編集部総論・数字で見る 地域の新しい魅力を模索

新型感染症の流行という危機的状況でも、首都圏への人の移動は止まらなかった。2023年7月に閣議決定された新しい国土計画では、デジタルとリアルが融合した生活圏の形成を提唱、コロナ禍での学びを生かした都市と地域の関係を模索している。デジ田構想の推進により、地域のデジタル化が着実に進む。

 

新型コロナウイルス感染症の流行で、東京23区が「転出超過」となったというニュースが流れたのは2022年1月末のこと。総務省が公表した2021年の住民基本台帳人口移動報告によるもので、大都市への一極集中のトレンドが逆転したと話題になった。転出超過の理由は、企業が感染対策として導入したテレワークや在宅勤務が普及し、東京から近隣県に引っ越す人が増えたため、とされた。人口が減少する地域の活性化に取り組む人にとって、これは数少ない良いニュースと受け取られた。コロナ禍の下での「新しい日常」がそのまま定着すれば、都市から郊外、地方へと移住する人が増えると期待されたためだ。

コロナ禍でも逆転ならず
増加する首都圏の人口

全国的なワクチン接種を経て、新型コロナウイルスの感染症分類が「5類」になった現在、人の流れは東京へと戻り始めている。2023年1月末に公表された2022年の人口移動報告では東京都の「転入超過」は3.8万人になり、全国的には、22道府県で人口の流出が拡大した。なおコロナ禍前の2019年、東京都の転入超過数は8.7万人だった。東京・埼玉・千葉・神奈川の3県で見ると、コロナ禍でも一定の転入はあり、2022年も27年連続の転入超過になった。ただし名古屋圏、大阪圏では転出超過が10年連続している。

図1 増加する首都圏の人口


東京と、神奈川・埼玉・千葉の人口増の推移。新型コロナウイスルの影響があった2021年は東京の増分は少なかったが、神奈川・埼玉・千葉は大きく増加

出展:総務省「住民基本台帳人口移動報告」

 

地方から都市へという人の流れ、特に東京・大阪・名古屋という三大都市圏への一極集中は戦後、継続してきたトレンドだ。特に東京に人が集まる傾向は、21世紀に入って加速している。東京都の人口は、1980年代前半から1990年代後半までは横ばいで推移していたが、2000年代に入ってから増加に転じた。日本の全人口が減り始めた2008年以降も、東京都の人口は増えているため、一極集中はますます加速しているといえる。

都市部に人が集まれば、そこに新しいニーズが生まれ、競争によって質の高い製品やサービスが供給されるようになる。仕事や遊びのチャンスが豊富になり、ますます人を惹きつける。しかし1か所に人口が集中しすぎれば、災害時の人的・経済的被害は一気に大きくなる。人口が集中する地域が被災した場合に他の地域の人口が少なすぎると、支援や復興に回せるリソースが足りなくなることは容易に予想できる。平時でも、多くの人の暮らしを支えるインフラや、教育・医療サービスの整備、維持管理は簡単ではない。

2023年から約10年の方針
新しい国土計画が始まる

これまでにも一極集中を緩和する様々な施策が取られてきた。例えば、国土の利用・整備・保全のための総合的な計画である「国土計画」だ。最新の国土形成計画(全国計画)は2023年7月に閣議決定され、基本目標を「新時代に地域力をつなぐ国土」としている。

2023年7月、国土交通省の国土審議会による国土形成計画(案)の報告を受ける岸田総理。同計画は7月28日に閣議決定された

高度成長期から20世紀末にかけて、都市部への人口一極集中の原因は、各地の発展の状況にムラがあること、と考えられていた。そこで1962年から概ね10年ごとに、国土の均衡ある発展を目標とした「全国総合開発計画」が策定され、これに基づく交通網の整備や工業団地などの開発が進んだ。1977年からの第三次総合開発計画では「定住構想」という、地方を振興し過疎過密に対処するという方向性を打ち出しているが、これが1979年の田園都市国家構想に発展し、「都市と農山村の新たな共存と調和」という目標が社会に広まった。これらの計画に基づく開発の結果、都市部と地方のインフラ格差は縮小、生活環境にも大きな差は無くなった。

その後、2008年に策定した6つ目の計画からは根拠法を「国土形成計画法」に改めた「国土形成計画(全国計画)」となった。これは21世紀の成熟社会にふさわしい国土の質的向上のために、計画制度を見直したためだ。

最新の国土形成計画は第3次にあたる。少子高齢化と人口減少は、前回2015年の第2次国土形成計画の策定時よりも逼迫した課題となっている。他方で、コロナ禍は、在宅勤務やリモートワークが可能であること、より人口密度が低い地域での暮らしの良さを多くの人が学ぶ機会になった。これらを踏まえて、「デジタルとリアルが融合した地域生活圏の形成」「人口減少下の国土利用・管理」「地域を支える人材の確保・育成」などを重点テーマに挙げている。

地方を重視する姿勢、国土全体にわたり、広域レベルで人口や機能を分散させるという方針は引き続き打ち出している。これまでとは異なるのは、デジタルの力をより一層活用しようという姿勢だ。時間・場所の制約を克服し、暮らしや経済の実態に即したサービスや活動を継ぎ目なく展開できるようにする、という。

デジタル田園都市国家構想で
地域の新魅力をつくる

新しい国土形成計画は、2021年に地方政策の柱として始動したデジタル田園都市国家構想と一体となってプロジェクトを進めることになっている。それまでの地域政策であった「まち・ひと・しごと創生」をデジタルシフトさせたデジタル田園都市国家構想は、地方の課題を解決するためにデジタル化を進めるものだ。そのための資金となるデジタル田園都市国家構想交付金の総額は、地方創生交付金の頃からほぼ横ばい。ただし、用途を地域のデジタル化にフォーカスし、また成功すればモデルケースになるような先駆的な取組も補助する仕組みになっている。

図2 地方創生に向けた交付金の推移


交付金の名称が変わり、「地方創生」から「デジタル田園都市国家構想」となったが、予算額そのものは大きくは変わっていない。デジタル田園都市国家構想交付金は「デジタル実装」「地方創生拠点整備」「地方創生推進」の3タイプがあり、テレワークの体制整備やウェブを活用した地域情報発信などにも使われている(2023年の補正予算額は要求額

出典:内閣官房デジタル田園都市国家構想推進事務局

 

デジタル化推進を明確に打ち出したことで、地域における新しい挑戦は以前よりも明らかに増えた。2022年12月に閣議決定された「デジタル田園都市国家構想総合戦略」では、デジタル実装に取り組む自治体を2024(令和6)年度までに1000団体、2027年度までに1500団体にする、という目標を定めている。これに対し、デジタル田園都市国家構想実現会議事務局のアンケート調査において「地域へのサービスの実装段階にある」と回答した団体数は、2022年8月時点では702団体だったが、2023年4月にデジ田交付金のうち「デジタル実装タイプ」で採択された団体数は938団体、うち新しくデジタル化に取り組む自治体は459団体だった。既に着手している団体と新しく開始する団体の合計はすでに1000を超え、2024年度までの目標は前倒しで達成されている。

また、同交付金の中でもより高度なデジタル活動を志向した「デジタル実装タイプ TYPE2/3」で採択された取組は、複数のサービスを実装して地域住民の生活の質向上を目指しているが、オープンなデータ連携基盤の構築と活用が不可欠になる。そこでこの交付金を使って、従来と比べてオープンなデータ連携基盤を整備する自治体は2023年度、15団体になる見込み。地域のデータ利活用のインフラ整備が進んでいる。

図3 データ連携基盤の導入地域数の推移


デジタル田園都市国家構想により地域のデジタル化は加速している。構想前には珍しかったデータ連携基盤だが、交付金事業で導入地域が増加中だ

出典:内閣官房デジタル田園都市国家構想推進事務局

 

デジタル化の進行と、地域の人口増は必ずしもリンクしていないが、課題が解決され様々な不便が解消されれば住民は暮らしやすくなり、新しい地域の魅力につながる。地域で仕事をする人、観光で遊びに来る人など関係人口の増加も期待できる。地域には様々な挑戦があり、今回の特集ではその動きを紹介する。

人口減少でもアイデアは尽きず
「そこにいる人」「来る人」を増やす

まずは、各地の活性化がこれまでどのように進められてきたか、日本の過疎対策の変遷について、総務省地域力創造審議官の山越伸子氏に聞いた。現在の過疎対策、地域振興施策では、過疎地域に新しい価値を見出し、それに惹かれる人々が多様な形で貢献することで、地域の活性化につなげようとしている。地元の住民と、移住者や一時的に滞在して仕事をする人などが協力して、外から人が集まる地域をつくった事例も紹介する。

出生率の低下で全国的に人口が減少しており、多くの地域においてはかつてのような居住者数を期待するのは現実的ではなくなっている。法政大学教授の土山希美枝氏は、人口が減少する地域でも、地域の環境や文化、産物や人とのつながりに喜びや楽しみを得ながら暮らしている人々がいることを指摘する。そこで課題を解決し、喜びを最大化するには、皆でそれらを可視化・共有する必要がある。住民が課題について話し合えるしくみをつくったり、議会活動に可視化・共有を取り込んで、暮らしやすい地域づくりに役立てている事例も紹介する。

一方で、若者が地元に残り、また他地域からも移住するまちに向けた積極的な施策を打ち出しているのが茅野市。2022年には、株式会社キッツ・事業構想大学院大学と、「若者に選ばれるまち」の実現に向けた包括連携を締結した。地域を支える様々な役を担う若者がいれば、高齢者を含めた全住民が暮らしやすくなる。今井敦市長は、茅野市の美しい自然に加え、MaaSなどデジタルの力を使った取組で若年層を惹きつけていく考えだ。

また、秋田県はこの10月に、東京駅そばに新しい施設を開設、県での就職や移住に関するワンストップ相談窓口とした。内装にもこだわり、移住後の暮らしをより具体的にイメージできるような小規模イベントを頻繁に開催していく。同県では仮想空間での移住に向けた情報提供も開始しており、リアルとバーチャルの両面で秋田県の良さを発信していく。

事業構想大学院大学からは専任講師の田村典江氏が、都市化が進む中での地方創生の意義を解説した。地方の少子化と一極集中が進む中、現在の子どもは半分以上が都市で生まれ育っている。変化の激しい時代の中で生きる力をつけるためには、地域での暮らしやさまざまな自然を、子どものうちに経験できるようにすることが重要になってくる。

事業を通じて経済を循環・拡大
企業と地域の連携の最適解を探れ

課題解決に向け、ユニークな切り口で取り組む企業にも話を聞いた。CEspaceは、東京都を中心にIT版トキワ荘ともいえる「テックレジデンス」シリーズを展開する新しいタイプの不動産事業者。同社では、入居者であるテック人材と、DXに取り組む地方の自治体や企業をマッチングしている。地方と東京に半分ずつ暮らす、持続性のある関係人口の構築システムができつつある。

北海道の中核都市・函館を本拠とするホテルテトラでは、函館や道内のホテル・旅館の経営を引き継ぐだけでなく、全国各地のホテルをグループ化し、事業規模を拡大している。各ホテル周辺の地域で経済を循環させることをポリシーとしており、地域に根差した事業を目指す。地元の人を雇用し、取引先もできるだけ地元企業を選んで、域内で経済を循環させようとしている。

ウェブサイトでの情報発信から、SNSに動画配信と、地域の魅力を伝える新しい手法が次々と生まれている。若者向けの手段として注目されるのがVTuber。10~20代の間で認知度が高まっており、PRメディアとして、企業だけでなく、国や自治体でも起用されるようになった。フューチャーリンクネットワークと、VTuberを核にしたコンテンツ制作を行っているuyetは、その潜在力に注目している。

名古屋を中心に鉄道網を張り巡らせ、年間輸送人員は3.4億人超となる名古屋鉄道。同社の地域活性化推進本部長を務める岩切道郎氏は、着地型旅行による地域経済への貢献と魅力の向上の可能性を語った。訪日外国人など、自分で自動車を運転しない・できない観光客にとっては、公共交通の有無は旅行の行き先を決める重要な要素。電車やバスで往還できるようにし、それをアピールすることで、訪問者を増やせる可能性がある。

地域の活性化には多くのステイクホルダーが関与しなければ成立しない。資金、人材、技術やノウハウなどの企業が持つ資源は特に注目されている。特集の最後に、企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)から、近年の優れた連携事例をまとめた。内閣府の地方創生推進事務局が選定し、地方創生担当大臣が表彰したものだ。地域課題の解決には多様なアプローチがあることが分かる。