JR東海 社会性と経済性の両立で持続可能な地域を創る
東海旅客鉄道(JR東海)グループが運営するウェブサイト「conomichi(コノミチ)」では、地域の課題解決につながるコンテンツを通して、地域の関係人口を増やすことを目指している。鉄道事業者がなぜ旅行者ではなく関係人口に着目したのか。conomichiプロデューサーの吉澤克哉氏に話を聞いた。

吉澤克哉 東海旅客鉄道株式会社 事業推進本部 係長/
conomichiプロデューサー
(新規事業プロジェクト研究修了生)
名所を見て回る観光ではなく
地域を知り関わることを重視
地域と訪れる人をつなぐ共創型ローカルメディアとして、2023年にスタートしたウェブサイト「conomichi(コノミチ)」。運営するJR東海グループは「地域資源の再読」と「関わりしろのデザイン」の掛け合わせによって地域の課題解決につながる共創の創出を目指している。
地域資源の再読とは、地域にある資源を読み直すこと。風景や産品などの有形物に限らず、文化や歴史、そこに暮らす人々の営みをも含む。また、関わりしろとは、地域を訪れた人たちが関わるための余白のこと。地域の主体として生活する移住とも、地域の魅力に触れて楽しむ観光とも違う、地域を訪れて何かしらの貢献や自己効力を感じられる関わり方であることが重要だ。
conomichiプロデューサーを務めるJR東海の吉澤克哉氏は、コンセプトを象徴する施策の1つとして、滋賀県米原市での「里山LIFEアカデミーin伊吹山」を挙げた。このコンテンツは伊吹山をフィールドに、全3回のプログラムを実施。第1回は有識者によるオンラインのトークイベント、第2回は現地でのフィールドワーク、第3回は名古屋駅での交流イベントという構成だ。

「里山LIFEアカデミーin伊吹山」 vol.3では、伊吹山の豊かな生態系を名古屋駅の中央コンコースで再現。親子を中心に4,000人以上の方が訪れた。

地域と訪れる人をつなぐ共創型ローカルメディア「conomichi」
「日本百名山に数えられる伊吹山は気候変動や増え過ぎたシカの食害による生態系の変化などの影響を受け、現在は土砂災害によって登山道が通行できない状態に陥っています。この問題に対して、自然保護や復旧のためのボランティアを募る方法もありますが、コノミチでは伊吹山の価値を再読した上で自然との関わりを考えていく構成にしました」
第1回のトークイベントには約100名の申し込みがあり、第2回のフィールドワークも約15名の定員がすぐに埋まった。滋賀県外の参加者が多く東京からの参加者もいたという。最後の名古屋駅でのイベントには4000人以上が来場と大盛況だった。
「我々は一度も移住という言葉を出さなかったのですが、プログラムの参加者の中から2名が移住を具体的に検討しています。これまで米原市が実施してきた移住相談会などの企画では地域との関係性を深める要素が必ずしも十分ではなく、里山アカデミーではその足りない部分を埋めることを意識したので、それが良い結果につながったのだと思います」
「人と会う体験」に対する
ニーズを実証実験で確認
ECモールサイト「JR東海MARKET」の立ち上げなどに携わってきた吉澤氏が、コノミチの着想を得たのはコロナ禍の2021年のことだった。断続的な移動制限を経験し、会社として新規事業を考える必要があると同時に「社会人なら誰もが一度は経験する『自分はこのままでいいのか』というモヤモヤ感を抱えていた時期」でもあった。
「同じ思いを持つ先輩2人と意見を交わすうちに『言葉だけでなく行動に移そう』と、名古屋市鶴舞にイノベーション拠点『STATION Ai』が開業する2024年までに新規事業を立ち上げることを目指して、非公認ワーキンググループを立ち上げました。そこで生まれたアイデアの1つがコノミチです。担当役員やイノベーション関連部署、人事部へのプレゼンテーションを経て、会社の仕事として進められることになりました」
2022年9~12月に、岐阜県で実証実験を実施した。第一弾は美濃市で、美濃和紙のアート職人の工房訪問など「人に出会う旅」を軸にした複数のプランを用意。JR東海MARKETで参加者を募集し、一般参加者に体験してもらったところ反応は上々だった。それを受けて、第二弾では飛騨市役所ふるさと応援係が運営する「ヒダスケ!-飛騨市の関係案内所-」を介して、参加者が地域と関わる形態にブラッシュアップ。市の協力を得たことで運営面での負荷が軽減されると同時に、多くの人に体験を提供できるようになった。

飛騨市での実証実験では「ヒダスケ!-飛騨市の関係案内所-」と連携して無人駅の杉崎駅を接点にした地域づくりへの参加者を募集
人口減少社会で移住促進は限界
自治体間で競わない施策を
2021年から2022年にかけて、吉澤氏は社内の推薦の元、事業構想大学院大学プロジェクト研究の一員として事業構想に取り組んだ。
「理想の社会を描く講義とビジネスモデルを考える講義という、理想と現実を行き来するようなプログラム構成で、理想として『住んでいる場所に制約を受けず、人生にあらゆる選択肢を持つことができる社会』を掲げました。最初に考えたビジネスモデルは理想との整合性が取れなかったので断念。その後、試行錯誤を重ね、おためし移住サービスのプラットフォームという案に思い至ったのですが、自治体へのヒアリングや情報収集を進めるなかで、既存の施策には限界があることに気づきました」
移住促進はほぼすべての自治体が取り組んでいる。しかし、人口は有限で、ある自治体の住民が増えれば、別のところで住民が減る。すでに自治体間の競争は激化し、常に頑張り続けないと他の自治体に取られてしまって、空虚さだけが残ることになる。重要なのは地域の活力。そのためには地域と関係を持つ人を増やすだけでは不十分で、地域に対して何かしらのインパクトをもたらす人たちを増やす必要があるのではないか。
そんな問題意識から考えた事業がコノミチだ。事業立ち上げから累計26地域で3,000人以上の関係人口を生んできたノウハウを活かし、関係人口からさらに一歩踏み込んだ「共創人口」の創出に取り組む。共創人口とは、自身のアクセスできるリソースを活用して地域共創を起こす人材のこと。2025年春には、ライフキャリアを拡張するローカルを「出島」になぞらえ、「出島のある生き方」を探求する共創の場として「DEJIMA Lab」を立ち上げた。さらに、2025年夏から法人向けのプログラムもスタート。企業内の共創人口を増やし、彼らが法人として地域の共創に参画すれば、また新たな共創のカタチが生まれそうだ。

「出島のある生き方」を探求する共創の場「DEJIMA Lab」では公開企画会議を実施
「目指しているのは社会性と経済性の両立です。一般にCSRなどの活動はコストで、新規事業は利益追求というイメージがあるかと思いますが、地域が持続可能であるためには両者をCSV(Creating Shared Value、共有価値の創造)の観点で統合することが重要。それができる企業が増えていけば、地域はもっと良くなっていくと思います」