Fant 狩猟業界DXで若手ハンターの課題を解決する
野生鳥獣による被害が深刻化する中、上士幌町のスタートアップ・Fantは新たなジビエ流通スキームを構築し、若手ハンターの活躍機会の創出とジビエの利活用促進を同時に実現。鳥獣被害に強い地域づくりを目指し、今秋、札幌市との実証実験も予定している。高野社長に今後の事業構想を聞いた。
ジビエ料理に魅了され
狩猟業界に飛び込む
近年、野生鳥獣による農林物被害が激しさを増している。農林水産省によれば、2021年度の農作物被害総額はシカが61億円に達し、イノシシ(39億円)やサル(8億円)以上に甚大だ。農業従事者の中には農業を諦めてしまうケースも多く、耕作放棄地の増加につながるなどの悪循環も生まれている。
一方、高タンパクで低脂肪の野生鳥獣の肉(ジビエ)は健康食として注目を集めており、ジビエ料理を提供する飲食店が全国的に増えている。ジビエ人気は狩猟への関心も高めており、環境省の「全国における狩猟免許所持者数の推移」を見ると、ベテランの引退に伴ってハンター全体の人口が減少する中、20代から30代の若手ハンターは右肩上がりに増加している。
「先のデータはあくまで狩猟免許所持者の数なので、免許を取得したものの実際には狩猟をしていない “ペーパーハンター”も多いです」と指摘するのは、自身もハンターとして活動するFant代表の高野沙月氏だ。
北海道音更町出身の高野氏は大学卒業後、東京でグラフィックデザイナーとして働いていたが、ある時、飲食店で食べたジビエ料理に魅了され、東京で狩猟免許と猟銃所持許可を取得。2016年に狩猟の盛んな北海道へJターンし、狩猟業界の課題を解決すべく、2019年に会社を設立した。
「若手ハンターに話を聞くと、『狩場がわからない』『狩猟技術が身につかない』といった声が多く、ただ免許を持っているだけになっているという実態が見えてきました。そうした狩猟業界の課題をITの力で解決したいと考え、現在はハンターとジビエ購入者をつなぐプラットフォーム『Fant』の開発・運営や、食肉処理施設の運営などを手掛けています」
「ハンター同士のSNS」から
「ハンターと飲食店をつなぐ場」へ
当初のFantは、若手ハンター同士の交流を目的とした無料のコミュニティサービスとしてリリースされた。活動記録や狩場の情報、狩猟方法を記録・共有できる「ハンターのためのSNS」として1300人ほどのハンターに利用されていたが、2022年10月に飲食店などのジビエ購入者も利用できる機能を追加し、現行のサービス内容へと進化させた。その理由について、高野氏は「国内ジビエ業界の最大の課題は、若手ハンターが増えている一方で彼らの活躍の機会が少ないこと。供給側のハンターと需要側の飲食店をつなぐ仕組みがないので、それを作ろうと思いました」と語る。
「ハンターは法的に直接、飲食店にジビエを販売することができません。そのため、従来のビジネスモデルでは、ハンターが獲物を食肉処理施設に持ち込むと、食肉処理施設はそれを買い取り、処理した上で飲食店や卸業者に販売します。しかし、このビジネスモデルでは狩猟前に報酬がわからず、価格も施設側の言い値で決まってしまうことが少なくありません」
その上、厚生労働省のガイドラインにより、各自治体では狩猟から食肉処理施設に搬入するまでの時間を2時間以内に定めているため、やむなく廃棄されるケースも多いという。
「全国には約700箇所の食肉処理施設がありますが、その多くは1、2名で運営する小規模事業者のため、処理以外にも在庫管理や営業、受注、代金回収など多くの雑務に追われています。他方、飲食店にとってジビエは仕入れが安定しない食材です。そのため仕入れ値が高額になりやすく、フランス料理店などに需要がある野生のカモやウサギは輸入頼りの状況にあります」
そこで新たに追加した機能が、ロールプレイングゲームを想起させるような、ハンターへのミッションの提示だ。飲食店が欲しいジビエの種類や部位、量、期日を指定して注文すると、そのオーダーがFantに送られ、約1700名の登録ハンターのうち、受注を希望するハンターとマッチングされる。当該ハンターは注文通り獲物を捕獲後、Fant直営の処理施設や提携の処理施設で処理し、飲食店に納品される仕組みだ。
新機能の追加から半年以上が経過し、飲食店の登録店数は全国約100店舗に到達したFantだが、すでにジビエを購入した飲食店からは「国産のジビエが手に入りやすくなった」などの声が上がっているという。
出没情報をスマホで通報
鳥獣被害対策の新機能を開発中
現在、Fantでは鳥獣被害に悩む農家や地方自治体と連携し、システムの新機能を開発中だ。
「新機能は鳥獣被害対策のためのサービスです。農家や地方自治体職員が『この辺はシカの被害が酷いから、重点的に見回り駆除をしてほしい』という駆除を依頼すると、ハンターのスマホに地図情報が送信される仕組みです。捕獲後はFantの流通システムに乗せて、飲食店に納品するところまでを想定しています。この9月に新機能のローンチを予定しており、同時に札幌市との実証実験も開始します」
これにより、最初の事業アイデアで課題となっていた若手ハンターの「狩場がわからない」という課題を解決しつつ、ジビエ流通の安定化につなげられるという。今後、駆除が必要なエリアのデータが蓄積すれば、駆除の効率化のみならず電気柵の設置が必要な場所の可視化なども図り、自然とのさらなる共生文化の創出やSDGsへの貢献を行っていく考えだ。
「コロナ禍での移住ブームを経て、平日はテレワーク、週末はハンターといった暮らし方も可能になるなど、若手ハンターが参入しやすい環境が整いつつあります。そうした中、当社は今後も狩猟業界のDXを通じて、若手ハンターの課題を解決しながら、狩猟文化をアップデートして行きたいと考えています。現在のプラットフォームにとどまらず、狩猟用品の開発など、新たなサービスも提供していけたらいいですね」
- 高野 沙月(たかの・さつき)
- 株式会社Fant 代表取締役