もりやま園 ICTとスマート農業で、りんご産業に産業革命を起こす

弘前市で100年以上の歴史があるりんご園を経営するもりやま園。近年、業界初となるICTシステムの開発でりんご栽培のDXに成功し、大きな注目を浴びている。「りんご産業に産業革命を起こす」と語る代表の森山聡彦氏に、ICTシステムの開発経緯や今後の事業構想を聞いた。

森山聡彦(もりやま園 代表取締役)

常識を覆すりんご栽培DXに
老舗のりんご園が挑む

弘前市の市街地近くに位置する樹木地区は、日本のりんご栽培発祥の地だ。約100年前にりんご栽培で最も重要な剪定技術や病害虫の防除方法を考案し、「りんごの神様」と言われた外崎嘉七のりんご畑がかつてあったことで知られている。 もりやま園は、その外崎嘉七の畑の隣で、明治時代の中頃より代々りんご園を経営。現在は5代目の森山聡彦氏が代表を務めている。約10ヘクタール、東京ドーム2つ分に相当する広大な農地を誇るもりやま園は、老舗りんご園であるとともに、近年はりんご産業では初となるICTシステムを開発し、りんご栽培のDXに成功した企業として注目を集めている。

もりやま園の園地風景

代表の森山氏は、1998年に弘前大学農学生命科学部を卒業し、そのまま父の経営の元で就農。先代である父の経営を手伝い、2015年の法人化とともに事業を継承した。就農時から、従来のりんご栽培や農業経営のやり方に疑問を持ち、2008年頃からICT導入に向けた取り組みを開始したという。

「最初に始めたのは、植えてあるりんごの木の情報をデータベースソフトに集めることでした。全てのりんごの木にバーコード付きの標識のついたラベルを1本1本貼り付け、誰が見ても分かるようにしました。ラベルには品種名、どこの園地に植えてあるかという園地名、園地の何列目の何番目にあるのかという配置番号が記載されています」と森山氏は語る。

それまでは、どこに何のりんごの木が植わっているかは先代しか把握していなかった。そして現在でも多くのりんご農家では、それらの情報は経営者しか知らないことがほとんどだという。

「もともと抱えていた畑の面積が、個人事業で営むにはあまりにも無理がある広さでした。昭和の初期は住み込みの労働者がいたので成り立っていたのですが、みんな高齢化でいなくなり、私が30代の頃にはほぼ家族経営になっていました。しかし、それももう限界で、365日、休みなく朝から晩まで仕事をしないと畑を維持することができない状態でした。そのため法人化し、従業員を雇うことにしたのです。そして法人化において重要視したのは、誰か1人の頭の中だけに園地のデータがあるという状態をやめ、りんごの木と農作業の全てが記録された誰でもアクセスできるデータベースを作ることでした」

ICTとスマート農業で
労働生産性4倍を目指す

地元のIT企業とともに作った2015年当時のこのシステムは「Ad@m」と名付け、スマートフォンアプリとして開発。次に、自社だけなく他のりんご園の経営者にも普及させることを目指し、2018年頃から東京のIT企業・ライブリッツと共同で果樹専用の生産工程可視化アプリ「Agrion果樹」を開発し、2019年にリリースした。

全てのりんごの木の情報をデータベース化した「Agrion果樹」

「Agrion果樹が他の農作業管理アプリと異なるのは、ものではなく、人の働き方にスポットを当てたことです。多くの管理アプリは、対象物が作物だったり、機材のセンサーデータを集めるものがほとんどでした。しかし、果樹や露地栽培の農作物においては、センサーで集めたデータは活用のしようがなく、人の行動にフィードバックできないのです。それよりも、どういった作業にどれだけの時間を使っているかを見える化し、働き方を変えていく方がいい。それで、働き方に目を向けたアプリ『Agrion果樹』を開発しました」

こうした働き方を見える化するアプリの導入により、課題は数値に置き換わり、労働生産性を改善するための行動を開始した。まず、2017年から始めたのが、全体の労働時間の30%を占める摘果作業を、捨てる作業から収穫作業に変えることだった。その結果、もりやま園の労働生産性は上昇に転じ、2016年比の労働生産性は、2019年に194%になった。さらに、2020年には農水省のスマート農業実証事業の採択を受け、ロボット草刈機や光センサー付き自動選別機を導入しての検証実験も行われ、2022年には240%に達した。

「今は、2028年に414%まで労働生産性を上げることを目標にしています。そのために、現在は高密植栽培と、高所収穫作業車への移行に取り組んでいます。高密植栽培はヨーロッパを中心に海外で多く導入されている栽培方法で、面積あたりの収穫量が5、6倍になるほか、農薬費や肥料費、移動時間等の面積当りの固定費が削減できる、光の利用効率が格段に良くなる、玉の大きさや色などりんごの品質が揃うなど、さまざまな面で根本的な効率化が図れます」

また、従来の日本のりんご栽培では、木を植えてから収穫まで10年近くかかっていたが、高密植栽培では、木を植えてから3年から5年で収穫が始まるため、投資費用の回収も早くなるという。

「その分、初期コストも嵩むデメリットもあります。日本では、高密植栽培用の苗木の供給体制が整っていないため導入例が少ないですが、10年ほど前から始めた一部の農家や研究機関の調査では非常にいい結果が出ており、データ的にもこの方式で今後やっていかなければ、高齢化や諸問題をクリアすることは難しいだろうと言われています。この栽培法をいかに早く実用化して進めていくかが、これからの課題です」

高密植栽培の園地

1000億円のりんご産業を
いかに持続可能にするか

一方で、もりやま園は法人化以降、六次産業化にも積極的に取り組み、摘果りんごを使用したシードル「テキカカシードル」や、そのノンアル版の「テキカカアップルソーダ」、ドライフルーツなどの生産・販売を行っている。

摘果りんごが原料の「テキカカシードル」

「今は、生果りんごを作る生産部と、摘果りんごからシードルを製造する飲料製造部の二本柱で会社が安定してきました。今後の会社の展望としては、もっと経営体質を強くしたいと思っています。前述のように、りんごの生産部門の労働生産性を高めるための技術開発が最優先なので、それを急ぎます。そして、それには設備投資が伴うので、資金調達の手段を模索しなくてはなりません。生産部の労働生産性が目標値である4倍に到達するまで会社を維持しなければいけないので、稼ぎ頭である飲料製造部の高い成長率を引き続き維持し、販路開拓や生産技術の向上も図っていきます」

青森県はりんご産業に大きく依存しており、年間販売額は1000億円を超える。この第一次産業を支えるのは高齢者であり、また1000億円があるがゆえに成り立つ二次産業、三次産業がある。森山氏は自身の最終的目標として、「青森県のりんご産業を100年後にも残せる成長産業にする」ことを掲げている。

「青森県に住んでいるいろいろな方々が何十年後も安心して暮らせるようになるには、まず一次産業を今の時代にフィットさせ、持続させていかなければいけません。そのためには、今の4倍に労働生産性を高めること、つまり産業革命を起こすようなつもりでやっていかないといけないと考えています。まず我々がさまざまなことにチャレンジして、高齢化の時代を生き抜くための技術開発をきちんと行い、こうすればこれからの時代を乗り切れるよという手本を示していきたいです」