川勝平太・静岡県知事 「ふじのくに」静岡県を日本の中心地に

昨年8月の中部横断自動車道の静岡県〜山梨県間の全線開通で、太平洋側の静岡県から日本海側の地域を結ぶ巨大経済圏が誕生した。コロナ禍で地方の活躍が注目されるなか、川勝平太静岡県知事は「ふじのくに」静岡が日本の中心地となることを目指し、世界に通用する産業集積地の構築に邁進している。

川勝 平太(静岡県知事) 取材は、新型コロナウイルス感染症対策をとり、ソーシャルディスタンスを十分に保ち行われた(2022年6月30日)

――総合計画「新ビジョン 後期アクションプラン」(2022年度~2025年度)の重点ポイントや、目指されていく県の姿について、お聞かせください。

「後期アクションプラン」は、2018年度から2027年度までの「基本構想」における、2022年度からの後半のプランです。ポストコロナ時代を見据えた戦略的な視点と、地球規模での気候変動危機への対応を踏まえて策定しました。本来は2027年度までの残り6年計画ですが、2025年度までの4年間で前倒しして達成すると明記しています。実は2010年度にスタートした総合計画も、2019年度までの10年計画でしたが、2017年度に前倒しで達成して、各界から高い評価を得ました。

「新ビジョン 後期アクションプラン」における、地域の目指す姿

出典:静岡県

 

スピード感があるのは、知事が「ついてこい」と織田信長流のリーダーシップを発揮しているからではありません。私は「五箇条の御誓文」第一条「広く会議を興し、万機公論に決すべし」を日本の民主主義の根幹と捉えており、万機公論が職員に根づいてきたからです。アクションプランは、県民の代表会議、県議会、パブリックコメントなどを丁寧に行った「県民の県民による県民のためのマニフェスト」です。“善は急げ”と職員が前向きに取り組むので、成果はおのずとあがります。

基本計画に「ふじのくに」づくりを一貫して掲げています。「ふじのくに」とは、日本のシンボル富士山のような国であり、富国有徳の日本をつくるのが目標です。新型コロナ危機のなか、東京の感染者は全国一です。感染リスクを避けるため東京脱出の動きが見られます。東京一極集中を反転させるもので、地方活躍への大転換期です。本県では、2020年度、過去最高となる1398人が移住してこられました。移住の相談件数は1万件を超え、2021年度は1868人が移住されました。移住者の年齢構成をみれば、30代前後の子育て世代が8割以上を占めています

本県は「県民幸福度」の最大化を目指し、「生まれてよし 老いてよし」「生んでよし 育ててよし」「学んでよし 働いてよし」「住んでよし 訪れてよし」の社会を目指しています。コロナ禍による東京脱出の潮流を「東京時代から静岡時代へ」の幕開けと捉えています。富国有徳の「美しい“ふじのくに"」づくりを推進し、危機管理、人材育成、豊かな暮らしの実現、新産業創出に取り組み、それを国内外に発信する。後期アクションプランはそのような構成になっています。

アジアトップクラスの
医療と福祉の拠点を構築

――新産業創出について、これまでの成果と今後の構想についてお聞かせください。

約20年前から「ファルマバレー・プロジェクト」を推進してきました。富士山のふもとの静岡がんセンターを中心に、先端医療の提供と高度な研究開発を実施し、医療機関を中心とした産業クラスターの構築を目指しています。静岡がんセンターによるゲノム医療の推進、地域の医療機器企業への支援など、中核拠点の整備と活用を進めています。本県の医薬品と医療機器の生産額は、直近では1兆2千億円を超え、11年連続日本一を誇ります。

お隣の山梨県では医療機器産業を育成する「メディカル・デバイス・コリドー」を推進されており、2019年に本県と医療健康産業政策の連携協定を締結しました。2020年4月に本県と山梨県が共同申請した「ふじのくに先端医療総合特区」は国の認定を受けました。これで鬼に金棒です。

2021年8月に中部横断自動車道が開通して、山梨県から静岡県までノンストップで往来可能になりました。両県企業の技術やネットワークを活用した競争力のある製品開発や内外の販路開拓が推進できることになり、期待が大きく膨らんでいます。

医師不足解消策としては、静岡県の地域医療を学べる「ふじのくにバーチャルメディカルカレッジ(仮想医科大学)」を創設しました。初代学長はノーベル賞の本庶佑先生。静岡県医学修学研修資金(奨学金)を利用している医学生が対象で、日本全国どこの医学部に在学していても利用でき、夏期講習等で最先端の講義を受けられます。6年間の修学後は、静岡県内の医療機関で9年間働けば、奨学金の返還は免除されます。毎年120人ほどが卒業し、現在県内で600人以上の方々が働いており、定着率も7~8割と非常に高くなっています。

2021年4月には、予防医学を研究する県立の社会健康医学大学院大学が開学しました。全国初の社会健康医学に関する単科の大学院で、競争率が高く、院生は医師や保健師など逸材ぞろいです。2023年に博士後期課程を新設する計画です。また、静岡がんセンターの敷地内、もしくは隣接地に、がんに特化した大学院大学を設置する構想もあります。さらに、三島市の国立遺伝学研究所の近くに感染症予防の専門施設の設置を計画しています。これらが整えば、控えめに言っても、アジアでトップクラスの医療水準を誇る地域になるでしょう。

本県が目指すのはメディカル田園(ガーデン)都市(シティ)です。医薬品・医療機器の生産拠点があり、住民が健康を実感できる健康先進地域です。医療従事者にとっても恵まれた自然環境の中で気持ちよく生活と仕事ができる医療・福祉の田園(ガーデン)都市(シティ)を目指しています。

イノベーション推進体制を構築し
時流をつかんだ新産業を生む

――そのほかの産業の取組についてもお聞かせください。

静岡県には全産業が万遍なく揃っていますが、第一次産業にAI、ICT、IoTなどの新技術を取り入れる取組を展開しています。

農業ではAOI(アオイ/アグリオープンイノベーション)プロジェクトを推進しています。県農林技術研究所や慶應義塾大学、理化学研究所などの研究機関や民間事業者が入居するプロジェクト拠点AOI(アオイ)-PARC(パーク)において、新品種の開発や高機能作物の栽培技術の開発などの研究を行い、農業の飛躍的な生産性の向上を目指しています。研究機関の研究成果は、県内の生産者や民間事業者で組織する「AOIフォーラム」において、広く実用化してビジネス展開を促進する取組です。

特に静岡県の名産品のお茶は、「ChaOI(チャオイ)プロジェクト推進事業」を行っています。生産者、茶商、加工業者、飲料メーカー、研究機関などからなるプラットフォーム「ChaOI(Cha Open Innovation)フォーラム」で、新たな価値創造や需要創出などを支援します。

茶産業では、生産者、茶商、加工業者、飲料・機械メーカーや大学・研究機関、関係団体などから成るプラットフォーム「ChaOIフォーラム」を設立。オープンイノベーションにより、新たな価値創造や事業創出を進めている

何といっても、人材育成が重要です。2020年に農林業の人材育成を行う農林環境専門職大学を新設しました。農林業における国内初の専門職大学です。経営の視点を入れてAIやIoTなどの先端技術に対応し、大規模化・多角化する新しい農林業を担う人材を育成します。

海洋関連産業では、MaOI(マオイ/マリンオープンイノベーション)プロジェクトを推進しており、マリンバイオテクノロジーをはじめとした「Blue Tech(海洋先端技術)」によるイノベーションによって、豊かな海洋資源を活用した多彩な産業振興・創出を図っています。

本県は自動車産業が全国的に有名ですが、世界的な自動車産業のEVシフト化の流れを受けて、2018年4月、次世代自動車センター浜松を設立しました。アッという間に400社ほどの自動車関連企業が会員になりました。最新のEV車両を購入し、それを分解して「見える化」し、会員各社の新製品開発や技術力の研鑽などに役立ててもらっています。

また、現在湖西市に、トヨタ系列の電池会社プライムアースEVエナジーが、車載用電池の製造工場を建設中です。地元の自動車関連産業の中小企業もEVに向けた研究をしており、これらの成果で本県の自動車産業が全国のEVシフトに貢献することを期待しています。

世界とつながる力を持つ
「スポーツ」の聖地を目指す

――静岡県はスポーツ振興にも力を入れていらっしゃるそうですね。

温暖な気候の静岡県は、子どものころからスポーツに親しむ県民が多いです。私の実感ですが、静岡で育った人は基礎体力があり、性格が明るく、楽しいことが大好きな風土性があって、仕事を楽しむコツを知ると、ものすごく力が伸びます。

人間形成に重要なのは、文科省主導の学才(偏差値教育)だけではありません。本県では「才徳兼備」の人づくりに邁進しています。学問を尊び、スポーツに親しみ、芸術を愛する「文・武・芸」三道鼎立の学びの場づくりです。なかでもスポーツには、心身や地域を元気にする力、世界とつながる力があります。スポーツの持つ力を活かすため、スポーツ局を設置し、世界のモデルとなるスポーツの聖地づくりに注力しています。

とくにラグビーワールドカップのレガシーと、東京オリンピック・パラリンピックの自転車競技のレガシーを活かします。ラグビーでは、静岡がラグビーを愛するすべての人の聖地となるように、「する・見る・ささえる・まなぶ・たのしむ」の5つの視点での環境づくりを進めています。

自転車競技では、東京2020オリンピック・パラリンピック自転車競技のトラック・マウンテンバイク競技が行われ、ナショナルトレーニングセンター競技別強化拠点にも指定されている日本サイクルスポーツセンターを、アスリートから自転車初心者までが利用できる自転車トレーニングヴィレッジとして活用していきます。

また、世界文化遺産である富士山をはじめ、日本を代表する観光地や景勝地を楽しめる太平洋岸自転車道が、昨年5月に、ナショナルサイクルルートに指定されました。自転車ブームがすごい勢いで起こっており、自転車を活用した健康増進のほか、ツーリズムなど観光産業との連携、電動アシスト自転車と地元産業との連携のシナジーにも期待しています。

名勝「三保松原」で有名な三保半島(左、Photo by Kumi/Adobe Stock)。その富士山を望む東側海岸は太平洋岸自転車道の一部になっている(右、Photo by Paylessimages/Adobe Stock)

本物の日本「ふじのくに」を日本の中心地に

――最後に、知事が描かれる県の未来の姿についてお聞かせください。

本物の日本はどこにあると思いますか? 日本の首都東京は、国会議事堂も迎賓館も東京タワーも国立博物館も東京駅も、すべて西洋文明に原型があります。もうひとつの古都京都はどうでしょう。京都の観光名所の仏閣や庭園は、中国やインドなどから入ってきた東洋文明が日本化したものです。東京と京都は、西洋や東洋の文物を模倣し、入れきった場所であり、外国の文明が原型です。

静岡県は、東京と京都の真ん中に位置します。本州は日本最大の島ですが、本州の胴体の一番太いところが中部圏です。中部横断自動車道の静岡‐甲府間の全線開通を契機に、太平洋側の静岡県、山梨県、長野県、日本海側の新潟県までの地域を1つの広域経済圏にしようと、中央四県知事が一致協力して、「バイ山の洲(くに)」運動を展開中です。

このエリアは、「世界で最も美しい湾クラブ」に認定された駿河湾、太平洋、富士山、甲府盆地、駒ケ岳、八ヶ岳、日本アルプスなどを擁する「絶景空間」で、日本の最も美しい中庭として景勝地が数多く、優良第一次産品の生産県です。オーセンティック(本物の)日本の原型です。ポスト東京時代を開くために、霊峰富士のふもとの本県は、太平洋に開いた玄関として、「ふじのくに」静岡の中心性を発揮してまいります。

 

川勝 平太(かわかつ・へいた)
静岡県知事