『「産業」としての工芸 ものづくりから挑む地域創生』
伝統的工芸品の生産額減少や、職人の高齢化と後継者不足など、工芸産業は窮地に陥っていると認識されている。しかし本書が描くのは衰退ではなく、再構築のプロセスである。2000年以降、一部の工芸事業者が主導し、従来の流通・製造構造を転換する「工芸リバイバル」が芽生えている。本書はその逆説的状況を分析し、工芸産業の実装モデルとしての可能性を論証する。
特に注目すべきは、「美術としての工芸」と「産業としての工芸」を分けて論じた視点の鋭さである。明治維新後の西洋的価値観の流入により、従来の手工業が「美術」と「工業(デザイン)」に分化したことを指摘した上で、1928年設立の仙台の工芸指導所を日本の工業デザインの出発点と位置づけていることから、本書は「デザイン史」としての意味合いも持つ。
変革の中核にあるのは、DtoC(Direct to Consumer)というビジネスモデルである。問屋・百貨店依存型の流通を脱し、企画・製造・販売を自ら一貫して担う形態は、単なる販売手法の刷新ではない。本書が強調するのは、この変革が地域の価値再生と新たな循環を生み出していることだ。鋳物の能作(富山)の、20年間で従業員・売上ともに20倍という成長や、刃物の諏訪田製作所(新潟)の、ファクトリーショップとECで販売比率50%達成は好事例だ。また、中川政七商店(奈良)のSPA事業や業界プラットフォーム構築などの試みは、「製造業からブランド事業への転換」「デザインと技術の融合」という視座を与える。
さらに秀逸なのは、燕三条の工場の祭典(新潟)やRENEW(福井)の産地一体型オープンファクトリーイベントの分析である。これらのイベントが単なる観光集客を超えた地域ブランド戦略の中核として機能し、波及効果は雇用創出、移住促進などへと広がり、年間を通じてディスティネーションになることを明示する。
この工芸リバイバルの背景に「地域・デザイン・デジタル化」として、東日本大震災を契機としたローカルブーム、デザイン媒体普及による美意識の変化、ECの浸透による相互作用を指摘している点も納得できる。若い世代の工芸観が「古臭い」から「デザインがいい・おしゃれ・使いたい」に変容したという指摘も興味深い。
能登地震の復興支援という使命も背負った本書は、能登にとどまらず、「世界でも類を見ないほど手工業的ものづくりが残っている」日本の独自性を活かした地域活性化戦略の有効性を、事例とともに明快に論証している。政府系金融機関である日本政策投資銀行が、現代のデザインの先端にある工芸にフォーカスしたという事実と合わせて、政策担当者や金融機関、中小企業経営者に多くの示唆を与える書である。
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