念の先駆者として市場を読み解く
ファミリーマートの「ファミペイ」など大規模案件の実績により、OMOの実装企業としての信頼も高まっている。
「10年以上前から一部の先進企業が注目していたOMO(Online Merges with Offline)の考え方が、ようやく幅広い企業で“実装フェーズ”に入りました」
一方で、その浸透には課題も多かった。「組織や予算の分断、データの統合困難といった壁がありましたが、今は人材やテクノロジー面の進化でそれを乗り越えられる会社が増えきました」
OMOは“新しい概念”ではなく、“ようやく現実になってきたビジネスの形”だというのが、小田氏の視座だ。
社会課題に挑む新領域──EXと地域創生
2024年以降、アイリッジはEX(従業員体験)領域に本格参入。ディップ社との協業により、アルバイト従業員向けのアプリサービスを展開し、エンゲージメント向上に寄与している。
「人材不足が深刻化する中で、働きやすさや定着率向上は重要な経営課題です。EX領域は、これまでのマーケティング予算とは異なる、企業の“人事投資”対象になってきています」
さらに、沖縄テレビとの会員プラットフォーム構想にも着手。地域メディアと連携し、双方向型の情報発信や会員マーケティングの基盤構築に取り組む。
「一方通行の放送から、アプリを通じて会員とつながる仕組みをつくる。地域創生に向けた新しい接点のあり方だと思います」
全社で事業を創るカルチャー
現在、グループ社員数は300名に迫るが、新規事業の種は決して一部の専任チームだけで生まれているわけではない。
「小さなチームは“種まき役”として機能していますが、むしろ全社的に、事業開発のアンテナを張ってもらっています」
その背景には、「新しい事業で社会を変える」というミッションへの共通理解がある。
「事業構想においてはマーケットインとプロダクトアウト、両方の視点を重視しています。市場性があり、かつ自社の強みが活かせる領域でなければ意味がありません」
たとえば沖縄テレビとの取り組みでは、ニーズの明確さに加え、アイリッジが持つ「APPBOX」の技術資産を活かすことで、迅速な立ち上げを実現した。
成長し続けるための組織づくり
小田氏は、300人規模になっても「変化に応じた組織の最適化」が重要だと語る。
「100人、300人の壁と言われるように、規模が大きくなると組織文化の浸透が難しくなります。だからこそ、ミッション・バリューに立ち返り、部門を越えて新しい取り組みをクイックに相談できる風土を大事にしています」
また、既存事業の伸長と新規事業の創出という“二兎”を追う体制も、あえて明言する。
「両方のスキルは異なりますが、どちらかに偏らず、時代に合った事業開発を続けていく会社でありたい」
テクノロジーで未来を変える構想力
創業から17年、小田氏の視線は今も変わらず「次の社会をどう創るか」に向けられている。
「結果的には順調に成長してきましたが、より速く、より大きく社会に貢献するために、まだまだ挑戦が必要です」
中長期では「各業界のイノベーションパートナー」として、業界ごとの課題を解決できる存在を目指す。
「アプリが当たり前になった今でも、従業員向けや地域連携など、“体験”の質を変える余地はまだまだある。業界に合わせて技術を最適化し、価値を提供していきたい」
スマートフォンという“時代の転換点”に挑んだアイリッジは、17年経った今も変わらず、テクノロジーの可能性と社会の未来を見据えている。
構想し、創造し、社会に実装する──小田健太郎氏が率いる“Tech Tomorrow”の思想は、まさに次代の事業創造のヒントそのものである。