水戸ホーリーホック 市民クラブが切り拓く持続可能な未来 50年後を見据えた経営視座を持ってJ1昇格へ
明治安田J2リーグ首位(2025年10月10日現在)を走る水戸ホーリーホック(株式会社 フットボールクラブ 水戸ホーリーホック)。創設31年、責任企業を持たず、地元と共存する形を貫いてきたクラブが今季、J1昇格に王手をかけた。同社社長・小島耕氏が進める経営改革の核心は、目先の勝利だけではない。農業事業や空き家対策といった地域課題への本格参入、集客戦略室の新設やスタジアム周辺の渋滞対策、そして「50年後」を見据えたサッカークラブとしての根源的な問いかけ。地方市民クラブの挑戦は、日本のプロスポーツ界全体に新たなモデルを示している。

サッカーメディアから経営の世界へ
地方市民クラブの可能性を追求
株式会社フットボールクラブ水戸ホーリーホック(以下、水戸ホーリーホック)は茨城県央・県北地区の15市町村、人口約102万人規模のエリアをホームタウンとするJリーグクラブだ。創設31年、J2加盟から26シーズンという歴史を持ちながら、J1にもJ3にも所属したことがない、J2在籍歴最長のクラブである。最大の特徴は、特定の責任企業やオーナーを持たず、「市民クラブ」として多数の株主とパートナー企業に支えられながら運営されている点だ。
同クラブ社長の小島耕氏は2019年に社外取締役として同クラブに参画し、2020年7月から社長を務めている。それ以前は、サッカー専門誌「エル・ゴラッソ」などメディアでの仕事を経験してきた。
「当時の選手やクラブを取材していた立場から、まさか経営の現場に立つとは思っていませんでした」と振り返る小島氏。GMの西村卓朗氏との出会いをきっかけに、地元・茨城のクラブ経営に携わることになった。
コロナ禍での就任は試練の連続だったが、現在はチームの好成績も相まって、上昇気流に入りつつある。「入場制限や運営制限など厳しい時期が続きました。しかし、それを乗り越えた今、クラブとしてさらに前進のスピードを上げたいタイミングで、今季の好成績が来ています」。今季は14億円超の売上を見込み、過去最高を更新する見通し。平均入場者数も31年の歴史で過去2番目となる6000人弱に達する勢いだ。

過去には、前田大然選手(現セルティックFC[スコットランド]所属)、小川航基選手(現NECナイメーヘン[オランダ]所属)、伊藤涼太郎選手(現シント=トロイデンVV[ベルギー]所属)らを輩出し、「育成型クラブ」として知られてきたが、小島氏はシーズン前、今季を「勝負の年」と位置付けていた。
「今年は明確に勝負の年と位置付け、トップチームの人件費も見直しました。新たな選手の補強だけでなく、既存の選手たちへの働きかけも行い、それが今シーズンの好成績の一因となりました。シーズン単体では赤字でも、J1昇格の可能性があれば、時には思い切った経営判断も行います。結果的にはプラスとなるからです」と小島氏は明かす。
シーズン中盤では、チームの中心選手であった津久井匠海選手(現RB大宮アルディージャ所属)や寺沼星文選手(現東京ヴェルディ所属)の移籍や4試合連続引き分けなど逆風もあったが、加藤千尋選手をはじめとした補強やチームとしての着実な積み上げもあり、現在は首位をキープ。「昇格」の2文字が現実味を帯びてきた。
農業事業と空き家相談窓口
地域課題に事業として挑む
同クラブが特筆すべきは、地域の社会課題に事業として取り組む姿勢だ。2021年に立ち上げた農業事業「GRASS ROOTS FARM」は、その象徴と言える。茨城県は北海道に次ぐ農業生産量を誇る一方、耕作放棄地面積は約1万ヘクタール、農業従事者の平均年齢は67歳、60歳以上が全体の約70%を占める。
「この課題に正面から取り組んでいくには、自らが農業を実践して盛り上げていくしかない」と小島氏は語る。2022年には城里町の約1000平方メートルの圃場でニンニク栽培に挑戦。2025年6月には、同町内約2000平方メートルの圃場に移り、太陽光発電を運営しながら作物を育てる「ソーラーシェアリング事業」へと歩みを進めた。選手やサポーター、アカデミーの小中高生らが農作業に参加する仕組みを構築し、ホームゲームでは収穫した農作物や近隣市町村の特産品を販売し、「試合会場を道の駅のような交流の場にする」構想を実現した。

また、2025年5月には、株式会社ネクスウィルとの協業で「ホーリーホックの空き家相談窓口」を開設。茨城県内の空き家は約19万6200戸、総住宅数の14.1%を占める(2023年時点データ)が、「放置される空き家を1軒でも多く次の利用者につなげたい。我々が主体となって社会課題を発信することで、多くの方に自分ごとと捉えていただく」取り組みで、地域課題と着実に向き合っている。
200社超のパートナー
着実な集客で満足度と収益性を実現
こうした取り組みを支えるのが、200社を超えるパートナー企業の存在だ。小島氏は、プロスポーツクラブの強みを「発信力と地域のプラットフォーム機能」と位置づける。
「特定の企業に支えられている会社ではないので、逆に言えば、皆様の力でクラブを一緒に前進させてください、という提案が出来ます。そうした活動が、ひいては地域への感動や興奮、そして地域課題の解決に繋がっていく。この循環に意義を感じてもらう機会が多いです」と語る。
集客戦略でも、小島氏は独自の視点を貫く。今季新設した「集客戦略室」が重視するのは、単なる動員数ではなく客単価をはじめとした収益面だ。「適正な価格を払ってスタジアムに来ていただくことが重要です。無料招待券の配布は絞り、逆にパートナー企業や株主への価値を高めることに注力してきました」と説明する。スタジアムでのインフラ整備として取り組んだキャッシュレス決済の導入は、初めこそ難しい状況だったが、「今では9割以上の方にご利用頂いております」と語るように着実な成果を見せる。
来場者満足度向上の施策も行っており、地方スタジアムの宿命である渋滞問題に対する施策も実施。「4名以上の乗り合いでご来場された方に、スタジアムに最も近い駐車場を提供する取り組みを試験運用しました。もちろん既存のユーザーから一定のご意見は頂戴しておりますが、試験運用の結果ではポジティブな定量的な結果がでています」。こうした取り組みにより、集客の質向上やパートナーへの価値提供向上に繋がる。
50年後を見据えた経営判断
プロスポーツの職業価値向上へ
J1昇格が現実味を帯びる中、小島氏の視線は遠い未来にも向けられている。新スタジアム構想については「関係各所と慎重に調整を進めている段階」としながらも、その議論の前提に対して根源的な問いを投げかける。
「個人的にはサッカー専用のハイスペックなスタジアムで選手たちをプレーさせたい。しかし、実際には管理や集客など様々な障害があります。日本の人口動態を考えたとき、数十年先を見据えた慎重な判断が必要になります」と説明する。地元、ひいては社会の未来を考えているからこその小島氏の視座だ。
もう一つ、小島氏が強く訴えるのがプロスポーツ業界の職業価値向上である。「クラブの知名度と内側での評価では、ずれが大きい。業界としては、やりがい搾取のケースがまだまだあるのが現状です。優秀な新卒の方がこぞって入りたい、というような給与体系・事業構造を持つ業界に変えていきたい」。
小島氏の視線は、クラブの発展にとどまらず、スタッフの待遇改善やスタジアム活用にも注がれている©MITO HOLLYHOCK
社長就任時からフロントスタッフを増やし基盤を固めること、フロントスタッフが力を発揮できる環境づくりに注力してきた。「その結果として、トップチームの成績が上がってくると信じていました。今、その良い循環の入り口に入ってきています」と語る。
多角的な取り組みで、関係者全員への価値貢献に取り組んできた水戸ホーリーホック。地方市民クラブの挑戦は、今後のプロスポーツクラブの在り方を根本から変えることになるか、注目が集まる。