「ことばの素材産業」を目指す 東京反訳が挑む記録・伝達の未来

文字起こしを中心に、言葉に関わる多様なサービスを提供する東京反訳。文字起こしを祖業としながら、AI時代ならではの新事業も展開する同社代表の田邊英司氏は、「正しく記録を残す」ことの意義を語りながら、AIとの共存や社会への貢献の在り方を見据える。言葉に誠実に向き合う同社の構想を聞いた。

「正しい記録を残すからこそ、公明正大な社会の実現や知識の継承が可能です」と話す東京反訳の田邊英司代表取締役社長

創業理念を受け継ぎ、正確な言葉で社会に寄与

スマートフォンの普及拡大により世の中はさまざまな言葉で溢れ、またAI技術の進歩によって誰しもが言葉を簡単に扱えるようになった。言葉に関わるビジネスはこの先どのような行く末をたどるのだろうか。東京反訳は、文字起こしを中心に多様な言葉に関わるソリューションを提供する企業だ。制作会社を経営していた創業者の吉田隆氏が、ある顧客から文字起こしの依頼を受けた事をきっかけに専門企業として2006年に設立した。社名の「反訳」とは、速記文字を元の文字に変えていくことを指す。

同社はかつて「記憶を記録に」という理念を掲げていたが、現代表取締役社長の田邊英司氏は2018年にジョインし、現在は「言葉、つむぎ、つなぐ」という理念の元、想いを引き継いで経営にあたっている。「正しい記録を残すからこそ、公明正大な社会の実現や知識の継承が可能です。文明は、記録により繋がってきた側面があります。当社の『正しく記録を取る』という理念に共鳴しました」と田邊氏は語る。AI時代において、文字起こし技術は急速な進化を遂げているが、それでも人の手が必要な領域は残されている。その一例が、経営会議やハラスメント時の対応といった、ミスや表現の揺れが許されない場面である。AIの文字起こしには、話し手の活舌や声などによって精度が変動しやすいという特徴がある。また近年は情報漏洩のリスクも高まっている。先に挙げたようなセンシティブな場面では、正確さやセキュリティが担保された、より適切かつ丁寧な文字起こしが求められているのだ。

言葉にまつわる負担

軽減する取り組み

ハラスメント対応などの場面では、当事者のみならず、周辺関係者にとってもストレスフルな状況が発生する。文字の取り違えをするわけにはいかず、また、内容によっては過激な言葉や表現を繰り返し耳にしなければならないこともある。「記録を正しく届ける」作業には、正確さのみならず、関係者の心理的な安全性や負担軽減が求められる。そんな状況下、東京反訳が提供するソリューションで近年引き合いが増えているのがセキュリティルームプランだ。同社オフィス併設のセキュリティルームでは、インターネット環境を遮断し監視体制を強化するなど厳しいセキュリティ要件をクリアした状態で、文字起こしを実施する。秘匿性が高く、情報の取り扱いに厳しい制約があるケースの依頼にも対応が可能であるという。「ハラスメント対応などは特にそうですが、調査の結果を記録で残していく作業は、担当者にとって大きな負担になります。当事者にヒアリングをして、音声をまた聞いてとなると、単に時間や労力がかかるだけではなく、心的なストレスも多大です。そうした対応を、当社のセキュリティルームでやらせていただくことで、本来の作業に集中して頂く事が出来ます」(田邊氏)。こうした物理的な付加価値はAIに代替されにくい領域でもある。

オーディオブック、字幕配信 言葉の新たな可能性

「ことば」の次なるソリューションへ

今後の事業に関して、「ことばのソリューション」という軸は維持しつつも、新しい領域への挑戦にも意欲的だ。田邊氏は新領域の例として、オーディオブックを挙げた。「大手ECサイトでリリースされているオーディオブック作品の多くに関わった実績があります。言葉を通じて世の中の人を喜ばせたり、きちんと記録として継承したりすることで、ことばのインフラ的な存在になりたいですね」また、近年伸びている事業として字幕付けのサービスを挙げる。字幕といえば映画や映像テロップのイメージが強いが、近年、都市圏を中心に広告などを放映する電車車両内モニターが増えていることを背景に、電車内モニターなどに使用されるケースも増えている。こうした日常の場面でも「ことば」が役に立っている。「ぼんやり眺めていても頭に入ってくるので、聴覚に障害のある方含めて、すごく評判が良い」(田邊氏)という。

こうした領域は、純粋な文字起こしよりも、クリエイティブ要素が求められるものだ。しかし「あくまで言葉を残し、お伝えするのが当社のミッション」と田邊氏は考えている。「ことばの素材産業」という表現を用いつつ、「私たちはB to B to C。真ん中のBの方に良質な言葉を紡いで届けるというのが役割。言葉に関して、悩んだらまずご相談いただけるようなポジションになりたいです」と述べた。

人とAIがそれぞれ補い合い

共存する未来を構想

文字起こしという事業体は、大規模言語モデルを中心としたAIの進化と常に隣合わせのように思えるが、田邊氏はオープンな態度で技術発展と向き合っている。「AIか人か、という論点で語るのではなく、それぞれに得意な領域と不得意な領域があると思っています。AIの得意領域でいえば、例えば留守電機能のような一対一で且つノイズが入りにくい場面です。昨今のAIの音声認識精度の高さには感心しました」。

また、田邊氏にはAIとの共存の構想もある。「AIをもっと便利に使えるようにクライアントのお手伝いする、ということも始めています。例えば、AIに学習させるための教師データの作成です。元々は音声認識精度を高めるための教師データ作成が主流でしたが、これほどAIが使われる場面が増えると、さらなる活用の為のファインチューニングが必要です。そのためのデータ作りを我々がサポートするケースが増えています。ある意味、AIとの共存ともいえます」。

人間とAIの得意領域を補い合いながら、新たな事業領域に挑戦する姿勢には、業界関係なく新規事業に必要なスタンスが垣間見えた。

田邊 英司(たなべ えいじ)

東京反訳株式会社 代表取締役社長。1995年4月に日本電気株式会社へ入社。マネージャー職として通信機器の販促活動に従事した後、独立し起業。2018年4月に東京反訳の取締役として入社。専務取締役を経て2023年6月より現職。