塩田康一・鹿児島県知事 「稼ぐ力」を向上させ持続的発展を目指す

2020年7月に鹿児島県知事に就任した塩田康一氏は、経済産業省出身。2つの世界自然遺産と2つのロケット打上げ施設などを有し、日本一の和牛生産地である鹿児島県において、産業の「稼ぐ力」を強化し、新事業や新規需要を創出することで「誰もが安心して暮らし、活躍できる鹿児島」を目指している。

塩田 康一(鹿児島県知事) 取材は、新型コロナウイルス感染症対策をとり、ソーシャルディスタンスを十分に保ち行われた(2022年4月22日)

「誰もが安心して暮らし活躍できる鹿児島」の実現へ

――知事就任後に見直された新「かごしま未来創造ビジョン」の特徴と方針について、お聞かせください。

「かごしま未来創造ビジョン」は、2018年に策定されたものです。その後、新型コロナウイルス感染症の拡大や、デジタル化の進展、SDGsの推進やカーボンニュートラルの実現など、社会経済情勢が大きく変化していました。

こうした変化をしっかりと捉えて県内のさまざまな課題解決の取組を進め、県民の皆さんに戦略をわかりやすく示すことが大切だと考え、今年3月に「かごしま未来創造ビジョン」を改訂しました。

改訂後のビジョンが目指すのは、「誰もが安心して暮らし、活躍できる鹿児島」です。

具体的には、農林水産業や観光、企業の「稼ぐ力」を向上させること、デジタルテクノロジーを活用し県民の暮らしの質を向上させること、多様で魅力ある奄美・離島の振興や個性を活かした地域づくりを行い、移住・交流を促進させることなどに注力していきたいと考えています。

特に、今後の県勢発展の基盤をしっかりとつくっていくため、本県の基幹産業である農林水産業と観光関連産業のさらなる振興を図りながら、高い技術力を持つ製造業の競争力強化や、将来を担う新たな産業の創出に取り組み、鹿児島の「稼ぐ力」の向上を図っていく必要があると考えています。地域資源を生かし、経済的な価値を高めることで、世界も視野に入れ、地域の外から資金を稼ぎます。稼いだ資金は域内で循環させ、地域経済を強くし、地域に仕事をつくり、地域への人の流れをつくる。また、域外への資金流出を防ぐことにより地域経済の循環を高め、鹿児島県の持続的な発展につなげることが重要だと考えています。

全共鹿児島大会での「和牛日本一」を目指す

――鹿児島県の農業産出額は北海道に次いで、4年連続2位を維持されています。これまでの成果や、今後注力される施策についてお聞かせください。

本県は北海道に次ぐ農業県ですが、そのなかで大きなウエイトを占めているのが畜産です。5年に1度行われる「全国和牛能力共進会」の2017年の第11回大会では「鹿児島黒牛」が日本一を獲得しました。県内の子牛市場では県外からの新規購買者が増加し、現在も全国平均を上回る価格で推移しています。これにより肉用牛繁殖農家の生産意欲が向上し、飼育頭数は増加しています。奄美などの離島でも和牛の飼育が盛んになっています。

「全国和牛能力共進会」の2017年第11回大会で、鹿児島黒牛が日本一を獲得。今年10月には第12回大会が鹿児島で開催される 画像提供:鹿児島県

この10月には第12回大会が本県で開催され、過去最多となる41道府県が出品する予定です。生産者をはじめ、関係機関・団体と一体となり、「チーム鹿児島」の団結のもとに出品対策を強化し、今回も「和牛日本一」を勝ち取りたいと思います。

農産物では、さつまいもやさとうきびが基幹作物です。さつまいもはデンプンの原料であり、焼酎やお菓子に加工されるなど、非常に用途のすそ野が広い作物です。さとうきびは離島の生活を支える農作物です。こうした作物をしっかりと守りながら、稼げる品目をブランド化して付加価値を向上させ、販路拡大に取り組んでいく必要があります。

また、大手インターネットショッピングモールを活用したWeb物産展などにも取り組んでいます。さらに「稼げる」ようにするには、海外を視野に入れた販路拡大が必要だと考えています。2020年10月には、PPIH(旧ドン・キホーテHD)と鹿児島県産品の海外への販路拡大等に関する連携協定を締結しました。PPIHが東南アジアを中心に展開している海外店舗で本県産の農産物等を販売していただいています。これが非常に伸びており、今後は販売品目や販売量を増やしていく予定です。

新産業創出室を新設し
新事業創出や宇宙産業を振興

――新産業創出のための戦略について教えてください。

現在、地場産業で地域を牽引している産業は農林水産業と観光ですが、それ以外にも地域を支える付加価値の高い技術力を持った企業も創出する必要があります。そうした企業を創出できれば、雇用の場が生まれて、若い人の人口流出も抑えられるでしょう。また、UターンやIターンできるような働く場をつくることが、地域の持続的な発展のためにも必要だと考えています。

県では昨年度、新産業創出室を設置し、新たな産業の創出に取り組んでいます。起業に向けた機運醸成や環境整備を行い、イノベーションを担うスタートアップを育成するほか、若い世代の起業家マインドの醸成を図っています。また、企業などのニーズの掘り起こしから事業化・販路開拓まで、各段階に応じた研究開発費の補助や専門家によるコンサルティングを実施し、新産業の創出を支援しています。

中核企業などが行うAIやIoTの導入、ロボット協業などによる生産性向上、新製品・新技術の開発による付加価値の向上の取組のほか、新たな需要獲得の取組なども支援しています。

――県内には2つのロケット打上げ施設がありますが、宇宙産業における今後の構想をお聞かせください。

宇宙産業は、非常に市場規模が大きいこれからの産業です。本県には全国で唯一2カ所、内之浦と種子島にロケット打上げ施設があることから、JAXAや打上げ施設を活用する宇宙関連企業との連携を強化することで、宇宙ビジネスの成長を取り込む大きな可能性を持っていると考えています。

総面積約970万㎡におよぶ日本最大のロケット打上げ施設「種子島宇宙センター」
Photo by norinori303/Adobe Stock

鹿児島大学を中心とした小型ロケットの開発の支援も行っています。また、新産業創出室では、産学官金とJAXAが連携して、昨年6月に勉強会を立ち上げました。会では宇宙関連産業の現状や課題、県内企業の参入可能性などについて意見交換を行っています。今後はセミナーの開催や研究開発支援、衛星データを利用した実証実験なども行う予定です。宇宙産業が鹿児島県の「稼ぐ力」の向上につながることを期待しています。

――新産業創出の一方、大島紬などの伝統産業についてはどのような施策をお考えですか。

本県には、大島紬、川辺仏壇、薩摩焼という国指定伝統的工芸品があります。いずれも生活環境やライフスタイルが変化して、かつてに比べると生産量も従事者も減少しています。これらを絶やさないように少しずつでも後継者育成をしていきたいと思っています。

一方で、今までの伝統的な利用の仕方だけでなく、新しい活用法も徐々に出てきています。例えば、私が今日締めているネクタイは大島紬ですが、マスクなどの小物類などいろいろな使い方や、学生による新しいデザインも出てきています。薩摩焼のアクセサリーなど、それぞれの技術を活かしたデザインや新しい使い方を開発して発展させながら、他にはない地域固有のものはしっかりと守って、大事にしていくことが重要だと思っています。

離島の生活環境を改善し
付加価値を高めるDX

――鹿児島県のDXの取組についてお聞かせください。

県では、デジタルによる社会変革(DX)を実現することで、本県をとりまく課題解決につなげていくため、行政のデジタル化を進めるとともに、農業・観光・福祉・教育など、あらゆる分野でICTを活用した効率化や生産性の向上、人材育成などに取り組んでいます。

農業では、少子高齢化に加え、コロナ禍で外国人技能実習生が来なくなり、人手不足が深刻化しています。そうした中で、スマート農業を取り入れることは、人材不足の解消や生産性の向上に大きく寄与するものだと考えています。

観光では、観光客の動向や観光消費の実態、観光ニーズなどのデジタルデータを活用した戦略的プロモーション活動により、観光客や観光消費額の増加を図られることが期待されます。

また、本県が有する多くの離島や中山間地域では、デジタル化の進展により、例えば遠隔教育が進むことで、利便性が飛躍的に高まり、地域による条件不利性が大幅に軽減されます。特に島にいながら本土や東京と同じような教育を受けられるのは、大きな進歩だと思っています。

いろいろな知識に触れ、多種多様な仕事を知る機会が増えれば、子どもたちの意欲が増し、人生の選択肢は広がるでしょう。その結果、人材が育ち、離島で活躍してもらえるような好循環が起これば、非常に素晴らしいことだと思います。

昨今では地方回帰の気運が高まっています。今までは仕事をするところに住んでいましたが、デジタル化の進展により、これからは住みたいところに住むという風に変わってくるのではないかと期待しています。本県ならではの豊かな自然や特徴ある伝統・文化などを全国に発信して、移住先や新たなビジネス拠点として選択されるように、インフラ基盤の整備も含めて、地域づくりにしっかり取り組んでいきます。

世界自然遺産の観光では
自然保全と環境整備を両立

――現在の観光戦略についてお聞かせください。

本県は、屋久島、奄美大島・徳之島という2つの世界自然遺産を持つ全国唯一の県です。「明治日本の産業革命遺産」と合わせて3つの世界遺産があることは、国内だけでなく、海外からの観光客誘致の大きなセールスポイントになると考えています。

左/2021年7月に世界自然遺産に登録された奄美大島
Photo by shikema/Adobe Stock
右/奄美大島には国内で2番目に大きいマングローブの原生林があり、カヌー体験もできる
Photo by reitarou/Adobe Stock

このセールスポイントを最大限に活かし、鹿児島と屋久島、奄美群島を結ぶ世界遺産クルーズなどの新たな周遊観光ルートの開発や商品化を行い、積極的なプロモーションを展開して、さらなる誘客や観光消費額の拡大など、本県全体の観光振興につなげたいと思っています。

ただし、気をつけなければならないことは、世界自然遺産ですから、その世界的な価値をしっかりと保全して子々孫々維持していくことが大事であるということです。そのためには、屋久島や奄美大島・徳之島の多様な動植物の価値や、それがどのようにこれまで残ってきたのかなど、解説できる現地ガイドが必要です。そうした人材育成を、海外のお客さまへの対応も含めて、現在進めているところです。

受け入れ体制にしても、景観も含めて、自然環境や地域の方々の生活と共生できるような形での利用を考えていく必要があります。また、観光関係の標識の設置やWi-Fiの整備などもしていく必要があると思っています。島唄や食文化、祭なども含めて、ゆったりと島時間を楽しんでいただけるように考えていきたいと思います。

観光産業だけでなく、ワーケーションなどの新規需要も取り込みたいと考えています。特に離島は自然豊かで、美味しい食べ物もたくさんあります。都会では味わえない非日常的な空間で仕事をすることができ、同時に生活も楽しめます。

そう考えると、鹿児島の離島にはアピールポイントがたくさんあるのではないかと思います。ワーケーションなどの新規需要を取り込むための観光事業者の取組に対する支援にも、今後注力していきたいと思います。

 

塩田 康一(しおた・こういち)
鹿児島県知事