Turing 2030年までに完全自動運転EVを量産化

将棋名人に勝利した将棋プログラム「Ponanza」の開発者である山本一成氏と、自動運転技術のスペシャリストである青木俊介氏が立ち上げたTuring。「テスラを超える自動車メーカーになる」というミッションを掲げ、2030年までにハンドルがない完全自動運転EVの量産化を目指している。

山本 一成(Turing株式会社 代表取締役)

自動運転には、「運転支援」のレベル1、「部分自動化」のレベル2、「条件付き自動化」のレベル3、「高度自動化」のレベル4、「完全自動運転」のレベル5まで、5段階がある。現在市場に出ている量産車は、システムが運転を担いつつも、道路状況によってはドライバーの適切な対応が求められる「条件付き自動化」のレベル3までだ。

日本では、2023年4月1日に施行された改正道路交通法により、レベル4の公道走行が解禁された。そのような中で、2021年設立のスタートアップ、Turing(チューリング)は最も難しいレベル5の「完全自動運転」の実現を目指している。

将棋名人を倒したAIの
開発者が掲げた次なる目標

「完全自動運転EVを実現すれば、ハンディキャップを持った人や運転が苦手な人、免許資格を持たない人でも、1人で車に乗って移動することが可能になります。多くの人に生活の豊かさをもたらすことは自明です」とTuring代表の山本一成氏は語る。

山本氏は、世界で初めて将棋名人を倒した将棋プログラム「Ponanza」の開発により、一躍有名になったAIエンジニアだ。

「30歳を過ぎて次のステップを考えるうちに、GAFAに押されて元気を失っている日本の産業を活気づけたいと思うようになりました。そして、世界的にポジティブなインパクトを起こすには、日本のGDPを構成する産業の中でも最大の自動車産業で勝負しようと思ったのです」

ちょうどその頃、山本氏は名古屋大学で教鞭を執る自動運転技術のスペシャリストである青木俊介氏に出会った。これにより、構想は一気に具現化する。

「私自身は自動運転の要素技術をつくるところまでしかイメージしていなかったのですが、青木は日本の基幹産業を作ることを夢見ている熱い人で、やりとりするうちに車ごとつくろうという話になりました」

2021年8月、山本氏と青木氏はTuringを共同創業。そのミッションは、「We Overtake Tesla(テスラを超える)」だ。

「それくらいの会社が1、2社出てこないと、日本の自動車産業は衰退してしまいます。誰もやらないなら自分たちがやるしかない、と会社を設立しました」

Turingは2022年7月に、KDDIなどから10億円の資金を調達。同年8月からは、本社を置く千葉県柏市で公道走行実証を開始し、10月上旬には北海道一周の総走行距離1480kmのうち約95%の道のりを自動運転モードで走破した。また、2023年2月には、市販のレクサスを改造し、自社で開発した自動運転機能を付与したTuringのプロダクト第1号の販売を行っている。

2023年2月に販売したプロダクト第1号(左)とそのモニターイメージ(右)

「今後描くロードマップは、2023年中に100台規模の小規模生産工場の完成と1万時間の走行データ取得、2025年に100台程度のパイロット生産を開始、2027年に1万台規模のライン工場の制作着手、2030年に完全自動運転EVの1万台生産達成、そして上場です」

完全自動運転EV実現のための
機械学習と車両開発

2030年に1万台の完全自動運転EVを製造・販売するために必要な要素として、山本氏は「完全自動運転EVの“脳”を作る機械学習と、“身体”を作る車両開発」の2つを挙げる。

「機械学習については、目を担うカメラとともに、総合的な判断ができる頭が必要で、今後日本の道路総延長に当たる125万kmの走行データを集め、ペタバイト単位での学習により、前方の車線、車両や信号機の認識、走行経路の予測ができるようにします。ただ、最後の3%は運転外の知識が必要なので、そこに進歩が著しいAIを活用したいと思っています」

一方、車両開発については車両企画から製造までに膨大なプロセスを経る必要があることから、さらに道のりは困難だ。

「試作車の開発においては、走る、曲がる、止まる、システムの起動停止、充電の主要5機能に絞り、取り組む問題をシンプルにしてから開発に臨みます。その上で、試作車で実現したい機能の仕様を決め、既存のEVから流用する部品を選定する方針です」

ただし、車体については車両制御のノウハウを獲得するため、独自に開発を行う。同社は2023年3月に車両の開発受託を手掛ける東京アールアンドデーとの戦略的提携を発表しており、今後、車両開発を加速させていく予定だ。

「特に日本の自動車産業は、メーカーごとに部品の商流が固定しています。最新のベンチャーファイナンスとディープテックを組み合わせながら少しずつ作っては売りを繰り返し、信用を築きながら量産を実現したテスラの戦略を見本にして、量産化に向かっていきたいです」

AIネイティブな事業推進で
業界に新たな価値観を注入

異分野から自動車業界に参入した山本氏は、「新しいものづくりの価値観を自動車産業に注入したい」と言う。例えば、同社の「AIネイティブな事業推進」ものその一つだ。

「2023年2月に柏市に初の車両生産拠点を建設しましたが、その名称『TURING Kashiwa Nova Factory』は、ChatGPTに名付けてもらいました。3月に発表したコンセプトカーのデザインもAIに委ねています。従来の自動車の基本設計においても、多くのメーカーは人間がルールを作った上で、AI技術を組み合わせてきました。しかし、当社は事業のあらゆる面をAIに任せて、基本設計を行っています」

2023年3月に発表したコンセプトカー。デザインはAIに委ねた

山本氏は、将来的に建設を予定している大規模工場についても思いを馳せる。

「自動車産業の素晴らしいところの一つは、巨大産業ゆえに、多くの雇用を創出できることです。これまでの工場にはどうしても地味なイメージが付きまとっていましたが、当社は生産プロセスについても常に見直しを図りながら、『Turingの工場で働くのはかっこいい』と思える工場をつくりたいと思っています。工場という呼び方はやめて、『パーク』にしてもいいかもしれませんね。そうすれば、自ずと働きたいという人が集まると思います」

自動車産業の常識を覆す挑戦に向けて、走り始めたTuring。同社の今後の動向に要注目だ。

 

山本 一成(やまもと・いっせい)
Turing株式会社 代表取締役