防災における土木デザインの役割 伝統と近代技術で共存を目指す

気候変動の影響とみられる豪雨や大型台風が頻発し、地震の不安も絶えない日本。人口減少により、インフラの建設や維持へ充てるリソースも無限には増やせない。将来にわたり暮らしていける地域をつくるため、防災において地域の伝統的な知恵と近代技術が補完し合うデザインが重要になっている。

佐々木 葉(早稲田大学理工学術院 教授、第112代土木学会会長)

早稲田大学理工学術院創造理工学部教授の佐々木葉氏は、土木工学の中でも景観デザインを専門としている。2024年6月には、女性として初めて土木学会の会長に就任したところだ。橋梁やまちなみに加え、河川を中心とした環境に関心を持ち、水を活かしたまちのデザインを手掛けるほか、東日本大震災で被災した石巻市内の復興プロジェクトにも参画してきた。

今後、既存のまちの良いところを残しつつ、激甚化する災害の被害を減らすにはどうすればよいのか。佐々木氏は、「『伝統的で美しい景観』という時、現代ではなくなりつつある古くて貴重な特別なもの、という視点で見られることが多いと思います。しかしそれらは元々、人々が生きていくために、長年に蓄積した知恵の成果なのです。だから現代に活用できます」と説明する。例えば、昔からの集落は、周囲の土地よりわずかに高く、浸水しづらい微高地を選んで立地している場合が多い。

近代技術の発達により、それまで住みにくいとされた土地でも、安全性・利便性を高められるようになった。その恩恵は計り知れない。「多くの人が便利で快適、安全な環境で生活できるようになり、巨大地震を除けば災害による死亡者数は20世紀半ば以降、激減しています」と佐々木氏は指摘する。

ところが、ここへきて問題になっているのが、前提条件の変化だ。第1に、気候変動の影響とみられる豪雨や大型台風で、再び被害が増加している。また、国内では急速に人口減少が進み、従来のように多くの人々が集まって住むことで効率的にインフラや環境を支えることが難しい地域も増えている。

「災害に真っ向から対抗できる、堅牢で巨大なインフラを全国に造り続けていくことは困難になっています。そこで、伝統の知恵と近代技術が補完し合い、地域の特性に合った方法で、人々が生き続けられる環境を作ることが大切になっています」。

伝統的な知恵と近代技術を
融合させる土木デザイン

かつて地域を守ってきた伝統的な知恵に基づく暮らし方とは、まず場所の特性を見極めた上で、そこに住む人々が自ら防災に関与していたというものだ。佐々木氏はこの姿勢が再び重要になるとみている。「今後は自然観や技術観、地域観、そして世界観を住民や自治体、企業、専門家が共有し、『何をどのようにしようか』を考え、行動することが必要です。その際、土木デザインの役割は、その『何をどのように』が直接見えるように場所や施設をデザインすることだと思います」。

このような考えの下、佐々木氏は「地域水系基盤研究会」を立ち上げ、各地で活動している。例えば、新潟県新発田市の古太田川(ふるおおたがわ)周辺は伝統的な地域水系基盤が今も残る地域だが、研究会では地元の人々と共に、これを現代の地域や暮らしの在り方と融合させるデザインを検討している。

「古太田川にはコンクリートの護岸がありません。地元の方々が有り合わせの材料を使って自宅前の岸辺を維持しているほか、カワドと呼ばれる水に近づくための施設も残っています」。

地元の人の手による護岸には色々なタイプがあることから、それぞれの場所に合った多様な生物が生息している。その生態系は、地元の人々が水草を刈り、川の清掃を行う「江浚(えざらい)」によっても守られている。生物多様性の観点からも貴重な場所で、県が絶滅危惧種に選定した魚も確認されているほどだ。

他方で、古太田川は上流にある堰と水門で水位をコントロールすることができ、近代的なインフラの恩恵も受けている。近代技術と地元の人々の知恵が、豊かな環境を守ってきた事例だ。

しかしこの川の流域でも、近年は住民が減少し、岸辺の管理が難しくなっている。そこで、佐々木氏ら外部専門家が地域の価値を色々な人に伝え、興味を持った近隣の人々や大学生が江浚などの活動に参加するきっかけをつくっている。また、地元の小学生に川の生き物や故郷の価値について教える機会も設けている。さらに、川の水がどこから来てどこへ流れていくかを知ることで、人々は越後平野における複雑な水システムを理解することができる。

「古太田川沿いの集落は他より1m程高いところに家が並び、水門がない時代からあまり水害はなかった。それを知るだけでも、伝統的な知恵を再発見できます。このような活動を通じて新しい災害への対策を取り、人々の日常生活を維持していければと思います」。

住民が主体的に管理に関わってきた古太田川。その価値を共有することで、地域のレジリエンスを高める

豪雨への抜本的な対策
流域治水へ土木学会の新提言

佐々木氏は2024年6月、土木学会の会長に就任して活動を開始したところだ。土木学会の活動テーマは多岐にわたるが、その1つが「流域治水」。「線状降水帯」という言葉が定着し、観測史上初の雨量、という発表が連発されている。こうした変化を踏まえた防災には、堤防や排水設備など、個々の施設を強化するだけでは不十分なため、河川の流域全体をシステムとしてとらえる必要が出てきた。土木学会では2024年7月、今後の流域治水の進め方に関する提言を公表した。同学会では2019年の台風第19号による大規模被害を機に、2020年1月と2021年4月にも流域治水に関する提言や声明を出している。

今回の提言では、以下の2点が今後の流域治水施策の推進で重要になると指摘している。第1に、本川、支川、用排水路、下水道、氾濫水、地下水の相互作用を考慮した一体解析で、流域全体の水収支を「見える化」することがある。提言では、それによって住民にリスクと治水効果をわかりやすく示し、今後の施策を検討することや、その際、「流域水収支図」も活用することを提案している。また、川が流せる洪水の規模を示す「流下能力」のボトルネックを明示し、治水施策完了時までの各整備段階で、どの程度の規模や発生頻度の降雨で、どの領域から、どの程度浸水するかがわかる「多段階リスク明示型浸水想定図」をリンクさせることも提案した。

第2に、治水だけでなく、自然環境、親水、利水、文化、経済活動も踏まえた流域の目標像を考えるためには、国や都道府県、市区町村、多分野の研究者、民間企業、地域住民による連携が必要だと指摘し、具体的な連携の例も提案している。

佐々木氏は、「土木学会の強みは、産官学の広い分野の、様々な力や専門性を持つ方々が所属していることです。こうした多様な会員一人一人が力を発揮できるためにも、より一層自由に色々なことを発言し、議論する場に土木学会をしていきたいです」と話す。

このため、学会内の交流の促進や土木の仕事の広がりを学会内外に伝えていくこと、学会のデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組むこと、といった柱からなる、「土木学会の風景を描くプロジェクト」を開始した。YouTubeでの動画配信なども開始している。