すみなす 「生きづらさ」を「おもしろさ」に転換する

すみなすは、難病やメンタルの不調などの理由から就労困難な人々に向けて、アートの力を生かした就労継続支援B型事業所「GENIUS」を運営。「障がい」ではなく、「特性」に着目し、それを才能に転換する独自メソッドを構築している。同社代表の西村史彦氏に、起業の経緯や今後の事業構想を聞いた。

西村 史彦(株式会社すみなす 代表取締役)

自身の生きづらさと
息子の障がいが起業の原動力に

すみなすが2020年2月から佐賀県で運営している、アート特化型の就労継続支援B型事業所「GENIUS(ジーニアス)」。難病やメンタルの不調など、日常生活を送る中で何らかのハンディを抱え、就労困難な人たちが集う場所だ。そこで描かれた作品の緻密さ、色彩の豊かさを目の当たりにすると、その作者はもともとアーティストとして活動していたか、もしくは趣味で描き続けていた人たちなのだろうと思われがちだが、ほとんどはアートとは無縁だった人たちだという。

すみなす代表の西村史彦氏は、佐賀県出身。家業のカー用品店の3代目としての期待を背負いながら育てられたが、学生時代は人見知りが激しく、大学は3日通っただけで中退。事業を継ぐことを避けるように、一般企業に就職した。

「数社で営業職を経験しましたが、常に違和感が付きまとっていました。現実から逃避するように友人が住むカナダのトロントへ渡って、元々好きだった音楽活動を始めました」と西村氏は語る。

しかし、音楽活動に脂が乗り始めた頃、父から「お母さんが大変だから佐賀に戻って手伝ってほしい」との一報が入る。寝たきりの祖母と認知症の義母の介護に追われていた西村氏の母は、社会福祉士の資格を取得するために大学に通い直し、介護施設の事業を立ち上げていた。その母が介護と事業の両方に追われ、今にも倒れそうだというのだ。結局、それは西村氏を帰国させるための父の方便だったことが判明したが、帰国した翌日から有料老人ホームでの介護の仕事に携わることになる。2011年、25歳の時のことだ。図らずして、西村氏は福祉の世界と縁を持つことになった。

「気持ちが乗らないまま介護の仕事に就いていた時に、また大きな転機が訪れました。結婚して生まれた私の息子が、下肢の障がいを持って生まれてきたのです。生まれつき両足の骨が折れていて、くっつけることもできないという病気で、装具をつければ歩くことはできますが、世界でも稀有な症例でした」

大きな喪失感に襲われた西村氏だったが、その時に脳裏に浮かんできたのは、カナダからの帰途に寄ったジャマイカで見た海の景色だった。

「見渡す限りの水平線を境に、2色の青で分けられた世界でした。それを見て、人間って表裏一体だなと思ったんです。へこんでいるところがあれば、その分だけ突き抜けたところもあるもんだよな、と」

息子はその思いを証明するかのように、レゴブロックで突出したクリエイティビティを発揮していった。5歳になった息子が大きな手術を受けたタイミングで、西村氏も自身の生き方に向き合うようになり、起業という選択肢が頭の中で膨らんでいったという。

「もともと18歳の頃から起業したいという思いはあって、どの分野で起業するか、ことあるごとに紙に書き出していました。息子の姿を見て、それぞれの人の好きなことや突き抜けた部分に集中できることはすごい才能だなと思い、それを生かすことが私の社会的役割なのではと考えました。しかし、その前に、当の自分自身を全く生かせていないことに気づき、まずは子どもたちに楽しんで生きている自分の背中を見せたいという思いが、起業のトリガーになりました」

西村氏自身、親から期待された事業承継を避け、大学も中退したが、カナダでの音楽活動を通して前向きに生きられるようになった。

「生きづらさを感じながら表現にこだわってきた僕だからこそ、アートに特化した就労支援施設をつくるという発想が生まれたのです」

アート活動をする中で
利用者のマインドが大きく成長

就労継続支援B型事業所「GENIUS」には、具体的にはどのような人が通っているのだろうか。

「例えば、迷彩柄が好きだという理由で21年間自衛隊に勤めていたある男性は、うつ病を発症して働けなくなり、GENIUSにやってきました。市の障害福祉課の担当者から紹介を受けたとき、『彼は1日に何度も「死にたい」と発しているので気を付けてください』と言われました。非常に脅迫観念が強く、いろいろな物事や人のことが嫌いになりやすいという特性があるのですが、彼はその脅迫観念の強さが、空白のキャンバスを緻密に埋めるエネルギーになっているようです。今では、『死にたい』という言葉を発することもなくなりました」

また、利用者のある女性は、先天性の白内障と進行性の緑内障を合併した視覚障害を持っている。来所した当初は失明寸前の状態で、「視力が少しでもあるうちにたくさんきれいなものが見たい」と、これまで描いたことのなかった絵に向き合い始めた。

「その女性はほとんど目が見えないため、顔をキャンバスに近づけて、△と〇を組み合わせた絵を描きました。持ち前の積極性と明るさでコーチと話をしながら、どんな風に表現したらよいかという自分のやり方を見つけて、4カ月くらいかけて絵を完成させました」

その作品は、現役の美大生が参加するコンクールでグランプリに次ぐ次席を取った。また、この女性は保育園で働くという夢を持っていたが、後にそれを実現させているという。

「このほかに、利用者の中には、学校や職場だけでなく、親とも話せない場面緘黙症の男性もいます。引きこもり気味で外出することが難しかったため、リモートで入所されています。彼はもともと漫画家になりたいという夢を持っていて、GENIUSと出会ったことで、ようやく表現ができる場が得られたという喜びを感じられているようです」

就労継続支援B型事業所「GENIUS」の室内。さまざまな作品が所狭しと飾られている

才能を見極め、引き出す
独自のメソッドを構築

すみなすではサービス開始以来、利用者の才能を引き出す独自のメソッドを構築してきた。それを担うのは、プロのアーティストやデザイナーたちだ。

「彼ら彼女らの役割をアートコーチング(アートコーチ)と呼んでいます。利用者にこうしなさい、ああしなさいと描き方を教えるのではなく、その人自身の特性や趣味、嗜好に着目した上でまず才能の仮説を示し、その中からどのような表現をしたいと思っているのかという主体的な意欲を引き出し、こういうやり方もあるよと選択肢を示しながら適性を見極め、作品を仕上げていきます」

利用者が共同で一つの作品を制作することもある

コーチングに当たっては、評価や否定をしないことをエチケットとし、単純におもしろがるという気持ちを大切にしているという。

「初めは、はがきサイズの紙に小さく描くところから始めます。いきなり大きな紙で描くと、できあがった作品が人目に触れることを恥ずかがる人も多いのですが、徐々に大きなサイズの紙に描くようにしていくことで、他人からの評価に慣れていきます」

プロからの伴走支援を受けてできあがった作品は、企画展を通じて販売やレンタルを行う。さらに、それぞれのアーティストに対して、企業のロゴデザインや店のウインドウディスプレイデザイン、漫画家のアシスタントなどの依頼が舞い込んでくることもある。

「才能は、他者と比較してのものではないと私は思っています。GENI USでは、世間一般の枠の中では生きづらさを感じている人にアートを通じてアイデンティティや自信を獲得してもらうことで、メンタルの回復やマインドの成長を促します。『生きづらさ』を『おもしろさ』に転換することが、私たちの仕事です」

上/作品を描く利用者たち。アートコーチングにより、個人の才能や適性を見極め、作品に結実させていく 下/利用者の作品を、クッションやマグカップなどのさまざまなグッズにして販売することも

アーティストの成長ステップを
分析し、新事業開発につなげる

西村氏は現在、こうしたアートの効果を障がいを持たない人へも一般化しようと実証実験を重ねている。

「どのようなターゲットに対し、どのような価値を提供できるのかを、今検証しているところです。GENIUSの事業も『アーティストをアーティスト化していくための成長ステップ』を作り出しているだけなので、私としては、実はあまり障がい者向けということは意識していません。この成長ステップをパターン化して、子どもや経営者など他の対象者にも拡げることで、メンタルの回復やマインドの成長を提供する新たなサービスを作れると考えています」

さらに、西村氏はGENIUSで構築したメソッドのシステム化も見据えている。

「まだ要件定義の段階なのではっきりとは言えませんが、例えば生成AIなどを活用しながら、それぞれの属人性に基づいたパーソナルなコーチングシートを作成し、シートに沿った自主トレーニングができるようにしたいと考えています。また、プラットフォームを通じて相性のいいアートコーチとマッチングできたり、表現を通して利用者同士が出会えるSNSのようなコミュニティも作って、オンラインとオフラインを連動させた場を作りたいですね。イメージするのは、未経験者でも気軽に参加できるフィットネスクラブのアート版です」

今後は、「障がいを持つ人だけでなく、多くの人が感じているいろいろな生きづらさにアートを通じてタッチポイントを増やしていきたい」と語る西村氏。

「当社の社名の『すみなす』という言葉は、高杉晋作の辞世の句『おもしろき こともなき世を おもしろく 住みなすものは 心なりけり』に由来しています。あらゆる人の生きづらさを、おもしろさに転換する。事業を通して、そんな社会を実現していきたいです」

 

西村 史彦(にしむら・ふみひこ)
株式会社すみなす 代表取締役

 

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