岩手県・達増拓也知事 グリーンとデジタルの両翼で人口減少に挑む

5期目を務める達増拓也岩手県知事は現在、「いわて県民計画(2019~2028)」第2期アクションプランを推進。県政で最も重要なことを「人を起点に施策を考えること」とし、最重要課題の人口減少問題の解決のため、ICTを活用した過疎地の利便性向上や、岩手県の魅力の醸成と情報発信に注力している。

達増 拓也(岩手県知事)

――岩手県の復興状況はいかがでしょうか。

ハード面の復興はほぼ完了しました。ソフト面では、心のケアやコミュニティ形成支援がまだ必要な状況なので、事業を継続しています。震災後10年経ったあたりから、復興について発信する余力が出てきました。2019年に釜石で開催されたラグビーワールドカップに合わせて陸前高田市に開館した東日本大震災津波伝承館は、震災や復興の伝承と発信の中核的機能を果たしています。来館者は90万人を突破しており、陸前高田市のみならず、岩手県全体への人の流れをつくるのにも貢献しています。

2023年度からは、「いわて県民計画」の第2期アクションプランがスタートしました。今後4年間に取組を強化する重点事項として、「人口減少対策」に最優先で取り組んでいます。そこにGXとDX、すなわちグリーンとデジタルを両翼として力強く羽ばたくイメージで中期計画をつくりました。

人口の少ない村や町に光をあて、
全国や海外に岩手の魅力を発信

――昨年、「ニューヨーク・タイムズ」が発表した「2023年に行くべき52か所」の1つとして盛岡市が選ばれ、話題になりました。

ニューヨーク・タイムズは「2023年に行くべき52か所」のなかで、ロンドンに次ぐ2番目の場所として盛岡市を選出しました。「2024年に行くべき場所」では山口市が選出されています。これは、同紙が日本の地方の良さに気づき、世界の海外旅行愛好家にそれを知ってもらいたいということで記事にしてくれたのだと思います。

盛岡市は、新幹線を使えば東京から最短で2時間10分で来ることができます。美しい自然に恵まれ、大正時代に建てられた和洋折衷の建築美の建造物や盛岡城跡公園などの歴史的な見どころもあります。さらに、ニューヨーク・タイムズでは祭りや、県民が生活の中で利用している飲食店や喫茶店など、日常文化とでも呼ぶようなものが世界に通用するものとして紹介されていました。改めて、こうした岩手県の良さを、ひいては日本の地方の良さを国内外に発信していかなければと思っています。そして、今問題となっている人口減少問題の流れを逆転させたいと考えています。

国指定重要文化財の「岩手銀行赤レンガ館」。1911(明治44)年に盛岡銀行本店行舎として建設された。赤煉瓦造りの瀟洒な建物で、盛岡のランドマークの1つとなっている

東日本大震災以降、私の仕事始めは沿岸から始まります。2024年は久慈市の魚市場の初売からスタートしました。久慈市の南には、野田村、普代村、田野畑村と、3つの村が並んでいます。ここは岩手県で最も人口の少ない地域ではありますが、商店街振興や新しい水産加工への挑戦など、若い人たちが頑張っていました。人口の少ない地域というのは、その地域に問題があるというよりも、その地域の良さが知られていないことが問題なのだと改めて思いました。今年は、岩手県の中でも特に人口の少ない村や町に光をあて、全国や海外にアピールしていこうと考えています。

決定的な課題は、岩手の良さが知られていないことです。これは発信側の問題もありますが、受け手側にも問題があると思っています。東日本大震災の時、岩手県の情報がマスコミになかなか出なかったため、岩手県は情報の発信が不足しているのではないかという声があったのですけれども、東京や関西からの取材陣が岩手の沿岸部を取材するには移動時間も予算もかかるため、福島や宮城など交通の便のよいところを優先されてしまうのです。地理的条件の悪さが情報面にも影響を与えていたのです。

今回、ニューヨーク・タイムズが盛岡市を取り上げてくれたのは、他のメディアに取材してもらうチャンスにつながるでしょう。加えて、大谷翔平選手の活躍や、昨年はNHKドラマ「あまちゃん」の10周年もありました。そうしたさまざまな材料を組み合わせてPRすることが大事だと思っています。

ドローンなどのデジタル技術が
過疎地の持続的発展に貢献

――「いわて県民計画」第2期アクションプランの重点項目の1つであるDXでは、具体的にどのような取組に注力されていますか。

DXはまず、人口減少などの社会問題の解決に活用しています。さらに、介護・子育て・医療・教育などの利便性の向上に活用し、情報通信などのインフラ整備も進めています。

DXで特に注力しているのはドローンの活用です。防災などの危機管理から、地域振興や農林水産業振興、森林保全などに活用しています。

岩手県の岩泉町は東京23区ほどの面積がありますが、住人は約9000人で、人口密度が非常に低く「過疎」という言葉があてはまる自治体です。ここを2016年に台風と豪雨が襲い、町全体が被害を受けました。このエリアで、岩手県立大学と岩手県は2019年から2020年にAI/IOTを活用した高齢者の見守りと生活支援の社会実験を実施し、2021年度の第9回プラチナ大賞審査員特別賞を受賞しています。

また、昨年2月には次世代高度技術の活用による新しい物流サービスの構築を目指した「中山間地域におけるドローン配送」の実証実験を実施しました。岩泉町は食料品アクセス困難人口の割合が40%超と、全国的に見ても高い水準にあります。今後高齢化が進むことで、日常の買い物や薬の受け取りなどでの生活利便性の低下が懸念されています。そこで、買い物支援、緊急物資支援などを想定して、町から中山間地域の集落まで、日用品や食品をドローン配送する実証実験を進めています。このように、人口密度の低い過疎地が持続的発展を遂げるため、デジタルの活用に取り組んでいます。

岩泉町で実施したドローン配送の実証実験

ブランド戦略と販路拡大で
岩手県の農林水産物を世界に

――岩手県の農林水産物は、世界でも注目を集めています。第一次産業における競争力強化に向け取り組まれている施策や今後の展望をお聞かせください。

第一次産業の競争力強化に向けた施策では、「収益力の高い産地づくり」と「高付加価値化・販路拡大」を2本柱としています。

「収益力の高い産地づくり」では、スマート農業技術の普及やデジタル技術を活用した森林管理・施業などに取り組んでいます。現在、飼料や肥料の価格高騰が続いています。岩手には広大な土地がありますので、飼料用の米やトウモロコシなどを生産し、輸入飼料への依存度を低くしていきます。肥料についても、県内の畜産農家から出る畜ふんなどを活用して、野菜や米を育てる耕畜連携の強化を図っています。

漁業については、近年、サケやサンマといった主要魚種の漁獲量が激減しています。そこで、サケ・マスの海面養殖に取り組んでいます。また、近年、ウニが増えすぎて餌となる海藻を食べつくし、ウニがやせ細ったりする状況が起きていました。そこで、ウニを間引きし、間引いたウニを別の場所で飼育して、オフシーズンである冬に出荷する事業に取り組み、軌道に乗りつつあります。

「高付加価値化・販路拡大」に関しては、首都圏や中京圏、関西圏などで県オリジナルのブランド米「金色の風」と「銀河のしずく」 のテレビコマーシャルを放映していますが、この2品種を先頭に県産米のイメージアップを図り、さらに、米以外の農林水産物のイメージアップにつなげていこうと考えています。

国内のみならず、2023年12月には、マレーシアとシンガポールを訪問し、米・りんご・牛肉・日本酒をメインに、現地の大手量販店や百貨店でフェアを開催しました。大使館公邸のレセプションでは、関係者を招待して県産食材を試食してもらい、大変好評でした。引き続き、海外プロモーションを戦略的に展開していきます。このほか、ECサイトを積極的に活用しようということで、メタバースを活用した商談会の開催などにも取り組んでいます。

2023年12月に開催したマレーシアでの「いわてフェア」

UIターンを促進する
産業集積地「北上川バレー」

――岩手県では近年、半導体や自動車関連産業の集積も進んでいます。

現在、北上川流域で工場立地が進んでいます。この地域は新幹線や高速道路が通り、花巻市には空港があります。いわゆる人里離れた場所ではなく、都市生活を楽しめる地域です。農業地帯に囲まれているので、日常的に新鮮でおいしい食事を楽しむこともできます。さらに周囲には、温泉やスキー場、世界遺産の平泉などがあります。この地域では、国際競争力の高い世界有数の製品の生産に携わりながら、豊かな生活を送ることができるのです。我々はこの地域を「北上川バレー」と呼んでいます。こうした立地環境の良さを若い人たちにアピールして、UターンやIターンを働きかけ、最大の課題である人材確保にも努めているところです。

――新規産業の創出やスタートアップへの支援には、どのように取り組まれていますか。

2022年11月に、「地方経済未来会議 LEC岩手」を開催しました。ここで、県内外の上場経営者や、これから事業を始めようという人たちが集まり、地方経済の発展や企業活動について語り合いました。本県では2020年9月に「岩手イノベーションベース」を開設し、官民連携でスタートアップ支援に取り組んでいます。

また、医療機器関連産業のイノベーション創出拠点として、2020年4月に、岩手県工業技術センターの敷地内にヘルステック・イノベーション・ハブ(HIH)を開設しました。ここに関連企業が集積し、産学官が連携した人材育成や新製品・新事業創出等の取組を活発に進めており、ヘルステック分野のスタートアップが着実に成長してきています。

医療機器関連産業のイノベーション創出拠点「ヘルステック・イノベーション・ハブ(HIH)」

さらに、社会的・環境的課題の解決や新たなビジョンの実現と、持続的な経済成長を共に目指すインパクトスタートアップが活躍しています。例えば、障がい者の芸術作品をネクタイなどの商品にして、彼らが一定の収入を得られるビジネスモデルを新たにつくった株式会社ヘラルボニーは、世界的に注目を集めています。また、震災からの復興のために三陸の海産物を販売するところからスタートして、今では日本各地の優れた農林水産物をECで販売する株式会社雨風太陽は、最近上場を果たしました。

「5つの希望」で
岩手県と若者の関係を保つ

――最後に、知事が描かれているこれからの岩手県のビジョンについてお聞かせください。

県の政策は、人を起点に考えて実行していかねばなりません。知事を4期務めてきて、人口減少対策を考える時にも、東日本大震災からの復興を考える時も、生身の人間一人ひとりを相手にしているということが一番大事なことなのだという思いに至りました。

例えば、人口減少対策では、県内在住の高校生に対して、次のような「5つの希望」について話をしています。 ①いわてで学び、いわてで暮らす。②県外で学び、いわてで暮らす。③県外で働き、身につけた力をいわてで発揮する。④県外で暮らし、いわてとつながる。⑤県外出身でもいわてで暮らす。

この5つのニーズどれに対しても、岩手をベースにした人材育成やキャリア形成、生活や仕事について応えられる岩手にしていくことを基本戦略として考えています。高校時代も卒業後も、岩手県との関係を保ってもらうため、岩手での就職関係の情報をはじめ、さまざまな情報や話題を提供するアプリをつくりました。そこからSNSにつながることができるので、そうしたものを活用してつながりを維持していきたいと思っています。

県外に出た岩手県出身者に対して、いつでも帰っておいでという体制を県内につくっておくことが大事なのです。またそれは、他県の出身者を岩手県に迎え入れることにもつながり、県内に残った人たちへの受け皿にもなります。今後も、人に着目した政策を展開していきます。

 

達増 拓也(たっそ・たくや)
岩手県知事