楽園計画 アートとサウナの融合で、現代の湯治場を創出

佐賀県武雄市で15万坪もの敷地を有する日本庭園の御船山楽園。その麓でホテルと旅館を経営する小原嘉久氏は、庭園を革新的なアイデアで守り継ぎながら、廃業寸前だったホテルの業績をV字回復へと導いた。小原氏の独特の感性に迫りながら、再建への戦略や今後の展望などを聞いた。

小原 嘉久(楽園計画株式会社 代表取締役)

江戸後期に造られた御船山楽園

開湯1300年の歴史を持つ、佐賀県武雄市の武雄温泉。その温泉街からほど近い場所にある「御船山楽園」は、江戸時代後期、第28代武雄領主の鍋島茂義公が、昔から神聖な山として崇められてきた御船山の麓に造り上げた15万坪の日本庭園だ。九州屈指の池泉回遊式庭園としても知られ、春は桜やツツジ、秋は紅葉の名所として賑わいを見せる。その広大な庭園内に佇む「御船山楽園ホテル」と「御宿 竹林亭」は、3代目社長である小原嘉久氏の卓越した感性と手腕によって、廃業寸前からV字回復を遂げた奇跡の宿だ。

特に御船山楽園ホテルの独創的なサウナは、サウナ界のミシュランガイド「サウナシュラン」で3年連続グランプリを獲得するなど、全国のサウナー(サウナ愛好家)を虜にしている。

小原氏が家業に戻ったのは28歳の頃。地元を離れDJとして活動していた小原氏に、体調を崩した父から「戻ってこないか」と相談があったのがきっかけだ。聞けば会社の経営が傾き、収益の柱である御船山楽園の集客が全盛期の年間10万人から7000人まで落ち込んでいたという。

「祖父の代から旅館業を始め、父の代で御船山を購入したので、幼い頃から庭園が遊び場でした。父からの連絡を受けて戻った時はちょうどツツジが満開の時期で、幼少期の思い出と変わらぬ美しい景色が広がっていました。これは世界で唯一無二の空間だと改めて感じると同時に、庭園を多くの人に知ってもらうことができれば必ず会社も再生できるだろう、という漠然とした自信が湧き上がってきました」と小原氏は語る。

左/上空から見た御船山楽園と御船山楽園ホテル 右/壮大な池泉回遊式庭園で、国指定記念物の御船山楽園。春には約20万本のつつじが咲き乱れ、まるで絨毯を敷き詰めたかのような絶景が楽しめる

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