国際会議で着想を得て新規事業開発 メンバーズ西澤氏が語る、「第5の柱」脱炭素DX誕生秘話
2022年11月エジプトで開催されたCOP27で、株式会社メンバーズの西澤直樹氏は、日本と世界との間にある認識の格差を痛感した。そこで目の当たりにした脱炭素への真摯な取り組みと熱気は、事業観を根底から変えることになる。わずか4ヶ月後の2023年4月、同社は脱炭素DX事業を立ち上げ、西澤氏は事業責任者に就任。今年 創業30年を迎える DX現場支援企業が仕掛ける戦略的な「第5の柱」は、いかにして構想されたのか。CSV(共通価値創造)を基軸とした理念経営と、現場起点の事業開発哲学について、執行役員の西澤氏に話を聞いた。
危機が導いた経営哲学
CSV理念の源流を探る
株式会社メンバーズの脱炭素事業を理解するうえで不可欠なのが、同社の経営基盤を成すCSV(共通価値創造)理念の成立過程だ。その淵源は、2006年の上場直後に発生した経営危機にある。1995年に創業した同社は、IT業界の先駆的存在である。創業期においては多角化戦略を採用していたが、上場を契機として企業としての存在意義を問われる局面を迎える。
「上場後、2期連続赤字という状況に陥りました」と株式会社メンバーズ執行役員の西澤直樹氏は当時を振り返る。まだ若手の立場だった西澤氏にとって、この危機は興味深い学習機会として映った。「経営の危機的状況を間近で観察し、企業再生のプロセスに関与できる事にむしろ関心を抱いていました」。
この危機がメンバーズの 経営陣に投げかけたのは、企業の根本的な存在意義に関する問いだった。「そもそも我々は何を事業とする企業なのか。社会における存在意義とは何なのか」 という本質的な問いが、売上最優先の営業先行型経営から、社会価値創造と企業成長の同期を目指すCSV経営への戦略転換を促した。
逆張りの戦略選択
運用業務の中核化という発想
CSV経営への転換と並行して、同社は大胆な事業ポートフォリオの再構築を実行した。選択されたのは、業界内で「非創造的」と位置づけられていたWeb運用業務への特化戦略だった。「当時、オペレーション中心で定型的、創造性に乏しいと認識されていた領域でした。しかし、この業務こそが顧客の成果創出における本質的価値の源泉であり、オウンドメディアという戦略的資産の成否を左右する運用を担う重要な機能だと我々は考えていました」と西澤氏は説明する。
同社が構築したのは、この「周辺運用業務」を高付加価値サービスに昇華させる独自のオペレーティング メソッドシステムだった。アカウントプランニングによる定量的成果目標の設定、専任チームによる組織的コミットメント、そして「あたかも社員」として顧客組織に深く関与する体制——これらの仕組みを通じて、従来軽視されがちだった業務領域を顧客から高い評価を得る価値創造の場へと変貌させた。
常駐先での業務を通じて顧客との深い信頼関係を構築した西澤氏は、「当時の経営陣が標榜していたCSVという概念を、具体的な事例として顧客と共に実現してみたくなりました」と語る。「CSVという理念は語られていたものの、それを実践するための方法論が社内に蓄積されていませんでした。それならば自分で方法論を開発してみようと考えました」。
国際会議での認識転換
気候変動はリスクではなく、事業機会と痛感
そんな中で2022年のCOP27への参加は、西澤氏の事業観に決定的な影響を与えることとなる。「会社として気候変動問題へ取り組むという方針は決定していたものの、具体的な事業展開は何も定まっていない中での出張でした。しかし、現地で目撃したのは脱炭素・気候変動対策を競争戦略の中核に据えて真摯に取り組む企業群と、それを支援する行政機関の本格的なコミットメントでした。そこには、日本では感じることのできない緊迫感と事業機会への積極的な姿勢がありました」と話す。
この体験を通じ、脱炭素が単なる規制対応ではなく新たな競争優位の源泉となり得ると 西澤氏は認識したのだった。「これだけ世界規模で本格的な取り組みが展開されているのであれば、私たちとしても戦略的に参入すべき領域だと判断しました」。
帰国後わずか4ヶ月での事業立ち上げは、同社の意思決定の迅速さを象徴している。ただし、事業化の過程は決して平坦ではなかった。「事業モデルの具体的な設計が困難で、立ち上げ当初3ヶ月間は売上実績がゼロという状況でした。約100社に対してヒアリング を実施し、市場ニーズの詳細な分析から開始する必要がありました」。
しかし、そんな困難な時代を乗り越え、現在同社の脱炭素事業は 温室効果ガス排出量の可視化から削減施策の実行、マーケティングの成果向上や新規事業開発の支援まで包括的なソリューションを提供している。重要なのは削減とビジネス成果の創出の両立を戦略的にアプローチしている点だ。「削減のみに焦点を当てた場合、コスト要因として認識される傾向があります。これを企業の競争優位性構築の機会として再構成する支援も同時に提供することが重要です」と西澤氏は語る。
戦略的成長への設計
事業ポートフォリオ拡張と人材育成の構想
脱炭素事業は、UI・UX、マーケティングDX、データ活用支援やデジタルサービス開発 事業などに並びメンバーズの中長期事業 戦略において「第5の柱」として明確に位置づけられている。日本のIT産業の先駆けの企業として、常に事業拡大を目指す同社は既存事業領域での成長のみならず、新たな事業領域への挑戦にも意欲的だ。
「顧客企業の投資対象が従来のWebマーケティングから、より包括的なDXへと急速にシフトしています。私たちとしても従来のブラウザ環境に限定された支援から、顧客企業のデジタル接点全般にわたる包括的な支援へと事業領域を拡張する必要があります」と戦略的背景を説明する。
そうした事業拡張を実現していくには、それを支えるデジタル人材が不可欠だが、「人手不足という社会課題に対してデジタル技術で貢献するという基本思想は変わりません。第6、第7の事業柱の創出も必要になるでしょう」と事業拡大に伴う雇用の創出・人材育成にも前向きな姿勢を見せる。
「デジタル クリエイター自身が主体的に新規事業開発に関与することに本質的な意味があります。クリエイターこそが現場の課題を最も詳細に理解しており、そこから生まれるアイデアに基づいて事業を構築する方が、成功確率も高く組織全体のコミットメントも得られやすいのです」。
創業から30年間にわたって培われてきた現場主義の文化とCSV理念。脱炭素DXという切り口を通じて、人材不足やDXなどの社会課題解決に向き合う株式会社メンバーズ。IT産業の先駆けを担った企業としての、矜持と進化の姿勢が見られた。
西澤 直樹(にしざわ・なおき)
株式会社メンバーズ
専務執行役員 CSV本部
本部長 兼 脱炭素DXカンパニー 社長
2006年に新卒入社。2013年に最年少部門長として現在のDX現場支援事業の基盤となる成果型チームモデル確立を推進。2017年4月に執行役員に就任。メンバーズ初のCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)事例創出を牽引。2018年4月に常務執行役員へ昇任し、2023年4月にメンバーズの脱炭素DX推進事業を展開する専門組織「脱炭素DXカンパニー」のカンパニー社長に就任。2024年4月より現職。