青森県・宮下宗一郎知事 挑戦・対話・DXを基盤に挑む「青森大変革」

青森県は2024年度より、「『AX』(Aomori Transformation)~青森大変革~」を基本理念に掲げた新基本計画の取組を開始している。「課題にこそチャンスがある」と語る宮下宗一郎知事は、県の課題をどう捉え、それらをどのようなチャンスに変えようと構想しているのだろうか。

宮下 宗一郎(青森県知事)

「今までと同じ」では
青森県は消滅してしまう

――今年度より開始した「青森県基本計画『青森新時代』への架け橋」のポイントについてお聞かせください。

「青森県基本計画『青森新時代』への架け橋」の一番の特徴は、「『AX』(Aomori Transformation)~青森大変革~」を旗印に県政を進めていくことです。その基盤として、変革への起点となる「挑戦」、変革への道標となる「対話」、変革への翼となる「DX」の3つを位置付けています(図1)。

図1 「青森県基本計画『青森新時代』への架け橋」の概念図

出典:青森県

 

民間の有識者グループ「人口戦略会議」の分析では、2050年までに青森県では35市町村が消滅する可能性があるという結果が出ました。つまり、今までと同じことをしていたのでは青森県はなくなってしまう可能性が高いわけです。だから、今までと違うことに「挑戦」しなければいけない。どんな挑戦をするのか、「対話」をしてみんなで方向性を決める。また、特に人口が減少するなかで今の経済社会を維持するには、生産性を向上させなければいけません。生産性を向上させて大きく飛躍するためのツールとして外せないのが「DX」です。

この3つの基盤をもとに、青森県は2040年までに「若者が、未来を自由に描き、実現できる社会」の実現を目指します。一般的に行政のテーマは「若者からお年寄り」まで「みんな」を対象にします。しかし、そこを敢えて「若者が」とすることで、焦点を絞った政策を立案していく方針として打ち出しています。

――少子化対策や子育て支援では、どのような施策に注力されていますか。

人口減少の要因は2つあります。1つは自然減で、もう1つは社会減です。合計特殊出生率が少なくとも2以上にならなければ人口が増えることはありません。また、若い人たちが青森県に定着する、あるいは出て行った人が戻ってこなければ人口は減る一方です。

そこで、自然減対策では、結婚政策で夫婦になるサポートを行います。そこから出産サポート、子育て世代へのサポートと、18歳までの子どもたちへの総合的な支援を進めていきます。特に子育て費用の無償化や不妊治療費の助成などは強力に推し進めていく必要があると考えています。2024年10月からは、県内全ての小中学校の給食費を無償化します。このほかにも、新しい子育て無償化政策に取り組む仕掛けをしています。全国の中でも子育て世代に選ばれる青森県となることが大事だと思っています。

社会減については、まず自分事として各主体に考えてもらいたいと思っています。大学や高校は、学生や生徒に就職先として県内企業をどのように勧めているのか。県内企業は、青森県の人財(※)を採るためにどのような努力をしているのか。小中学校では、ふるさとへの愛着を育む教育をしているのか。ふるさとを捨てる教育をしていないか。今年度は各主体それぞれが自分事として考えるためのプラットフォームをつくろうと考えています。そして、そのプラットフォームを活用して具体的な政策を実践していきたいと思っています。自然減対策と社会減対策をトータルで実現することが「若者が、未来を自由に描き、実現できる社会」にとって必要だと思っています。

※青森県では「人は青森県にとっての『財(たから)』である」という基本的考えから、「人」「人材」などを「人財」と表している。

農林水産業を守る担い手として
企業の新規参入を歓迎

――青森県の農業産出額は19年連続東北1位です。農林水産業で注力されている施策についてお聞かせください。

農林水産業の競争力は必然的に強化されていくと考えています。というのは、世界では人口が増加し、世界的な食糧危機が問題となっています。そのようななかで農林水産品の輸出戦略にシフトすれば、その瞬間に競争力が高まると思うからです。しかし、今、農林水産業は後継者不足が課題です。まずは生産品の価値がしっかりと消費者に認められ、適正な価格で販売されることが重要です。それが生産者の所得増につながり、生産者の所得が増えることで担い手や後継者が出てくるという好循環が生まれるはずだからです。産業の競争力と生産者の所得がリンクし成長していく形を描けるような施策を展開していきたいと思っています。

産業を守るという観点で言えば、後継者や担い手がいなくなれば、今までの農業産出額を維持することは難しくなります。産出額を維持、あるいは今以上にするためには、例えば農業の生産主体が農家である必要があるのかということを考えなければいけません。

今、これまで農業に携わったことがない企業などが、脱炭素や環境保全の観点から農業に進出してきています。農作業を効率的に進める最新技術も出てきていますが、高齢化した生産者では導入して使いこなすことが難しい面もあります。したがって、最新の生産技術を投入して大規模に農業を展開できるような資本力のある企業と連携して産業を守ることも、社会として大事であろうと思っています。

もしこのまま農家が減り、例えばりんご産業が縮小すれば、りんごの価格は高騰し、消費者が離れる可能性もあります。そうなればりんご産業自体の存続も危うくなります。今はそのような悪循環に陥るかどうかの分岐点にきているような気がしています。そうならないようにするためにも、担い手の問題はよく考えていかねばなりません。

左/青森県は日本のりんご生産量の約6割を占める 右/りんごの新栽培方法として注目される高密植栽培

県の地域課題に取り組む
ビジネスモデルを

――新産業創出やスタートアップ支援ではどのような取組をされていますか。

青森県をフィールドにする人を応援したいです。青森県の自然環境や景観、食などの文化、歴史といったものを大切にしてくれる事業や、青森の土地を大規模に活用する事業。また、アップサイクルなどの青森県の地域課題の解決を目的とした起業を目指す人を求めています。特に農林水産分野では生産過程で残渣など大量の副産物が出ます。それらをアップサイクルして製品にする分野など、ビジネスモデルをつくってほしいです。青森県に投資していただける企業に対して、県をはじめ市町村も含めた全体で寄り添い、応援する体制は整っています。

県内に洋上風力発電関連企業の
集積を期待

脱炭素やカーボンニュートラルを実現する関連産業にも関心があります。特に本県では「青森県沖日本海(南側)」が洋上風力発電の促進区域に指定され、現在事業者の公募が行われています。このようななかで、今後、基地港湾として整備される青森港がある青森市や、風車の立地地域である日本海沿岸地域などに、部品製造やメンテナンスなどの洋上風力発電に関連した産業クラスターが形成されることを期待します。

県民と県の距離を縮める
情報プラットフォーム構想

――青森県のDX戦略についてお聞かせください。

私は県庁のDXを強力に推進することで、県内の市町村や事業者にもDXの取組を拡大していきたいと思っています。まず本県には県民のための情報プラットフォームがありません。SNSのアカウントを持つ自治体は多く、行政手続きの情報や災害時の情報などをプッシュ型で発信しています。そういう意味で言えば青森県は遅れていると言えるでしょう。本県もプッシュ型で県の情報が県民に届く仕組みづくりをしていきたいと思っています。

青森県のプラットフォームは、少し進化した形を考えています。今は自分の属性を入力しておけば、必要な情報や関連通知が届くように設定することができます。AIを活用してその人が必要としている県の情報を次々と提供することができれば、県の取組への理解も進むでしょうし、県と県民の距離が近くなり、今以上に県を頼りにしてもらえるのではないかと考えています。さらに、そのような青森県にいてよかったというシビックプライドが醸成され、定着や還流にもつながるのではないかと期待しています。

プラットフォームの登録者数が50万人とか60万人になれば、かなり面白いことができるでしょう。「あの時こういうのがあったよね」と県民同士で共通の思い出もできます。そのようなことが地方の良さではないでしょうか。取り組むのはまだこれからですが、実現に向けがんばっていきます。

むつ市の「完全循環型トマト」で
カーボンマイナスの実現へ

――青森県のカーボンニュートラルへの取組についてはいかがでしょうか。

本県では2030年度に、2013年度比で温室効果ガス排出量を51.1%削減する目標を設定しています。その実現に向けて住宅分野の省エネ施策なども行っていますが、私がむつ市長時代に事業構築に携わり、現在進行中の産業分野での特徴的な取組を紹介したいと思います。それは、スマート農業でトマトを生産してカーボンニュートラル以上のカーボンマイナスを実現する、トマト工場の事業です(図2)。

図2 トマト工場によるカーボンマイナスの概念図

出典:株式会社寅福

 

2022年11月に、青森県とむつ市は北海道の農業法人である株式会社寅福と立地協定を結び、むつ市に誘致しました。寅福は2023年4月からむつ市内の耕作放棄地で約3.4ヘクタールのトマト工場を建設しています。工場は2024年5月から稼働を開始し、110名あまりが雇用されました。

トマト工場の生産量は年間1500トンで、これはトマト約1000万個に相当します。この工場では、工場内を温めるバイオマスボイラーの燃料として、むつ市所有の山林から出る廃材や間伐材をチップにしたものを使用します。ボイラーの排ガスは浄化した後、二酸化炭素を工場に戻し、トマトの光合成に利用します。トマトの収益の一部は寅福からむつ市に寄付され、それを植樹の費用に充て、豊かな森の形成につなげます。この仕組みによって、チップを燃やした際に発生する以上の二酸化炭素を光合成で吸収することができるのです。まさに、カーボンマイナスの事業と言えるでしょう。私たちはこの工場で生産されるトマトを「完全循環型トマト」と名付けています。植樹は年間20ヘクタール、約4万本相当になる予定です。こうして森がどんどん再生されることで、森林業も隆盛していくことを期待しています。

むつ市では、国からの森林環境譲与税や企業版ふるさと納税を活用するほか、ESG債を発行して資金を調達し、寅福のチップ購入や雇用促進、施設整備などの補助に充てます。むつ市にとっても、木材チップを寅福に提供することで収益があがるという、非常に収益性の高い事業だと言えるでしょう。

このトマト工場は青森県のカーボンニュートラルの取組の中では特異な事例です。ほかにも、ブルーカーボンの機能を持つアマモ場の消失を食い止めるための協議会を立ち上げる話も出ています。このように、今後も青森県の自然を生かした事業をいろいろな場所で展開していきたいと考えています。そして、青森県らしいカーボンニュートラル、カーボンマイナスを実現していきたいと思います。

むつ市のトマト工場の内観

事業構想のヒントとチャンスは
課題の中にこそある

――最後に、事業構想に取り組む読者の方々へメッセージをお願いします。

事業のヒントやチャンスは、課題にこそあると思っています。先ほどのスマート農業のトマト工場も、むつ市と盛岡市にあった大規模な工場がコロナ禍のなかで閉鎖になり、多くの失業者が出たことに寅福が着目したことがきっかけで始まりました。そして、せっかく工場をつくるのであれば、今の時代に合わせたスマート農業の工場にしようということで、日本初のボイラーの仕組みを導入しました。

事業構想に取り組む方々には、課題にこそチャンスがあるという視点を持っていただきたいです。また、課題最先端の県である青森県では、私たちと一緒に課題解決に挑んでくれる方々を求めています。

 

宮下 宗一郎(みやした・そういちろう)
青森県知事