熊本県・木村敬知事 地理的優位性を活かし、世界で伸びる熊本へ

台湾積体電路製造(TSMC)の工場稼働で活気づく熊本県。昨年就任した木村敬知事は、「地理的優位性を活かして世界で伸びていく」と話す。世界に羽ばたくグローバル人材の育成に注力するとともに、新産業創出のイノベーションを起こす様々な仕組みの構築に取り組んでいる。

木村 敬(熊本県知事)

――2024年12月に、県政運営の最上位計画「くまもと新時代共創基本方針及び総合戦略」を策定されました。同戦略のポイントをお聞かせください。

「くまもと新時代共創基本方針及び総合戦略」では、「世界に広がる(国際)」、「人を育てる(人材)」、「共に創る(共創)」という3つのキーワードを掲げています。「世界に広がる」は、熊本は世界に広がっていくことで伸びしろを徹底的に伸ばせると思い、キーワードとして掲げました。本県は、日本地図では日本の西の端に位置しますが、東アジアを中心とする世界地図に置き換えると違ってきます。熊本を中心に、熊本-東京、熊本-北京、熊本-上海、熊本-台北っていうのが大体1,000キロに位置しています。1000キロは飛行機でおよそ2時間の距離。つまり、熊本は世界地図の中では非常に良いポジションにあると言えます。

この地理的優位性を活かして、熊本から世界に飛び出していく企業や人材を育てていく。これが、2つ目のキーワードの「人を育てる」です。世界に飛び立つような人材を育成できるように、子どもや若者がキラキラと輝くことができる社会にしていきたいと考えています。しかし、そういう社会は行政だけでつくるものではありません。県民と一緒になってつくるものです。それが、3つ目のキーワードの「共に創る」ということなのです。

今、熊本は台湾積体電路製造(TSMC)の工場が稼働を開始し、非常に景気が良い状態です。しかし、熊本市は主要渋滞箇所数が政令指定都市の中でワーストワンであるなど、県内の交通渋滞が長年の課題。そこで渋滞解消に向けて、交差点改良や信号制御の最適化、道路ネットワーク整備の着実な推進等により、熊本都市圏の226の主要な渋滞箇所を3年間で30箇所、10年間で80箇所改善するという目標を立てています。渋滞が激しくなるのは出勤・退勤時間なので、官民連携で時差出勤を行う渋滞対策パートナー登録も進めています。まず、県庁と熊本市役所で始めてみたところ、とても良い結果が出ました。このように、ハードとソフトの両面から渋滞解消に取り組んでいきます。

また、熊本は都市部の水道を100%地下水で賄っている希有な地下水都市ですが、半導体企業の進出により、この地下水が不足したり、汚染されるのではないかという県民の不安の声があります。こうした不安を解消できるように、地下水の保全をしっかりとやっていかなければならないと考えています。

留学支援と国際コース設置
グローバルな教育環境を整備

――世界に開いていくためには、グローバル人材の育成も重要ですね。

人づくりは非常に重要です。教育と福祉をしっかりと充実させて、子どもを産み育てることに希望が持てる社会にしていかなければならないと考えています。熊本で生まれた子どもたちが高い水準の教育を受け、個性を最大限に伸ばし、できうるならば世界に飛び立ってほしいと、本県では海外大学への進学を目指す中高校生に向けた様々な支援を行っています。

「海外チャレンジ塾」も、その1つです。海外進学に向けた実践的指導を行う「海外進学コース」と、将来グローバルに活躍することを目指す「グローバル人材育成コース」を開講しており、英語力をはじめ、思考力や表現力を向上させる講座や、海外進学に関する説明会や相談助言などを行っています。今までこの塾から50名ほどの高校生たちが海外大学に進学しました。

また、最近では、海外から子ども連れで働きに来られる方が増えています。そうした外国人の子弟の受入体制整備に取り組む私立教育機関に支援を行っています。また、2026年度には熊本大学に、国立大学附属の小・中学校としては全国初の「国際クラス」を開設予定です。ここでは日本の学習指導要領に沿い、英語による「イマージョン教育」を行います。日本人と外国人の児童生徒が一緒に学ぶ学級編制を想定しており、英語を使う場面が自然と生まれるインターナショナルな環境を整備していきます。

半導体産業を端緒に、産学連携の
イノベーションの場を構築

――2025年3月に「くまもとサイエンスパーク構想」を発表されました。これはどのような構想ですか。

TSMCの工場が本格稼働し、巨額の投資が集まり、大規模雇用が生まれたことは喜ばしいことです。しかし、もっと大切なことは、半導体を使う産業をたくさん生み出すことであり、それが成長のカギになると思っています。そうした産業が生まれるには、産学連携による研究開発が今以上に活性化していく必要があります。

例えば台湾では、企業と大学の連携が非常に多く、様々な産業が生まれています。そういうイノベーションの場を熊本につくりたいと構想したのが、「くまもとサイエンスパーク」です(図)。AI、ロボット、遠隔医療、自動運転など、半導体関連企業や半導体ユーザーの企業を集積させ、半導体をつくるところから使うところまで、様々な参入機会を創出する。それがサイエンスパーク構想の核です。熊本に来れば新しいことに挑戦できると、人や企業が集まってくる。そういう空気感をつくりたいと思っています。

図 くまもとサイエンスパークのイメージ

出典:熊本県

 

新たな成長産業として
ライフサイエンス分野に注力

――県の新しい成長産業としては、どのような分野に注目されていますか。

本県が新たな成長産業として位置付けているのは、医療・介護・健康・食・ビューティー・スマート農業などのライフサイエンス分野です。本県の令和5年の農業産出額は全国5位ですし、熊本大学医学部の医療や医薬の資源には素晴らしいものがあります。また、本県には様々な健康食品や機能性食品を生み出す産業が集積しています。こうした熊本県の優位性を活かし、「世界中の人々が、自分らしく最期まで『健康で』『楽しく』『美しく』いられる生活」を実現するための新たなビジネスの創出を目指す「UXプロジェクト」に取り組んでいます。

UXプロジェクトでは、全国から起業家・企業・研究者等が集い、生まれることにより賑わいを創出し、持続的に新たな産業を創出するエコシステムの構築を目指します。そのために、産学金官の連携体制の構築や、様々なプレーヤー・サポーターのネットワーク形成に取り組んでいます。熊本空港周辺に位置するテクノリサーチパークにおいて、人・もの・技術・情報がクロスする場として「UXイノベーションハブ」の整備も予定しています。また、ライフサイエンス以外の分野に関しても、「熊本県次世代ベンチャー創出支援コンソーシアム」において、ベンチャー等に対し、ビジネスプランコンテストの開催や経営等を学ぶ機会を提供し、新たな成長産業の創出を目指しています。

――こうした取組の現在までの成果についてお聞かせください。

次世代ベンチャーコンテスト「熊本テックグランプリ」の2016年度ファイナリストのスタートアップ企業に、医療機器開発や遠隔医療システム開発を行っている企業があります。ここが熊本大学との共同研究で遠隔医療に対応した聴診器「超聴診器」の開発に取り組んでいるのですが、15億円もの資金調達ができる企業に成長しています。

他にも、摂取し過ぎた塩分を体外に排出するサプリメントを開発した企業や、欧州などで高い人気を誇る大豆ミートのメーカーなど、新しい分野で活躍する企業が続々と成長しています。

コンテストやフォーラムへの参加者数も年々増加しています。熊本に行けば新しいことができると、全国からチャレンジをしに集まって来てもらえるような自治体にしたいと思っています。

ルフィ像や熊本城の空中回廊
創造的復興で観光を活性化

――観光産業の振興では、どのような施策に注力していきますか。

2024年度の本県の延べ宿泊者数は797万人で、コロナ前の2019年度に比べて4.4%増加しました。そのうちインバウンドが144万人で、これはコロナ前の1.5倍となっています。インバウンドを国別に見ると台湾からが41万人で最も多くなっていますが、これはTSMC効果に加え、熊本・台北間の定期航空便が増加した影響も大きいと思います。

一方で、国内観光客の伸びが頭打ちとなっているので、今後は国内向け観光施策も重点的に行っていく予定です。2026年は熊本地震の発生から10年目という節目を迎えることから、JR西日本・JR九州と連携して「熊本デスティネーションキャンペーン2026 」を実施します。このキャンペーンも契機として、しっかりと国内観光客の誘致に取り組んでいきます。

――熊本県庁前にあるルフィ像が観光客に人気ですね。

本県は熊本地震からの「創造的復興」に取り組んできました。創造的復興とは地震が起きる前よりもよくしようという取組で、ルフィ像もその一環です。漫画「ONE PIECE」の作者である尾田栄一郎先生は本県の出身で、熊本地震からの復興の原動力となるように多大な寄付をしてくださいました。それをもとに、本県が「ONE PIECE 熊本復興プロジェクト」を立ちあげ、尾田先生と集英社に了解をいただき、復興の象徴としてルフィ像を熊本県庁プロムナードに設置したのです。さらに、2019年度から4年かけて、ルフィ像以外に県内に9体の麦わらの一味の銅像を設置しました。像は、それを見たONE PIECEのファンに納得していただけるよう尾田先生の監修のもと、クオリティが高い仕上がりになっています。また、9年前に大きな被害を受けた熊本が、たくさんの人々の支援もあり力強く復興した今の姿を見ていただくため、像を巡るバスツアーを今年から開始しました。

熊本県庁前に設置されたルフィ像
©尾田栄一郎/集英社

他にも、創造的復興で観光客に人気のスポットとして、日本財団の寄付で設置した熊本城の特別見学通路があります。熊本城の修復には30年近くかかる予定なので、修復過程を皆さんに見ていただこうということで設置するなど、前向きな取組を行ってきました。

DXではデータのオープン化と
データ連携基盤の拡充を推進

――熊本県のDXへの取組についてお聞かせください。

半導体産業はもとより、新しい産業を興していくためにも、デジタル化された社会の構築は必須です。2022年に策定した「くまもとDXグランドデザイン」では、目指すビジョンとそれを実現するための方向性を示しています。さらに、実際にデジタル化とDXの取組促進のため、産学官が連携する「くまもとDX推進コンソーシアム」を立ちあげました。現在、コンソーシアムには655の企業・団体・大学が会員として登録しており、会員同士が連携して様々な取組を実施しています。

DXを進める上で最大のポイントは行政が持つデータです。2024年度は県の主導で県と市町村が共同利用する「くまもとデータ基盤」をつくりました。そこに今、県内の市町村の約半分にあたる21市町村が参加してデータを共有しています。今後は共有するデータを拡充して、民間のデータもその基盤に収めていく計画です。そして、県民がデジタル化を実感できるように、データ連携基盤を活用したサービスの創出や、データを拡充する試みを強化しているところです。

再エネ活用で、ゼロカーボンと
電力の安定供給を目指す

――カーボンニュートラルにおいてはどのような取組に注力されていますか。

本県は、熊本県第六次環境基本計画(2021年)で、2050年までに県内CO2排出量実質ゼロを目指すことを明確化しています。まず、2030年までに50%削減を目指して取組を進めているところです。

県民に向けては、「くまもとゼロカーボン行動ブック」を作成し、ゼロカーボンを目指した生活習慣の普及啓発を促進しています。県内の事業所には、積極的に温暖化対策計画書を作成してもらうとともに、熊本空港を中心に、企業が事業で使用する電力を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指すRE100の産業エリアをつくりました。このエリアは、国から脱炭素先行エリアに選定されています。

熊本県の良さは、太陽光などの豊富な自然エネルギーがあることです。地熱エネルギーの活用など、本県の再生可能エネルギーのポテンシャルはこれからさらに広がっていくでしょう。再生可能エネルギーの振興でカーボンニュートラルを実現するとともに、電力の永続的な安定供給の環境を整備していきたいと思います。

 

 

木村 敬(きむら・たかし)
熊本県知事