働きながら地域と出会う 「おてつたび」が提案する旅の新常識

(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2025年6月24日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

おてつたび代表取締役CEO 永岡里菜さん

誰かにとっての「特別な地域」をつくる── 。

そんなコンセプトを掲げ、新しい旅の形を提案しているのが「おてつたび」だ。見知らぬ土地に出かけ、素敵な人々に出会いたいという旅行者と人手不足で困っている地域の事業者を結ぶマッチングサービスを展開。働きながら日本各地を旅し、地域の人たちと交流するという新しい旅のカタチを創造した。

著名な観光地があるわけではない。でも、実際に滞在してみると、心安まる自然や温かい人たちがいる。「おてつたび」での体験を通して、様々な地域のファンが生まれつつある。創業者の永岡里菜さんに、地域のありのままの魅力、「おてつたび」が目指す世界など、たっぷりと語ってもらった。

旅人と地域をマッチング。知られざる地域の魅力を掘り起こす

── 「おてつたび」はどのようは事業を展開しているのですか。

「おてつたび」は「お手伝い」と「旅」を掛け合わせた造語です。国内の様々な地域で、人手不足で困っている収穫期の農家、ハイシーズンの旅館・ホテルなどのお手伝いをしながら、旅行ができるマッチング・プラットフォームを運営しています。

特徴は二つあります。一つ目は、旅先でお手伝いをすることでアルバイト代が得られ、さらに宿泊場所(寮や空き部屋など)が無料で提供されます。そのため、旅費の負担を減らしながら旅ができるということです。

二つ目は、お手伝いという新しい旅の目的をつくることで、日本各地のまだまだ知られていない地域に人が訪れるきっかけをつくっていることです。働くという役割を持って地域に入り込むことで、人のつながりができ、その地域のディープな魅力を知り、その地域を好きになって帰っていくことで、関係人口を創出することができるのです。現在、登録ユーザーが7万9000人、受け入れ先が2000か所という状況です。

おてつたびの仕組み
※画像クリックで拡大

ふるさとへの思いが出発点。自ら日本各地を旅する中で着想

── 創業のきっかけを教えてください。

動機の一番は、私が三重県尾鷲市出身だということです。東京から車でも、電車でも6時間程度かかる漁業と林業の街です。有名なランドマークや観光名所がないため、なかなか訪れるきっかけがなく、「どこですか、そこ?」と言われてしまいがちなところです。では魅力がないのかと言えば、そんなことはありません。来てもらえればわかる魅力がたくさんあります。

どうしたら出身地である尾鷲市のような地域にスポットライトを当てることができるか。自分なりに模索しようと、当時勤めていた会社を辞め、東京の家を解約して、国内の様々な地域を巡りました。その結果、こうした地域を訪れてもらえる仕組みがないだけではないか。まずは人に来てもらう仕掛けを、地域に役立つ形でつくれないか、という思いに至り、「おてつたび」を創業しました。

── 創業から現在まで紆余曲折あったのでは。

新しいサービスなので、どれだけ言葉を尽くしても、なかなかイメージを伝えることができず、最初の事例をつくるまでは大変でした。「おてつたび」という社名は、「近しい方をお手伝いするように地域の方々と接して欲しい」という思いで付けたのですが、実績が何もない段階では「お手伝い感覚で来られたら困る」「私たちの仕事をなめているのか」と受けとられてしまいがちで、苦労しました。

「まずは人が来てもらう仕掛けを、地域の人たちにも役立つ形でつくれないかと思ったのが出発点です」
「まずは人が来てもらう仕掛けを、地域の人たちにも役立つ形でつくれないかと思ったのが出発点です」

ただ、そこは足を使って地域をまわり、働きかけていくことで、活路を開いていきました。大変ではありましたが、成し遂げたいビジョンが明確だったことが、拠(よ)り所になってくれたと思います。

参加者が地域の魅力を発信。シニア層にも利用者広がる

── 「おてつたび」のどんなところがユーザーから支持されているのでしょうか。

受け入れ側にとっては三つポイントがあると思います。一つ目は、中山間地や離島など、どんなエリアであっても、募集を出してもらえれば、平均1日前後で申し込みが入ってくるというところです。二つ目は労務関係の手続きや管理などをシステム化しており、募集を出してもらえれば労働条件通知書が自動生成され、そのまま労務管理に関する記録をとることができます。受け入れ先にとっては、手間を省くことができます。三つ目は、私たちのオリジナル性が表れているところだと思いますが、「おてつたび」を終えた人が受け入れ先やその地域を宣伝してくれるマイクロインフルエンサーや、実際に地元産品を購入し観光客として泊まってくれる顧客になってくれることです。受け入れ先の事業者などにとってはファンを増やすことに、その地域にとっては関係人口を創出することにつながります。

参加する側にとっては、アルバイトをしながら日本各地に行けるので、若年層など時間はあっても金銭的に余裕のない人たちでも、行ってみたかった地域に費用面を気にせず行けることが一つあります。二つ目は、長期滞在して地域のことを深く知ることができる点。三つ目は2000か所という多種多様な受け入れ先があるので、様々な地域で様々な仕事に触れることができる点だと思います。

当初は大学生を中心ターゲットに据えていましたが、最近は50歳以上の方の活用が増えています。会社を定年退職あるいは早期退職された方、ボランティア休暇といった会社の制度を利用して参加される方など様々で、「おてつたび」を通してセカンドキャリアを模索される方も増えています。今後、人口に占める50歳以上の方の割合は増えていきます。アクティブシニア、プレシニアが地域に貢献できる形をつくることは、大切だと感じています。

旅をきっかけに移住や起業も。関係人口の増加にも貢献

── 利用者の体験談やエピソードで印象に残っているものはありますか。

「おてつたび」は一人ひとり、1回の受け入れごとに全く違うストーリーがあり、そこが面白いところです。

沖縄出身・在住の女性が奈良県川上村という人口約1300人の村の宿泊施設で「おてつたび」に参加したことで施設の若旦那と意気投合し結婚されたり、受け入れ先にそのまま就職して定住されたりといった事例があります。ある50代の男性は、徳島県鳴門市のラッキョウ農家で「おてつたび」したことで「鳴門らっきょ」に魅せられ、そのまま移住した上で、自ら起業して鳴門ラッキョウの6次産業化に取り組んでいます。

「おてつたび」をきっかけに2拠点居住を始めた方もいます。居住とまではいかなくても、何かプロジェクトをスタートさせる人もとても多く、福島県大熊町では「おてつたび」に参加することで知り合った学生が、「大熊町の魅力をもっと発信したい」と学生団体を設立して一緒に行動しているという話もあります。

様々な形で「おてつたび」参加者が、地域の関係人口になっているのです。

※6次産業化…農林漁業者(1次産業)の従事者が、主体的に加工(2次産業)、流通・販売(3次産業)に取り組むこと。6次産業の6は、1次産業の1、2次産業の2、3次産業の3を掛けた数字。

「おてつたび」参加者
参加者は働き、地元の人たちと交流しながら旅を続ける
参加者は働き、地元の人たちと交流しながら旅を続ける

コロナ禍に地域とのネットワークづくり。ピンチをチャンスに

── 事業を大きくし会社を成長させるという点で、重要だと感じるポイントはどのような点でしょう。

会社が成長したポイントは実はコロナ禍にあると思います。人の移動が制限されるという点では、もちろん逆風だったのですが、その間に色々と試行錯誤した結果、会社が成長することができた。ピンチをチャンスに変えることができたと言えると思います。

例えば、コロナ禍で休業を余儀なくされている宿泊業の方々と人手の確保で苦労している農家をつなぐモデルをつくったり、ロックダウンで困難に直面している宿泊業のみなさんをつないで「お宿会議」という場を設け、同業者同士が率直に意見を交換したり、励まし合えるようにしました。これによって、当時何か特別なことが起きたわけではありませんが、コロナ禍が明けた後、「おてつたび」の受け入れ先になっていただくことにつながりました。

当時は地域や受け入れ先のためにできることは何でもやろうというスタンスでした。苦しい時期でしたが歩みを止めなかったことが今につながったと思います。

旅を通してヒト・モノ・カネが循環する。エコシステムの構築目指す

── これからのビジョンや目標を教えてください。

受け入れ先は、まだまだ足りません。まずはそこを拡大していきます。アクセスできていない地域はたくさんあります。いろいろな地域・集落とつながることができるプラットフォームになることで、旅したい人が行きたい時に行きたい場所に行くことができるようになることを目指しています。

ただ、私たちは人材サービスをやりたくてスタートした会社ではなく、新しいエコシステムをつくりたいと思っています。人口が減少していく中で、一人1役では足りない時代がやって来るのではないかという問いを私たちは立てています。ではどうすればいいのか。一人が1役ではなく、2役、3役、4役、5役を担っていく必要があります。誰もが居住地と出身地以外に大好きな地域を持っていれば、そこで時々働き、買い物をし、お金を落とすという循環がつくれます。日本各地でヒト・モノ・カネが巡るエコシステムをつくりたいと思っています。そのために採用にも力を入れています。

おてつたびが創り出す世界
※画像クリックで拡大

仕事で大切なのは「ビジョンへの共感」。休日はインプットの時間

── 仕事をする上で、どのようなことに気をつけていますか。

自らの仕事の仕方という点では、ボールを持ちすぎないように気をつけています。たくさんの業務、たくさんの役割を自分だけでこなそうとすると、自分がボトルネックになってしまう恐れがあります。どんどん意思決定して、他のメンバーに渡していくよう心がけています。

会社のマネジメントでいうと、社員から提案があった時、地域と参加者にとって「ウィンウィン」になるモデルなのかということは大事にしています。私たちの会社はビジョンを実現したくてスタートした会社ですから、特に人を採用する際には、ビジョンに共感してもらえるかどうかを重視しています。

共感の仕方はいろいろあっていい。受け入れ先の目線での共感でも参加者目線の共感でもいい。ただ、共感がないことにはどこかで綻びが出てしまうと思うのです。私たちの掲げるビジョンに違和感がないかどうかは、丁寧にお伝えしています。

── プライベートはどのように過ごされていますか。

私自身はあまりプライベートと仕事を分けるタイプではありません。休日はゆっくりと時間を掛けて考える時間に充てています。もう少しインプットした上で意思決定したいことがある時は、本を読んだり人に会ったりといったことに時間を使うよう意識しています。

私は、精神的に疲れていたり悩んだりしていても、寝ることでリセットできる性格です。この性格のおかげで毎日過ごせているのかもしれません。

「人を採用する際には、ビジョンに共感してもらえるかどうかを重視しています」
「人を採用する際には、ビジョンに共感してもらえるかどうかを重視しています」

「答えは現場にしかない」。1次情報を取り、自らの言葉で語ろう

── これから起業を考えている人にアドバイスをお願いします。

まずは1次情報を取りに行くことが重要です。答えは現場にしかないと私たちは考えています。地域関係での起業に関心のある方は、「おてつたび」を使って、地域の現状を見て、感じて欲しい。少子高齢化、過疎化といった課題については知ってはいても、現状を体感した人は少ないと感じます。私の元にも「地域関係で起業をしたい」という相談が増えていますが、実は1度も現地に足を運んだことがないという方も多くいます。それは、すごくもったいない。やはり、きちんと1次情報を取りに行って、自分の言葉でしっかり語れるようになることが大事だと感じます。

二つ目は、自分自身、何か起業家にしか見えていないものがあると思っており、そこを大事にしてほしいということです。「おてつたび」をスタートさせる時、会う人ごとに「やめておけ」と言われました。「前例がない」「難易度が高い」と、みんな心配してアドバイスしてくれるのですから、それ自体はありがたいと思いながらも、当時、自分だけにしか見えていない世界があったなと思っています。「ピュアな狂気」とでも言うものです。

優しさも込めて、いろいろアドバイスをもらうことも多いと思いますが、自分が譲れるものと譲れないものの軸はしっかりと持って欲しい。「ピュアな狂気」は大事にしてほしいと思います。

元記事へのリンクはこちら

METI Journal オンライン
METI Journal オンライン