エビデンスを軸に美容医療の未来に貢献 ポーラメディカル松本社長が語る"エビデンスと夢"の両立戦略
化粧品大手ポーラ・オルビスグループの100周年を見据えた新規事業の一つとして2023年に設立されたポーラメディカル。研究開発のプロフェッショナルから経営者へと転身した松本剛社長が描く美容医療の未来像とは、科学的根拠と美の価値の両立にあった。美容医療市場に、グループの研究力と「エビデンスに依拠する」という信念で挑む同社の構想と、顔画像解析や再生医療など最先端技術が拓く可能性について聞いた。
ポーラメディカルの松本剛社長
美容医療市場の現状と社会課題への着目
── ポーラメディカル設立の背景には、どのような市場認識や社会課題があったのでしょうか。
ポーラ・オルビスグループでは2029年ビジョンに向けて事業領域の拡張を模索するなか、従来の化粧品から「ウェルビーイング」という軸を設け、個人から社会へと視野を広げる方針を掲げた。松本社長はその流れのなかで美容医療に着目した理由をこう語る。
「日本では医師の数が増えており、保険診療だけでは十分な収益を得られない診療所も増えています。今後も診療所が維持され患者が医療サービス(治療)を通して、疾患が治ることが求められます」
ポーラ・オルビスグループのDNAと研究開発体制の変革
── 美容医療事業にポーラ・オルビスグループの強みをどのように活かしていますか。
ポーラ・オルビスグループの強みは「ダイレクトセリング」と「独自の研究開発力」の二つだと松本社長は指摘する。近年、その研究開発体制に大きな変革があった。
「ポーラ化成工業の研究マネジメント部隊をホールディングスに移し、マルチプルインテリジェンスリサーチセンター(MIRC)を設立しました。ここでは世界の潮流をキュレーションし、技術や文化トレンドを収集するとともに、それらをグループの長期戦略に繋げる役割を担っています」
松本社長自身も、元々は研究開発部門の出身であり、MIRCの立ち上げからテクノロジープロモーションチームのリーダーを務めていた。その経験が、ポーラメディカルの事業構想に活きている。
エビデンスと夢を両立させる経営哲学
── 研究者からビジネスリーダーへの転身で、どのように考え方が変わりましたか。
「エビデンスに依拠して全てを考えるという点は全くぶれていません。化粧品は情緒的価値を重視する市場ですが、根っこにはきちんとしたものがないと駄目だという考えは今も同じです。ましてや医療分野では、なおさらエビデンスに依拠した美容医療ビジネスをやりたいと考えています」
変わったのは視点だと松本社長は言う。「研究所にいた頃は既存の事業会社にどう技術をアジャストさせるかという思考でしたが、今は社会が何を課題としているのかに技術をアジャストするという見方になりました。ポーラ・オルビスグループの技術だけでなく、社会課題を解決するためにあらゆる技術を活用するという視点です」
徹底したエビデンス重視のビジネスモデル構築
── 美容医療市場において、他社と差別化するためにどのような戦略をとっていますか。
「広告宣伝費はほぼかけていません。そこにお金を使うより、もう一つ臨床試験を走らせた方が価値があると考えています」と松本社長。
現在ポーラメディカルが取引しているのは皮膚科・美容皮膚科を標榜するクリニックのみだ。「しっかりとした医療を提供する、真面目な医師を通じてサービスを提供したいという強い思いがあります」
この姿勢は、ポーラ・オルビスグループのLTV(顧客生涯価値)を重視する企業文化とも合致している。「うちのグループはLTVを高めることに非常に集中している会社グループです。一過性の売上には、興味を持っていません」
テクノロジーが拓く美容医療の未来
── 今後、どのような技術や領域に可能性を感じていますか。
松本社長は、研究シーズとして既に多くの可能性があると語る。その一部は既に実用化の段階に入っている。
「顔画像から暑熱リスクを予測する技術(カオカラ)は既に具体化しています。また、iPS細胞を用いて自分の尿・毛髪から自分の肌を模倣するところまで培養技術は来ています。さらに、顔という"デバイス"から体内の様々な状態を測定する技術も開発中です」
これらの技術は必ずしもポーラメディカル単独で実用化する必要はないと松本社長は考えている。「外部の事業会社と連携することも視野に入れています。自分が作り出した技術をどう囲い込むかではなく、社会課題があるからこの課題を解決するシーズやパートナーなど何でも選択するという発想です」
新しい価値を創出する組織づくりの哲学
── 現在の組織体制と今後の展望についてお聞かせください。
「当社はまだ発足して間もなく、昨年まで従業員がいませんでした。今年1月から従業員が発生し、現在11人程度です」と松本社長。
興味深いのは、敢えて人事制度を作っていないという点だ。「人事制度を作ってしまうと世間のスタンダードなものが落ち着いてしまう気がします。全然違う制度設計をしたいのですが、それはもう少し状況を待たなければならない。利益が出てグループ内でも存在感が大きくなったときに、『この会社ちょっと変わっているよね、だから人事制度も変わっていないといけないよね』となってほしい」
松本社長が目指すのは、価値観を共有する人たちが集まり、必要に応じて独立や協業を繰り返せる柔軟な組織だ。「いま一緒になる仲間であっても、ステージが変われば独立してもいいし、また一緒に集まればいい。そういう考え方を根っこで持っています」
化粧品の世界で培った「情緒的価値」と研究者として追求してきた「エビデンス」。一見相反するこの二つの価値を両立させながら、ポーラメディカルは美容医療の未来を切り拓こうとしている。