大石賢吾・長崎県知事 「100年に一度の変化」を新産業創出の好機に

長崎県は今、西九州新幹線の開業やIRの誘致、MICE施設の設置など、大きな変革期を迎えている。今年2月に初当選した大石賢吾知事は、こうした状況を長崎県が「100年に一度の変化」をするチャンスと捉え、国内外から多様な人々が集まってくる新しい長崎県の構築に取り組んでいる。

大石 賢吾(長崎県知事) 取材は、新型コロナウイルス感染症対策をとり、ソーシャルディスタンスを十分に保ち行われた(2022年5月27日)

――知事は長崎県を「100年に一度の変化」と捉えられていますが、それはどのような変化ですか。また、その変化をどのように長崎の発展につなげていこうとお考えですか。

長崎県では今、複数の大きなプロジェクトが同時に進行しており、まちの佇まいが大きく変わろうとしています。長崎市中心部では、西九州新幹線の開業が本年9月23日に予定されています。それに連動して駅周辺のまちづくりが活性化しています。昨年11月にはMICE施設「出島メッセ長崎」が開業しました。JR九州の新駅ビルの整備やサッカースタジアムを中心とした複合施設「長崎スタジアムシティプロジェクト」も進められています。

新幹線沿線である諫早市や大村市でも、駅周辺のまちづくりが進んでいます。このほか、長崎に来ていただく方々の利便性向上のために、県が主体となり、長崎空港の24時間化に向けた取組を推進しているところです。

西九州新幹線の試験走行の際、新大村駅(大村市)で歓迎を受けた「新幹線かもめ」

また、県北地域である佐世保市においては、IRの誘致を進めており、この4月27日に国へ区域整備計画の認定申請を行ったところです。さらに、長崎県には70ほどの有人離島があるのですが、地域課題に着目したドローンによる実証実験など、先端技術を活用した新たな動きもあります。

産業面でも、海洋エネルギーや航空機関連産業、AI・IoT・ロボットや半導体関連産業などの新たな基幹産業化に向けた動きが進んでおり、産業構造にも大きな変化が生じています。

このような「100年に一度の変化」を県勢浮揚のチャンスと捉え、暮らしやすいまちづくりや新たなチャレンジを後押しする施策を進め、本県の魅力を発信して、県内外の方々から注目が集まるような新しい長崎県づくりに注力していきたいと考えています。

――産業構造の変化に伴う、産業振興や新産業創出の戦略についてお聞かせください。

本県には基幹産業である造船業で培った高い技術があります。こうした技術力は洋上風力発電と非常に親和性が高いと考えて、専門人材の育成や県内企業の共同受注体制の構築などに取り組んできました。国が洋上風力発電の導入目標を2030年までに1000万キロワットと設定したことから、本県五島市沖や秋田県、千葉県沖など、国内各地で洋上風力発電商用化の取組が進んでいます。今後の市場拡大のポテンシャルは非常に高いので、県内外からの受注を獲得していけるように、県内企業の取引拡大や新規参入などのバックアップ体制をしっかりと整えていきたいと思っています。

日本初の浮体式洋上風力発電「はえんかぜ」(五島市) 画像提供:五島市

本県では、AI・IoT・ロボット関連産業、航空機関連産業、半導体関連産業にも注力しています。AI・IoT・ロボット関連産業については、長崎大学や県立大学に情報系専門の学部学科を設置して学生や社会人の専門人材育成を行い、企業誘致にも注力してきました。その結果、近年では大手企業の情報関連部門の立地が相次いでいます。IoT技術を活用した海洋データを収集するスマートブイなど、地元企業や大学と連携した研究開発も進められています。

本県には、造船で培われた金属加工技術を持つ企業が一定数集積しており、今後こうした先端技術の活用はさらに重要性を増していくと考えられますので、県内サプライチェーンの形成に向けた誘致・育成を強化していきたいと思います。

喫煙率や血圧がワースト上位
長崎県民の健康意識を改革

――政策横断プロジェクト「健康長寿日本一プロジェクト」についてお聞かせください。

実は長崎県民には様々な健康課題があります。なかでも「血圧の高さ」と「喫煙率の高さ」は大きな課題です。本県の「収縮期血圧140以上」の割合は、男女ともに全国ワースト9位で、高血圧による外来患者数も多い状況にあります。「喫煙率の高さ」は、男性が全国ワースト4位で、主に長期の喫煙によりもたらされる慢性閉塞性肺疾患(COPD)の外来患者数は全国ワースト1位です。こうした状況から、医療費が大きな負担になっています。

そこでこの4月に「長崎健康革命」と題して、健康に対する意識改革の取り組みを始めました。まず、気軽に楽しく健康づくりに取り組むことができるアプリを導入する予定です。アプリでは、歩数やスポーツイベントへの参加などで貯めたポイントで、県産品などが抽選で当選するようなインセンティブを検討しています。

アプリなども活用しながら、運動、食事、禁煙、健診の4つの柱で県民の方々の生活習慣の改善を促進し、健康長寿日本一を目指したいと思います。

離島を最新テクノロジーの
社会実装検証の場にしたい

――若者の県内定着や離島振興の取組についてお聞かせください。

若い人たちに話を聞くと、「長崎には何もない。大きなことをやり遂げるような可能性を見出せない」という声を聞きます。しかし現在、長崎では航空機産業や半導体関連産業のさらなる集積、医療関連分野の企業誘致などにより、魅力的な仕事が増えています。若い人たちが「何もない」と感じるのはそうしたことを「知らない」からかもしれません。

長崎には歴史や独特の文化もあります。まずは郷土愛を育むため、「ふるさと教育」をしっかり行うことが重要だと考えています。学校と地域の関わりを強化して、地域にどのような企業があり、どのような人がいるのか、地域の強みを学び、子どもたちがふるさとへの誇りを持てるようにしていきたいと思います。

また、離島や半島には豊かな自然や素晴らしい食文化がある一方で、地形不利による社会インフラの格差という課題があります。現在、そうした課題を最先端テクノロジーによって解決する取組を行っています。例えば交通インフラでは、モビリティサービスを基礎とした新たな予約型乗り合いタクシーサービスの実証実験が行われています。

医療面では、ドローンを活用した離島への医薬品配送の実証実験を行っています。さらに、医療に関してはさまざまな規制がありますので、離島の実情に合わせた特区制度などによる規制緩和の活用を考えたいと思っています。そして将来的には、長崎でさまざまなテクノロジーの社会実装を検証できるようにしたいです。長崎では面白いチャレンジができるということで、県内の若者だけでなく、県外からも企業や人に来ていただけるような長崎県にしたいと考えています。

今後は、このようなまちや産業の情報を、SNS なども活用しながら、私自身もPR 隊長として発信していきたいと思います。

ツールの導入と人材育成で
DX、スマート化を目指す

――長崎県のDX、スマート社会に向けた取組についてお聞かせください。

本県では、産学金官で「ながさきSociety5.0推進プラットフォーム」を立ち上げ、光ファイバなどの情報通信基盤の整備を進めています。また、様々な分野においてデータを活用した新サービスの創出や産業振興、地域課題解決を可能とするため、昨年度「データ連携基盤」を構築しました。今後はその充実強化を図り、DXへの取組を進めていきます。

県庁では、ICTを活用した行政業務のデジタル化により、業務負担の軽減や効率化を進めていく必要があると考えています。RPAなどの「新しいツールの活用」と「ICTを効果的に活用できる職員の育成」を柱とし、ICTリテラシーの高い職員の育成や民間デジタル人材の配置などにも取り組み、スマートな県庁づくりを推進しています。

オール九州で取り組むIRは
九州を売り込むショーケース

――長崎ならではの観光戦略、魅力的な地域づくりについてどのようにお考えでしょうか。

本県は、豊かな自然や海外との交流のなかで培われてきた地理的・歴史的・文化的な魅力や、多様な食材など豊かな資源を有する地域が多数あります。この9月の西九州新幹線開業は、長崎県にとって大きなチャンスです。新幹線で訪れた多くの方々が、沿線外まで広く足を運び、県全体に賑わいが生まれ、交流人口や観光消費額の拡大につながるように、各地の特色を活かした様々なおもてなしや仕掛けづくりに官民一体となって取り組んでいるところです。

中でも大きな柱となるのが、MICEを含むIRだと考えています。本県のIR構想には3つのポイントがあります。

2027年の開業を目指す、九州・長崎IRの完成予想図 画像提供:KYUSHUリゾーツジャパン株式会社

1つ目のポイントは、IRの実現に向けて「オール九州」で取り組んでいることです。IRによる高い経済効果を、県内はもとより九州全体に幅広く波及させるため、2021年4月に九州の経済界や行政などによる「九州IR推進協議会」を立ち上げました。協議会では、IR実現に向けた機運醸成、IRビジネス・ネットワークの構築、IRを拠点とする広域周遊観光の仕組みづくりなどを進めています。

IRはカジノというイメージを持たれている方が多いかもしれませんが、私は訪れた方々に九州各地の魅力を知っていただき、体験して楽しんでいただく「ショーケース」の意味合いが大きいと考えています。長崎のIRは華やかでキラキラしたものだけを追求するのではなく、ハウステンボスの景観と調和した伝統的で高級感のあるものにしたいと考えています。国から区域整備計画の認定が下りれば、2027年の開業に向けて整備をスタートします。

2つ目のポイントは、国内外から多くの方々を呼び込むため、日本伝統の歌舞伎やアニメ、ゲームといった我が国の文化等を発信するジャパンハウスや、来訪者の健康に配慮したメディカルモールなど、これまでになかった魅力ある施設を備えた、アジア屈指のリゾートMICE を目指していることです。大学の研究者も多くの来訪が期待されます。実は2021 年7月、長崎大学に日本で2つ目となる「BSL-4」施設が竣工しました。長崎大学医学部はアジアの中でも感染症にしっかりと取り組んできた、日本で一番古い医学部です。この「BSL-4」は世界最先端の研究がなされる、長崎が国際都市として発展する高いポテンシャルを持った施設です。世界各国のアカデミアの方々が幅広く長崎に来ていただき、観光も楽しんでいただきながら、リラックスした環境で新たな発想と交流を促すことができるリゾートMICE を目指しています。

3つ目のポイントは、依存症などの懸念事項への対策です。本県独自の取組として、依存症対策や青少年の健全育成、治安維持対策等の分野で活躍する官民の団体が参画した「九州・長崎IR安全安心ネットワーク協議会準備会」を2020年11月に発足し、懸念事項の最小化に向けた検討を進めています。また、ギャンブル依存症をはじめとする様々な依存症対策の強化のため、2021年8月に本県を事務局とした「九州地方依存症対策ネットワーク協議会」が発足し、具体的な対策を進めています。

テクノロジーとアイデアで
ワクワクが生まれる長崎に

――最後に、知事が描くこれからの長崎県のビジョンをお聞かせください。

長崎を、世界中からテクノロジーが集まる場にしたいと考えています。例えば、洋上風力発電の多くは現在、海外でつくられたものを輸入しています。しかし今後、今はまだ目に見えていない、我々が知らない新たなテクノロジーで電気を生む方法が、長崎で発明されるかもしれない。そうなればワクワクしますよね。今は無理だと思うようなことでも、テクノロジーにアイデアを混ぜ込むことで突き抜けたコンテンツが生まれる可能性は十分にあります。

ここに来れば新しくて有機的なものを生み出すことができる。長崎を、そんな楽しくて夢のある、みんながワクワクするような場所にしていきたいです。

 

大石 賢吾(おおいし・けんご)
長崎県知事