宮崎県の産業界に旋風を巻き起こす「アラタナマフィア」

2007年に宮崎市で創業し、2020年に「ZOZO」に吸収合併されるまで、宮崎に多くの足跡を残したITベンチャー企業・アラタナ。その元社員たちが今、地元で起業し、大活躍している。IT企業の枠を超えて多彩な新事業を展開する彼ら・「アラタナマフィア」は、なぜ生まれたのだろうか。

新事業に向けて着々と準備を進めているアラタナ創業者の濱渦伸次氏

ITベンチャー・アラタナとは

南九州の奇跡か偶然か――。人口100万超の地方都市・宮崎県で、一つのITベンチャーが巻き起こした旋風の余波が続いている。

台風の目となったのは、今はなき「アラタナ」。2007年に宮崎市で創業、20年に大手通販「ZOZO」に吸収合併されるまで13年間、宮崎に多くの足跡を残した。そして古巣なき後も、多くの精鋭たちが地元で起業し活躍している。「ペイパルマフィア」や「グーグルマフィア」といったIT業界のネーミングにちなみ、彼らを「アラタナマフィア」と呼びたい。

農林水産業が盛んな宮崎には不似合いにも思えるITベンチャーの「マフィア」が生まれたのは何故なのか。その謎を探るべく、まずは彼らが所属していたアラタナの変遷を追うことから始めたい。

ときは第3次ベンチャーブーム(1990年代~)。アマゾンやグーグル、ヤフーといった名だたる企業が誕生し、日本では「ホリエモン」に代表される若手社長が活躍していた頃。アラタナ創業者の濱渦伸次氏も、そんな時代の洗礼を受けた一人だ。

いったんは東京の大手メーカーに就職したものの、起業への思いを抑えきれず3カ月で退社。帰郷してカフェを開業したが「放漫経営」(本人)で閉店、多額の借金を返済した後に設立したのがアラタナだ。

その後は快進撃が続く。フェイスブック専用アプリなどネットショップ関連の新サービスを次々と生み出し、設立当初1千万円だった年商はわずか5年で5億円に。その後も成長を続け2015年には30億円でZOZOに買収された。

共に働いた仲間たちはその後も地元にとどまり、会社を立ち上げていく。その数ざっと10人ほど。そこで働く社員と個人事業主を含むと50人前後が県内で活躍している。

ITの枠を超え新事業創出

アラタナマフィアのユニークさは事業内容を見れば分かる。たとえば、組み立て式のパーソナルサウナを販売する「Libertyship」(宮崎市、揚松晴也社長)。製造業と間違われそうな同社の本業は、企画立案から予算や人員の確保、進捗状況の確認などを手掛ける「PM(プロジェクトマネジメント)というから驚きだ。

自宅横に自社ブランドのサウナを設置している「Libertyship」の揚松晴也社長

揚松社長が畑違いの事業に参入したのは「サウナで何か興したい」というオンラインサロン参加者からの一言がきっかけだった。その言葉に触発され、海外の関連サイトを眺める中で、樽状のバレルサウナが目に留まり木材会社へ相談。持ち込んだ設計図が荒削りだったにもかかわらず、とんとん拍子で試作品が完成し全国にファンを拡大している。

もう1社。狩猟や鳥獣被害対策用わなの通販サイトというニッチな市場を開拓したのは「refactory」(宮崎市、守屋将邦社長)。こちらも、県内の工場経営者から相談を受けて「イノホイ」というサイトを自費で作製。全国から注文が相次いだことから独立に踏み切り、順調に収益を伸ばしている。

ほかにも、人気アパレルブランドのEC代行を担う「TERMINAL」(宮崎市、大山真之介社長)など、個性の際立つ事業がずらり。どれも元々は副業として手掛けていたもので、アラタナの自由な風土が独立を後押しした格好だ。

県民にとっては「奇跡的」に見える成功の数々。マフィアの一人で、企業広報・採用を支援する「and a」(宮崎市)の経営者・守屋亜理沙さんの言葉を借りれば、複数の「魔法」が化学反応を起こした結果なのかもしれない。

一つ目の「魔法」はやはり創業者の力だろう。「隣のお兄さんのような」親しみやすさがある一方、事業拡大に伴い「この人なら何かやってくれるかも」と思わせるカリスマ性を身に着けていったという濱渦氏。

そんな“ハイブリッド”な同氏が、設立当初から重視していたのがCI(コーポレートアイデンティティ)だ。中でもメンバーに深く浸透していたのは「なければ創る」「違いを活かす」「変化を楽しむ」の三つ。IT企業の枠組みを軽々と超えて新事業を生み出す原動力は、これらCIのたまものだ。

もう一つの「魔法」は企業誘致に対する自治体の手厚い支援だろう。宮崎県が発行する「企業立地ガイド」には快晴日数や家賃の安さ、空港からのアクセスといった自然、生活環境に加え、「補助限度額 九州最高50億円‼」の文字が躍る。投資額や雇用人数などの条件はあるものの、企業誘致に懸ける県の並々ならぬ思いが伝わってくる。

県企業立地課によると、2016~20年度の情報サービス産業の立地件数は100件。うち県外からの新規が73件で、人気ユーチューバーが所属する「UUUM」の宮崎オフィスもその一つだ。

人材採用を手掛ける「インタークロス」(宮崎市)の小川智矢社長によると、県内では市町村単位でも実情に合わせて制度を刷新するケースが多く、IT企業にとって使いやすくなっているという。

創業支援も充実しており、立地した企業の多くが「行政の手厚いサポート」を進出理由に挙げる。金銭面だけでなく職員の対応を評価する声も多く、前述の守屋亜理沙さんも「起業する際は何度も助けてもらった」と感謝の言葉を口にする。設備よりヒトへの投資が大きいITベンチャーにとっては特に魅力的な環境といえそうだ。

コロナ禍の前から自由な働き方を提案

以上二つの「魔法」について論考を進めてきたが、アラタナが残した遺産はこれだけではない。出勤前に趣味を楽しむ「朝活」や都市部と地方など二つの拠点を行き来する「デュアルライフ」といった自由な働き方を、新型コロナウイルス禍で注目が集まる前から推奨してきた。そのDNAを受け継いだ「マフィア」も新しい会社でニューノーマルな働き方を実践している。

アラタナ誕生から14年。創業者の濱渦氏は当時について「ベンチャーキャピタルから出資を受ける地方のスタートアップは珍しい時代だった。結果、アントレプレナーシップ(起業家精神)を持った優秀なメンバーを集めることができたことが成長の源泉だった」と分析する。

創業当初から掲げていた「宮崎に1000人の雇用をつくる」という目標については「(自身は)道半ばで退任することになったが、多くのアラタナ出身者が次々に起業して雇用を生んでくれれば、いつか夢が現実になるのではとワクワクしている」と語ってくれた。

濱渦氏は昨年、これまでの住まいの在り方を根本から覆す新事業「NOT A HOTEL」をスタートさせた。宮崎市青島でもビッグプロジェクトを展開中で第2、第3の「奇跡」実現へこれからもますます目が離せない。

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樋口 由香(ひぐち・ゆか)
宮崎日日新聞社 経済部長

 

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