「女性社会学」の視点で事業開発を フェムケア事業の第2ステージ

急成長するフェムケア市場だが、置き去りにされている潜在的なニーズは多く、一過性の流行コンテンツに終わってしまうリスクすら存在する。事業構想大学院大学特任教授の西根英一氏が、フェムケアの事業開発・推進のポイントを語る。(事業構想オープンフォーラムより)

西根 英一(事業構想大学院大学 特任教授、ヘルスケア・ビジネスナレッジ 代表取締役社長)

エビデンスとナラティブ
2つのアプローチで事業開発を

2021年の新語・流行語大賞にもノミネートし、いま「フェムテック」が社会的な注目を集めている。女性特有の悩み・課題をテクノロジーの力で解決するフェムテックは、経済産業省によれば2025年に国内で年間約2兆円の経済効果を生み出すと推計されている。フェムテックとともに市場成長が期待されているのが「フェムケア」だ。フェムケアは「Female(女性)」と「care(ケア)」を組み合わせた用語で、女性の健康やライフスタイルに根差したニーズに応えるサービス・製品、アプローチを意味する。

「フェムケアという言葉はここ2、3年で世の中に広がってきており、特に若い世代の中で浸透していると感じています。フェムケアは女性が『仕方がない』と諦めていた苦痛や悩みに介入し、改善するものであり、その切り口としては体の健康、心の健康、ソーシャルヘルス(社会的な健康)のほか、世代ごとの悩みやセクシャルウェルネスなど、さまざまなものが考えられます」と事業構想大学院大学の西根英一特任教授は語る。

ただし、現在市場に投入されているフェムテック・フェムケア商材は、心身の健康にフォーカスしたものが大半である。具体的には、生理・月経(オンラインピル処方や月経管理アプリ等)、更年期(更年期ケア用品・サービスやメンタルケア製品等)、妊娠期・産後(つわり緩和やむくみ解消等)、妊活(不妊治療や卵子凍結サービス等)などだ。

現在のフェムテック・フェムケア商材は、月経管理や更年期ケアなど心身の健康にフォーカスしたものが多い。画像はネクイノのオンライン・ピル処方サービス「スマルナ」

西根氏は「まだまだ見過ごされている切り口や課題は多数存在するはずです」と事業開発の可能性を指摘する一方で、現在市場投入されるフェムテック・フェムケア商材について、「商材がエビデンスに基づいているか、あるいはユーザーに寄り添ったものになっているかというと、まだまだ玉石混合の状態ではないでしょうか」と課題を述べる。

「フェムケア事業開発においては、二つのアプローチが重要です。一つはエビデンスアプローチです。エビデンスの作り方としては、商材やプログラムの介入前後で結果を比較する前後比較と、商材やプログラムの介入の有無でそれぞれ経過と結果を比較する群間比較があります。

もう一つ欠かせない要件は、ユーザー(女性)にとってのメリットを深堀してストーリーとして提示するナラティブなアプローチです。例えばフェムケアの実際の商材として、膣内環境を改善するタブレットなどがあります。こうした商材は機能や効用だけを打ち出すのではなく、例えば口腔ケアや腸内ケアと並んで、自分のからだを気遣う人を膣内ケアからサポートする商品だというストーリーが求められるでしょう。このように、エビデンスとナラティブの二つのアプローチを両方押さえて事業開発を進めるべきです」

実際に西根氏が実施したフェムケアビジネスに関するトークイベントでは、エビデンスを証明できる医師や研究開発企業、ナラティブを語れる女性経営者などを交えて討論することで、参加者の共感が得られたという。

また、フェムケア市場では女性の意見を聞いて作った商材であっても、発売後に反発が起きることもある。

「例えば先日、生理中は経血が気になり浴槽に入りづらいという悩みに寄り添うために、香り豊かな赤い入浴剤が発売されましたが、これに対してSNS上で女性から『これじゃない』と違和感を示す声が多く上がりました。商材のWebサイトを見ると、女性へのアンケート調査を経て開発したというストーリーが書かれていましたが、おそらく、さらに現場・現地に踏み込んだインタビューやフィールドリサーチまではできていなかったのではないでしょうか。表層的な課題や問題はアンケートで得られますが、理想と現実のギャップを解消するためにはさまざまなインタビューも必要で、両方に取り組むことで本当のニーズに合う商材に近づけるでしょう」

自己肯定感や自己実現を支援する
商材・サービスの開発がカギに

先述のように、現在販売されているフェムケア・フェムテック商材は心身の健康に関するものが多いが、西根氏は潜在的ニーズが多数存在すると指摘する。

「人や社会はいろいろなペイン(困りごと)を抱えています。目に見える表層的な課題や問題が注目されがちですが、目に見えないニーズとして、人が満たしたい欲求や動機、現実と理想との乖離など深層的な要素も想像しなければなりません」

インサイト(顧客心理・社会心理)の構造

出典:©西根英一

 

ひとことに女性といっても、会社勤務/結婚/パートナーの有無/子供の有無などライフステージの役割や価値観によって、女性のタイプは細かく分類される。「現在の市場に多く出ている女性健康学的な課題にフォーカスしたフェムテック・フェムケア商材が第一ステージだとすると、第二ステージは、女性の自己肯定感や自己実現を支援するための女性社会学的な要素も含んだフェムケアになってくると思います」

女性の自己肯定感や自己実現を支援するための女性社会学的な要素も含んだフェムケアサービスの開発が重要に(写真はイメージ)

第二ステージの領域に取り組むうえで西根氏は女性社会学の二つの書籍を参考として提示した。一つは山口真氏と山手茂氏による共編『女性学概論』(亜紀書房)で、教育・雇用・家族・社会など様々なテーマと女性を関連付けて論じている。もうひとつはキャサリン・ハキム氏の著書『エロティック・キャピタル すべてが手に入る自分磨き』(共同通信社)で、世界中の文化に言及し、様々な文献と資料をもとに女性の容姿や気品といった要素の総称を「エロティック・キャピタル」として論じている。

「今後はこうした女性社会学などの内容を踏まえてフェムケアの事業開発を考えることが求められるでしょう」と西根氏は指摘した。

 

西根 英一(にしね・えいいち)
事業構想大学院大学 特任教授
ヘルスケア・ビジネスナレッジ 代表取締役社長