春華堂 多くのプレイヤーと組み、地域にイノベーションを起こす

浜松銘菓の「うなぎパイ」で知られる、1887年創業の老舗の菓子メーカー、春華堂。同社は近年、事業ポートフォリオの改革と、商業施設事業という新たな取り組みに力を注いでいる。4代目として同社を牽引する代表の山崎貴裕氏に、新事業開発への取り組みと今後の事業構想を聞いた。

山崎 貴裕(有限会社春華堂/株式会社うなぎパイ本舗 代表取締役社長)

3本柱構想で事業を改革しつつ
新たに商業施設事業に挑戦

「夜のお菓子」というキャッチコピーで、全国的に広く知られる浜松銘菓の「うなぎパイ」。製造販売する春華堂は、創業1887(明治20)年、「甘納豆」の製造から始まった老舗の菓子メーカーだ。4代目で現社長の山崎貴裕氏は、2001年に家業を継ぐべく26歳で同社に入社した。

浜松銘菓「うなぎパイ」

「入社当時、春華堂はうなぎパイの売上に依存し、他事業は赤字の状態でした。しかし、うなぎパイ1本ではこの先リスクが高いので、そこから徐々に脱却しようと、今は『3本柱構想』へ取り組んでいます。3本柱とは、うなぎパイ、和菓子、洋菓子の3つです。これによって事業を再構築し、強固な会社をつくろうとしています。また、それとは別に、もっと多くの方に浜松を知っていただき、県外からのお客様の旅の目的地となることを目指して、近年は商業施設事業にも力を入れています」と山崎氏は語る。

同社が最初につくった商業施設は、2005年開業の、うなぎパイの製造工程が見学できる工場「うなぎパイファクトリー」(浜松市)だ。

「建設のきっかけは工場の移設でしたが、地元に活力を注ぎたいという思いと、春華堂が創業時から大切にしてきた『お菓子を通じて人々を喜ばせたい、笑顔にしたい』という信念のもと、『職人とのふれあい』をコンセプトに建設しました」

同施設は、うなぎパイの生産工程を公開するコンシェルジュ付きの見学ツアーや、限定スイーツを楽しめるカフェサロン、お土産コーナーなどが人気を博し、コロナ前は年間70〜80万人を動員してきた。

「従来ならば、厳しい衛生管理が求められる食品工場に一般のお客様を招き入れるのはタブーでした。しかし、地域の方から『春華堂の工場を見てみたい』というご要望をよくいただいていましたので、そうした声に応えようと決意してつくりました。実際にどれほどの来場者が見込めるのか未知数でしたが、予想を上回り、初年度に30万人もの方にお越しいただきました。商品への評価だけでなく、当社の在り方にも関心を持っていただけていると気づけたことが、大きな収穫でしたね」

その後、2014年には食育・職育をテーマにした「nicoe(ニコエ)」(浜松市)を竣工。「お菓子の新しい文化とスタイルを発信する、スイーツ・コミュニティ」を掲げる体験型施設で、開業と同時に、うなぎパイ以来53年ぶりの新ブランドとなる洋菓子の「coneri(こねり)」と和菓子の「五穀屋(ごこくや)」というブランドも立ち上げた。

53年ぶりの新ブランドで
日本の食文化を海外へ伝える

「coneri」は、うなぎパイに限らない、新たなパイの魅力を伝えるために生まれたブランドで、コンセプトは「パイのある幸福な生活の提案」。粉の味わいと生地を練る職人の手わざにこだわり、ブランド名は「粉を練る」が由来だ。

新たなパイの魅力を伝えるブランド「coneri」

「実店舗としては、品川・渋谷・名古屋の3カ所に構え、それぞれの街ならではのストーリーを生み出すことを目指しています。うなぎパイが浜松の銘菓として親しまれてきたように、それぞれの土地の文化と結びつくことで、より長く愛される食のブランドになるのではないかと考えています」

一方の「五穀屋」は、古くから伝わる日本の食文化である五穀と発酵を活かした、身体にも優しい和菓子だ。例えば「五穀せんべい 山むすび」は、木桶仕込みの伝統製法でつくられた醤油を扱う専門店との出会いから生まれた。

「五穀屋」の「五穀せんべい 山むすび」

「日本全国を旅して、その土地の方々に出会って生まれたご縁を活かした商品開発が、『五穀屋』の特徴です。出会った方々の思いを受け取り、和菓子という形でお届けしています」

「五穀屋」は、海外でも好評を博している。2015年のミラノ国際博覧会で静岡県を代表する菓子屋として出品すると、「日本らしさ」に惹かれて立ち寄った招待客から高い評価を得て、グローバル展開への第一歩を踏み出した。翌年には米国ニューヨーク、タイ・バンコクへと海外プロモーションを続けている。

「特に欧米では、五穀はスーパーフードの一種として認識されているようで、五穀屋も好評です。今はコロナ禍で海外でのプロモーションはストップしていますが、将来的にはまた復活させていきたいと考えています」

多くのプレイヤーと組み、
地域を巻き込むイノベーションを

さらに、地域のシンボルとなる文化的価値創造拠点として、2021年4月に開業した商業施設が「SWEETS BANK(スイーツバンク)」(浜松市)だ。圧倒的に目を引くのは、その外観。うなぎパイのコンセプトである「家族団らん」の象徴であるダイニングテーブルを13倍にスケールアウトし、訪れる人を非日常の空間へと誘う。

「家族の団らん」の象徴であるダイニングテーブルを13倍にスケールアウトした、見るだけでワクワクする「SWEETS BANK」の外観

「従来、春華堂の主な顧客は中高年層でしたが、SWEETS BANKは外観のインパクトとインスタ映え効果のおかげで、10〜20代のお客様がメインであることが特徴です。県内はもちろん、県外からも多くのお客様にお越しいただいています」

「SWEETS BANK」は浜松いわた信用金庫との協業による複合施設で、春華堂の本社機能のほか、リブランドした直営店「SHOP春華堂」と同社直営のカフェ&ベーカリー、同信金の森田支店などが入っている。一見、菓子メーカーと金融機関の協業は珍しい組み合わせに映るが、地域に根ざした菓子メーカーとして地域貢献を続けたい春華堂と、地域活性化を理念に掲げる同信金の思惑が一致した形だ。

春華堂はほかにも、他社との連携に積極的に取り組んでいる。例えば、2020年6月からは日本航空、うなぎいも協同組合とともに、うなぎの骨や頭などを肥料に栽培したさつまいも「うなぎいも」を栽培する「ソラトブ焼きいもプロジェクト」を開始。うなぎいもを使用したスイーツを、日本航空と共同開発している。

「こうした1対1の協業では、確実な実績を重ねつつあります」と山崎氏は自負するが、同時に、まだ小さな「点」に過ぎないとも語る。

「今後はもっと多くのプレイヤーと組み、巻き込み型で地域にイノベーションを起こしていきたいです。さらに、将来的には浜松だけでなくほかの地域とも結びつき、日本全体を活性化させるような取り組みにも発展させていけたらと構想しています」

 

山崎 貴裕(やまざき・たかひろ)
有限会社春華堂/株式会社うなぎパイ本舗 代表取締役社長