梶岡牧場 一頭の牛の命の価値を伝え切る“食業”を実践
山口県美祢市で1968年に創業した梶岡牧場。牛の繁殖から肥育、飼料製造、堆肥づくり、レストラン経営まで一気通貫で行う独自の経営スタイルを構築し、近年は自社ブランドの「梶岡牛」も確立させた。持続可能な100年牧場を目指す梶岡牧場の発展経緯と今後の構想を、取締役の梶岡秀吉氏に聞いた。
倒産の危機を経て、
肥育から一貫経営へと大きく転換
梶岡牧場は、梶岡秀吉氏の祖父が始めた果樹園が前身だ。質の良い果物を育てるために堆肥が必要だったことから牛の肥育を開始し、当初は、オーナーから牛を預かって大きく育てて返す預託のみで経営していた。最も多い時は500頭ほどを預かり、2億円ほどの投資で牛舎も新設した。しかし、2011年8月、メインで契約していた牧場が倒産。たちまち収入は0となり、経営破綻の危機に陥った。
「預託では、どうしても下請けになります。牛の持ち主に全てのイニシアチブがあり、仮にその持ち主が明日倒産すれば、うちも倒産の危機となります。2011年のこの経験が、自社で牛の肥育を開始するきっかけになりました」と同社取締役で3代目の梶岡秀吉氏は語る。
牛の肥育は、投資の割にリターンの少ない、利益を上げるのが難しい事業だ。餌の相場、子牛の相場、枝肉相場の3つが上手く噛み合わなければ利益が出ない。昨今のようにトウモロコシや麦などの餌の相場が高騰すれば直に経営に響き、餌と子牛が安くても、最終的に肉の相場が悪ければ、やはり利益は出ない。コントロールできない3つの相場に左右される中で、2年先を読んで投資をして子牛を買い、育てていかなければならない。
「どうしたら3つの相場を自分でコントロールできるかと考え、通常、子牛市場で買ってくる子牛を生ませるところから始めようと考えました。2014年に黒毛和牛の母牛を14頭購入したところから、牧場の名を冠した自社ブランドの『梶岡牛』が始動しました」
餌については、独自で発酵飼料を製造。3~4割を自前の飼料にすることで、餌相場の変動を吸収した。さらに、競りには出さず1頭の牛を自社で加工し、直接ホテルやレストランへ販売する仕組みを構築。市場における枝肉相場に左右されることなく、再生産できる形での価格設定を可能にした。同牧場は1988年から牧場直営レストランも経営しており、これにより、牛の繁殖から牛肉が消費者へ届くまでの、一気通貫の経営スタイルが完成した。
「1頭の牛を売り切ってから次を出荷するのが、梶岡牧場流です。ロースやサーロインだけでなく、すね肉やネック、煮込み用の肉までまんべんなく1頭を売り切るのは簡単ではありません。加工してハンバーグや牛丼にして売ったり、使い方を提案しながら勧めたり、もちろん自社のレストランでも使用します。そうして、1頭の命の全てを価値として創造していくのが、私たちの仕事です。農業というより、“食業”という感覚で取り組んでいます」
霜降りの血統ではなく、
おいしさの血統を最優先
一般的に「和牛は胃にもたれる」と言われるが、梶岡牛は「のど越しの良い脂」が最大の味の特長だ。
「オリーブオイルのように食べても胃にもたれない、身体に負担のかからない脂、滋味あふれるおいしさの牛肉をつくろうとデザインしました。自社製の発酵飼料、おいしさのための歳月、おいしさを求めた血統醸成、これが梶岡牛の3つのコンセプトです」
梶岡牧場では“you are what you eat”の考えのもと、肉のおいしさに大きく影響する飼料づくりにこだわっている。
「発酵飼料を食べて健康的に育った牛は、人間が食べた時にもストレスを感じません。これまでに数百もの発酵飼料のレシピを作り、その中から『最も健康的に育つ=おいしいお肉になる』ブレンドを見つけ出してきました」
「おいしさのための歳月」とは、和牛の月齢を指す。通常、和牛は28カ月ほどで出荷するが、梶岡牛は最低でも32カ月から最大40カ月でゆっくりと飼育する。30カ月を超えると牛はほとんど太らなくなるが、それがおいしさのための歳月というわけだ。和牛としてきちんと成熟させるための最大40カ月の飼育は、業界としては常識を超えた超長期肥育と言える。
また、通常の和牛が「霜降り」や「大きくなる」血統を優先するのに対し、梶岡牛は「おいしさの血統」を最優先する。
「血統を醸成するには短くとも20年の歳月を要します。梶岡牧場では受精卵移植と人工授精の両方を行っており、母牛には肥育用とは別の繁殖用の発酵飼料を与え、健康な子牛を生むための体づくりをしています。また、母牛も役目を終えてすぐ屠畜するのではなく、発酵飼料を肥育用に変えて1年間じっくりと休息させながら飼育し、芳香な香りと旨味を持つ『梶岡牛マザービーフ』として販売します。命を育み続けてくれた母牛に敬意を払い、本来の価値を創造した上で送り出すのです」
農家に人気の「結果が出る堆肥」
梶岡牧場では創業時より、牛の足元に敷いてあるおがくずを発酵させた堆肥づくりにも取り組んできた。現在では、美味しい野菜ができる「結果の出る堆肥」として、地元農家をはじめ、北海道から沖縄まで幅広く流通している。
「牛が健康だからこそ、良い堆肥ができます。牧場経営の上でここがきちんとできなければ、文字通り“ふんづまり”になります。私たちは糞尿処理という単なる物質としての循環ではなく、真の循環型農業を目指しています。今後も研究開発を進めて高品質の堆肥を作っていくことで、良いスパイラルを生み出していきたいです」
2023年10月には、創業55周年という節目を迎える梶岡牧場。倒産の危機を乗り越え、大きな方向転換もしながらここまで辿り着いた。
「今後は100年続く牧場を目指して、梶岡牛のおいしさをさらに追及し、堆肥の質も上げていきます。短期的に目先の利益を追うのではなく、長い目で再生産のできる持続可能な仕組みを、牛歩のごとく一歩一歩確実に作っていきたいです」
梶岡牛のロゴをつくった際には、「世界で通用するデザインを考えた」という梶岡氏。山口発の梶岡牛を海外へ届けることはもちろん構想しているが、将来的には梶岡牛を目的に、全国や世界各国から山口県に人々が集まってくるのが理想だ。
「地産地消や地産外消でくくるのではなく、小さくても磨かれた光るものがそこにあることで、山口県に人を呼べる。梶岡牛をそんなブランドに育てていきたいです」
- 梶岡 秀吉(かじおか・ひでよし)
- 有限会社梶岡牧場 取締役
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