事務機卸から働く環境の革新企業へ ウエダ本社が築く地域共創モデル

(※本記事は経済産業省近畿経済産業局が運営する「公式Note」に2025年7月4日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

事務機卸から「働く環境の総合商社」へ~働く場を問い続ける~株式会社ウエダ本社

ローカル・ゼブラ企業」という言葉をご存じでしょうか? この「ローカル・ゼブラ企業」は、事業を通じて地域課題解決を図りながら、収益を確保する企業を指し、人口減少などを背景とする地域の課題にアプローチする主体として注目されています。中小企業庁では、このローカル・ゼブラ企業が持続的な成長を遂げ、地域の企業などと連携しながら、地域課題解決事業に取り組む上で必要となる連携・支援体制が各地で構築されることを目指しています。

2024年度では、事業モデルの整理、支援手法や社会的インパクトの評価手法の確立に向けて、先行事例の実証支援を実施。関西では4つの「地域における社会課題解決エコシステム」の実証事業を行ってまいりました。

本シリーズでは、「地域の未来を見据えて ~ローカル・ゼブラ企業とともに歩む~」編と題して、関西における各実証地域の中心となって各実証の取り纏めを務めていただきました4事業者を訪問し、各社の事業や取組、そこにかける想いなどについてお話を伺いました。

初回となる今回は、株式会社ウエダ本社です。

京都市五条通沿いに本社を構える株式会社ウエダ本社。文具の卸売から1938年に創業、その後オフィス向けの事務機器を取り扱うようになり、今では「働く環境の総合商社」としてオフィスや職場環境のプロデュースを行っています。

そんな同社の代表を務める岡村さんの「中小企業と地方が日本再生の生命線」という言葉には、強い熱意と覚悟が宿ります。もはやオフィス設計という事業を超えて、地域や日本の行く先を見据えた取組に至った経緯について、岡村さんにお話を伺いました。

働く環境の総合商社

創業後、高度経済成長期を経て現在に至るまで、業界の構造が大きく変化するなかでも、ウエダ本社は地域に根ざした商売を続けてきました。

しかし、バブルが崩壊し、「ものを作っただけでは売れない」時代が到来。この景気後退の打撃を受けたのは、ウエダ本社も例外ではありませんでした。当時倒産寸前の危機を乗り越えるため、家業を継ぐ気の無かった岡村充泰さんが同社を引き継ぐこととなり、2002年に社長に就任しました。

人の個性を活かす経営に

会社の再建を託された岡村さんですが、前職の経験から一つの違和感に直面します。

以前勤めた繊維商社では、どこまでが仕事でどこまでが遊びか分からないような雑談を交えたコミュニケーションが当たり前にあり、そこから生まれるアイデアを活かす環境がありました。

一方、当時のウエダ本社を含めた日本企業のオフィスの殆どが、【“私語厳禁”で“黙って働く”】【大量生産の為に均一化された「工場モデル」のような、社員の個性などが出せない】場所となっていました。

日本だけでなく、海外でも活動してきた岡村さんは、このような日本企業のオフィスに強烈な違和感を覚えたと言います。

「アメリカのホワイトカラーは時間だけではなくタフに働いている感じがあって、日本人が世界一働くと思っていたのは違う!と感じたり、一方でイタリアでは、働く時間は短く食事や余暇を大事にしながらも、こと自らの技術については誇りを持っている姿を見て、日本の働き方は、どちらにも負けている。」と痛感し、日本の働き方を再構築する必要性を感じました。

1983年のウエダ本社
1983年のウエダ本社

そして、会社の存在意義は“世の役に立つこと”だと考える岡村さんは、「働く人の個性を活かすことができれば、ウエダ本社を立て直せる。また、多くの企業で人の個性を活かす環境づくりのお手伝いが出来れば、“役に立つ”ことができるのではないか。“役に立つ”ことこそ、ウエダ本社としての存在意義であり、ウエダ本社の価値が発揮できるのではないか。」と、活路を見出し、約10年かけて当社の収益構造を改善していきます。会社の苦境期でも、決して経営陣が社員を管理するのではなく、一定の価値観を会社で共有し、働く一人ひとりが問いを持って考動する先に、企業の成長がある。その考えが今の同社の礎となっていきました。

“いい会社”を増やす

同社の仕事は、単にオフィスをデザインするだけでなく、「いい会社をつくる。いい会社を増やすこと」だと岡村さんは言います。

岡村さんは、社員の働きがいや個性が活かされ、短期的な数字だけでなく中長期の目線で事業を追求する会社を“いい会社”と捉えています。それは、「“人材”ではなく“人財”と読む。」と話すように、人をコストではなく財産として考える。そして、同社が考えるオフィスは、「ただ働くための場所」でコストカットの対象として捉えるのではなく、「人の個性が活きる場所」であり、“いい会社”をつくる上で必要な空間づくりであると提唱してきました。

もちろんこうした人財育成や環境づくりには、時間も手間ひまもかかります。当初から理解・共感する方は多くはなかったようですが、確固たるエビデンスは無くとも強い信念を持って取組を続け、コロナ禍が働く場所の考え方を見直す契機となったことも相まって、同社の考え方が需要として顕在化するようになっていったのです。

「はたらく」をともに考え、学び、支え合い、共に成長する仲間とともに「わたしらしいはたらく」を実現
「はたらく」をともに考え、学び、支え合い、共に成長する仲間とともに「わたしらしいはたらく」を実現

新たな拠点「ATARIYA」

様々なオフィス設計・リノベーション実績を上げていく中、岡村さんは元々個人として持っていた「どこでも働けるようにしたい」という想いを実現したいと考えるようになり、まずは京都北部の丹後地域に目を付けました。それは、海もあり、山もあり、丹後ちりめんをはじめとした地場産業・観光資源もある。そして京都市内から1時間半ほどで行けるため、京都市内で培ってきた実績が活かせるのではないかと考えたからです。

新しい場所に進出・拠点を構えるに際して、「自分たちだけが儲かる、といった同社の意向だけのビジネスではうまくいかない。皆が良いということ、地域に認められてこそ、ビジネスとしてうまくいく。」と岡村さんは考えていました。

そこで、「都市部にあって地方に少ないハンディキャップの1つは、仕事の選択肢が少ないという観点だ。都市部では一般的な仕事を地方へ流入させる一役を担えれば、丹後の地域において“役に立つ”のではないか。」と考え、「ATARIYA」を2022年1月にオープンします。

岡村さんは、「地方でも1対1の交わりは起こっているが、さらに必要なことは、そんな履歴が貯まっていくこと。交差することで生まれるセレンディピティ(※)が必要である。」と話します。

各々のはじまりが交差し、新しい価値が生まれるイノベーションの場。それが「ATARIYA」です。

(※)セレンディピティ:「思いがけない発見や偶然の幸運」「価値あるものを偶然見つける能力」を意味する言葉。(グロービス経営大学院WEBサイトより)

この「ATARIYA」は、丹後の与謝野町で地域に愛されていた料亭であった建物をリノベーションしたものです。「想定していたことではなかったが、昔から地元の人に愛されていた料亭をリノベーションし、ただ形として残しただけでなく、料亭「當里家(あたりや)」の想いを紐解いて、その想いを活かす形で名前を「ATARIYA」としたことが、地域の人たちにとてもありがたがってもらえ、丹後の人にとっては外者であるウエダ本社が、悪く言われることがないほど『信頼』されるようになった。」と岡村さんは話します。直接的に儲かることはないかもしれないが、「ATARIYA」の動きを知ってくれたことで同社の仕事に繋がるようになっていきます。

ATARIYAの活動を通して

各地にも地域に根ざす地場産業は多くありますが、構造変化により厳しい状況に置かれている産業も少なくなく、丹後ちりめんもその例外ではありません。こうした状況でも、岡村さんは次のように話します。「需要が廃れただけで、技術は廃れたわけでは無い。むしろ今持つリソースを活かして時代に合わせた価値を生み出していくことが大事。事業者の一対一の関係よりも、もう少し面的にこうしたやりとりを生み出していくことが重要であり、そのためには場が必要だ。」

こうした地域の技術や資源を「よみこみ」、それが長い歴史でいかに育まれてきたのかを「ひもとき」、地域を訪れる人や企業を「かけあわせる」拠点としてのATARIYAでは、様々なステイクホルダーが集まり、地域や企業のあり方を捉え直す活動を行っています。ATARIYAでの活動はまだ始まったばかりですが、将来、50年後も訪れたくなるような丹後地域の魅力向上の起点となっているかもしれません。

ATARIYA Tango Innovation Hub
ATARIYA Tango Innovation Hub

地元中堅・中小企業の役割(ローカルゼブラのエコシステム)

「ATARIYA」を運営したことで、行政からの仕事が増えていきますが、その中で『信頼力』の重要性を感じたと言います。

丹後ではATARIYAを運営していることで、“地方創生の予算を目当てにした進出ではなく、いかにその地に認められるかを大事にしている”ということが示されたこと。また、同社が地域創生コンサルでもなく若手起業家でもない、京都で80年以上経営を続ける信頼があるということ。この2つのことから、行政及び地域からも信頼される土壌が築かれやすいそうです。

そして、この『信頼力』における地元中堅・中小企業の存在について、岡村さんは次のように話します。

「『信頼力』は地方に根付いた中堅・中小企業にこそあり、地元中堅・中小企業の存在が重要な役割を担うのではないのか。長年地域に根付いて活動している企業が、地方の社会課題にコミットする。また、地域に想いを持つローカルゼブラ企業などに対して、事業連携等で信頼資本を与えることが出来る。そして、これに近い動きや考えを持っている企業はたくさんいると思う。これからは、その動きを評価する仕組みが必要なのではないか。」と熱く語ります。

Giveから始まる関係性

岡村さんは、「信頼関係には、Give and Takeの関係性が必要ですが、最初からTakeを求めることが多くなっているのではないか。お互いに“Give”から始まる関係性でいれれば、“値段交渉ばかりし続ける”、“何でも疑う”ようなこともなくなり、ビジネスは上手くいく。」と話します。

企業の存在意義と人の個性を活かす環境を考え続けるともに、自社だけでなく皆が良い状態であり、いかに地域に受け入れられるか、そしてGiveから始まる関係性を多くの場所で構築できている同社だからこそ、地域を問わず信頼資本を積み上げられているのではないでしょうか。

今後も、同社は「働く環境の総合商社」として、オフィス・地域・社会の働く環境をプロデュースしていくだけでなく、いい会社、いい地域づくりを通じた日本再生へ向けた挑戦は止まる気配はありません。まだまだ続いていきます。

株式会社ウエダ本社 代表取締役社長 岡村さん
株式会社ウエダ本社 代表取締役社長 岡村さん

New FOCUS [地域から見える新たな視点]

経済産業省近畿経済産業局は、近畿2府5県(福井県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県)における経済産業施策の総合的な窓口機関として年間 1,000 件以上、地域企業の実態把握や施策立案のための企業訪問を行っています。

予測困難な状況下(VUCAの時代)において、地域経済を支える中小企業・小規模事業者が「稼ぐ力」を強化するには、固定観念に縛られず新たな取組に踏み出すことが重要です。「New FOCUS」では、新たな取組を実行する関西の地域や中小企業に焦点をあて、経営者や現場から見える新たな“視点”に着目して、事例紹介を行って参ります

※)この度、マイルストーンとしていた2025年を迎えたこと等を踏まえ、2019年から多数の企業事例の紹介をしてきた「関西おもしろ企業事例集~企業訪問から見える新たな兆:KIZASHI~」の名称・コンセプトを一新しました。

元記事へのリンクはこちら

近畿経済産業局 公式note