『地域資源としての企業博物館』 地域と連携した新たな役割

近年、博物館が単なる社会教育施設としての枠を超え、社会的・経済的な側面から地域に貢献すべきだという議論が高まりつつある。その動きを後押しするものとして、2023年度より施行された改正博物館法の存在がある。今回の改正では、他の博物館との連携のほか、自治体や企業、市民団体など多様な主体との協力によって、文化観光の振興や地域活力の向上に取り組むことが努力義務として明記された。1951年の施行以来、初めて「観光」という語が盛り込まれたことは、大きな制度的転換である。

こうした中、本書が焦点を当てるのは、企業が設立・運営する「企業博物館」である。その設立目的は多岐にわたる。例えば、自社の歴史や技術を伝える広報的役割、自社資料や業界資料の保存、企業活動への理解促進、さらには地域貢献などが挙げられる。本書の著者は、かつて愛知県内の企業博物館に勤務していた経歴を持ち、それ以前には地元新聞社において、公立・私立の博物館や美術館と連携した文化事業にも従事していた。このような実務経験が、本書の実証的かつ現場に即した視点に大きく寄与している。

具体的な事例として取り上げられるのは、愛知県および北九州市における企業博物館の観光資源化である。とりわけ注目されるのが、愛知県内の16の企業博物館の中でも際立った影響力を持つトヨタ産業技術記念館である。

トヨタグループ発祥の地にある同館は、大正期に建てられた旧工場建築を産業遺産として保存しつつ、近代日本の発展を支えた繊維機械と自動車技術の進化の過程を、実物の機械を用いた動態展示や実演を通して体感できる施設である。2005年の愛知万博開催を契機に、名古屋商工会議所を中心とする産業観光キャンペーンが展開される中で、同館はその中核的存在として注目を集めた。以来、愛知県を代表する産業観光施設として、現在に至るまで積極的な活動を展開している。

地域連携においても同館は積極的な取組を見せており、子ども向けの週末ワークショップの開催、新入社員研修の受け入れ、他の地域博物館との協働事業など、その活動は多岐にわたる。入館者数も年々増加傾向にあり、2018年度には年間で約43万人を記録、開館30周年を迎えた昨年には累計入場者数が700万人を突破したという。同館の館長は、著者のインタビューに対して「当館の活動そのものが『産業観光』である」と語っており、その言葉が同館の役割を象徴している。

本書は、こうした事例を通じて、企業が自らの歴史や技術を文化資源として活用し、観光資源として地域に貢献していくプロセスを丹念に論じている。企業、自治体、観光DMO(観光地域づくり法人)といった「観光の場」に関わる多様な関係者にとって、非常に示唆に富む一冊である。

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