金融からWeb3へ、abc株式会社が挑む「新しい経済システム」
「多様性を通貨にする」──。そう掲げて2025年9月に社名を「abc株式会社」とした上場企業がある。2002年に金融・不動産を祖業として創業し、2006年にジャスダックへ上場。以来19年の歩みを経て、いま新たな挑戦に踏み出した。Web3とブロックチェーンを軸に、善意や信頼、応援といった人間本来の価値を経済に組み込み、資本主義の再定義を目指している。

存在意義を問い直す経営理念
2025年9月、ジャスダック上場から19年の歴史を持つ企業が「abc株式会社」として新たなスタートを切った。金融・不動産を祖業とし、2006年に上場を果たしてから約二十年。資本市場の荒波をくぐり抜けながらも、時に市場から十分に評価されない苦しい時期を経験した。社長の松田元氏はこう振り返る。「黒字化しても割安株として放置される企業は相応数あります。逆に赤字であっても企業価値が上がるケースもある。重要なのは黒字か赤字かではなく、“存在意義”です」。
この気づきが、社名変更と理念刷新の原動力となった。「多様性を通貨にする」というミッションには、単なる収益追求ではなく、人間社会に内在する善意や信頼、協力や応援といった無形の価値を経済システムに取り込みたいという強い意志が込められている。松田氏は「我々はコントローラーではなく、あくまでも起爆剤でしかない」と語る。上場企業として業績改善に努めるのは当然だが、それ以上に社会的意義を問い続け、透明性の高いプロセスで経営を行う姿勢を明示しているのだ。この理念は未来志向の宣言であると同時に、株主・顧客・社会に向けた固い約束でもある。
資本主義を超える次世代の構想
松田氏が示す次世代資本主義の方向性は、従来の仕組みの限界を直視することから始まる。これまでの資本主義は「借金と消費をレバレッジにした略奪型」であり、経済成長を支える一方で、格差拡大や社会不安の温床となってきた。高度経済成長を支えた従来型の拡大型モデルは、少子高齢化や地球環境問題に直面する現代において、もはや立ち行かなくなっている。
「贈与と恩赦を最重要価値と定める次世代の資本主義へ」。松田氏はそう語る。社会の中で人と人が助け合い、応援や信頼といった無形の価値が通貨のように流通する世界。その実装を可能にするのが、Web3とブロックチェーン技術だ。改ざん不可能な記録と分散型の仕組みは、これまで中央集権的に管理されてきた金融取引を根底から変革する力を持つ。理念は空論ではない。テクノロジーが進展した現代だからこそ、従来資本主義の限界を補う具体的な仕組みを構築できるのだ。abc株式会社が挑むのは、資本主義の「否定」ではなく「再定義」。人間の営みそのものを経済の中心に据えることで、社会と市場の双方に新しい持続可能性を提示している。
DAO思想と循環型ビジネスモデル
理念を支えるもう一つの軸は、DAO(分散型自律組織)の思想だ。松田氏は「株主が顧客となり、顧客が株主となるビジネスモデルが一番美しい」と語る。株主が単なる投資家としてではなく、顧客としてサービスを利用し、共感を持って支える。その行為が企業価値の向上につながり、再び株主としてのリターンを享受する。こうした循環が繰り返されることで、経済は一方通行の閉じた関係ではなく、相互作用に満ちたエコシステムとなる。
DAOの思想は、従来の株式会社制度に真っ向から挑戦するわけではない。しかし、透明性と分散性を経営の中心に据える点で革新的だ。「我々はコントローラーではなく、起爆剤でしかない」という言葉に象徴されるように、同社は全てを掌握するのではなく、社会や顧客の主体的な選択を後押しする役割を自らに課している。また、松田氏は「人類最古のSNSは通貨である」とも語る。SNSが人をつなぐように、通貨もまた究極のコミュニケーション手段であり、その本来の役割は人々の多様な価値を映し出すことにある。この哲学が、理念をビジネスの現場に落とし込むための土台となっている。
三本柱で築く具体的事業モデル
理念を具体化する事業モデルとして、abc株式会社は三本の柱を掲げる。第一に「エクイティ・ファイナンス」。上場企業に求められる株式分散化の課題に対し、資本政策の支援を行い、経営の持続性を高める。第二に「暗号通貨メーカー」。企業や地域コミュニティが独自トークンを設計・発行できるよう支援し、新しい資金調達や関係人口の拡大を後押しする。第三に「暗号通貨ディーリング」。発行されたトークンを実際に流通させ、取引市場に橋渡しする役割を担う。
これら三つの柱は相互に補完し合い、理念を現実の収益モデルへと変換する。すでにスポーツ・エンタメ領域では格闘技興行などとの連携が進み、従来の収益構造をトークン活用によって再設計する試みが始まっている。将来的には500社の顧客基盤を構築し、21,000BTCの備蓄を確保するという目標を掲げる。「時価総額1兆円宣言」は単なる数値目標ではなく、理念の実装を社会に示す象徴的なマイルストーンだ。理念倒れにならず、着実に事業を進める姿勢がうかがえる。
社長の原体験が生んだ経営哲学
松田氏の経営哲学は、若き日の挫折と再起の経験に根ざしている。20代前半で学生起業に成功したものの、リーマンショックで事業は半減。自らの努力では抗えない世界金融の荒波を前に、金融を徹底的に学び直す決意をした。その過程で出会ったのがブロックチェーンである。「これこそ人類にとってのイノベーションだ」と直感し、人生を賭ける選択をしたという。
その背景には文化的な考察もある。キリスト教的な「自己否定」の思想を土台にした西洋型資本主義に対し、東洋の「自己肯定」の文化はWeb3と親和性が高いと松田氏は考える。「多様性を通貨にする」という理念には、東洋的な多元性の肯定と、西洋資本主義の限界を超えるという構想が重ねられているのだ。個人的な経験と思想が企業理念と直結していることこそ、abc株式会社の構想の強さの源泉だろう。理念は抽象的に響くかもしれないが、その背景には生身の経営者の痛みと学びが存在する。
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