『出島』から全社変革へ 社内DX超えたTOPPANデジタルの事業創出DX構想

印刷市場の縮小に先行し、TOPPANグループのデジタル変革を牽引するTOPPANデジタル株式会社。同社の取締役副社長執行役員・柴谷浩毅氏に、同社の事業構想について伺った。TOPPANグループの「出島」組織として、2023年3月に設立されたTOPPANデジタルは、その前身となる凸版印刷 DXデザイン事業部が設立された2020年4月からの6年で100億円の事業を創出した。さらに2024年11月からは、AIの全社展開による企業変革の新段階へ突入。現場から1,000件超のニーズを集約した全社AI推進プロジェクトやDX・SX開発を担う地方5拠点のサテライトオフィス戦略をはじめ、多面的なDX戦略で印刷業界の常識を「突破」する同社の構想力に迫る。

2017年起点の印刷業界激変と事業転換の構想

「1990年代は国内の印刷産業市場が約9兆円ありました。当時は通勤電車で多くの人が新聞やコミックを紙媒体で読んでいましたが、今は電車に乗っても大半の人がスマートフォンを見ています」。

柴谷氏は、紙からデジタルへのシフトという、印刷業界が直面した構造的変化を語る。現在は市場規模が半減し、約5兆円となっている。

2017年頃より、スマートフォンやタブレット端末の普及に伴い、既存のペーパーメディア事業は衰退しはじめ、「紙を使用しないコミュニケーション」が拡大した。この変化に対し当時の凸版印刷 DXデザイン事業部は、1970年代から印刷工程で培ってきたIT活用の知見を活かした情報系事業のDXに本格着手した。

当初、同社のDX構想は3軸でスタートした。第一に、商業印刷事業で培ってきたCRM(顧客関係管理)の知見を基に、顧客企業の販売プロセスのデジタル化と運用を支援する「マーケティングDX」。第二に、行政・金融業界の顧客に対し、デジタルとリアルを組み合わせてノンコア業務を代行する「BPO」。第三に、政府系ID事業やクレジットカード関連事業をグローバルに展開する「セキュアDX」だ。尤も、これらはすべて同社の祖業である既存印刷事業をデジタル技術で強化するものであった。同社は、デジタルで新たな価値を創出していくこれからの本格的なデジタル化時代に向けて、より事業の根本的な変革に迫るDX戦略が必要であると考えた。

そこで、IoT(モノのインターネット)や無線通信タグなどによる自動認識関連、次世代サイバーセキュリティなど、デジタル技術の進化に基づく新たな事業創出に向けて、機動力ある変革のために、TOPPANグループ全体の『出島』組織としての凸版印刷 DXデザイン事業部を設立。2023年には、DX企業への変革を更に加速するため、同事業部を母体に、HD傘下の3つの主力会社の1つである「TOPPANデジタル」を設立した。既存事業のデジタル強化ではなく、デジタル時代の本格的な到来に合わせた事業創出への転換、即ち凸版印刷からTOPPANへの進化に伴うグループ全体のデジタル事業開発を担う組織として、始動したのだ。

全国5拠点「ICT KŌBŌ®」による地方創生型DX戦略

TOPPANデジタルの独自性を象徴するのが、2020年、当時の凸版印刷 DXデザイン事業部の頃から継続展開している「Borderless Innovation事業」だ。次世代DX開発拠点としてサテライトオフィス「ICT KŌBŌ®」を全国5地域(長野県飯綱町、沖縄県うるま市、福岡県大牟田市、広島県廿日市市、北海道函館市)で開設し、同事業を展開している。

「この取り組みには、①地域で働きたい人財、及び地域からの人財流出を減らしたい自治体・地元意向に応える雇用創出、②主に東京で受注したシステム開発案件の効率的なニアショア開発、③地域の課題をDXで解決する新事業創出、④地域の力をデジタル技術で強化するための人財開発・教育支援、という4つの側面があります。エンジニアが地方の課題を直接肌で感じる中で、新たな事業機会を発見しています。仕事の6-7割は東京から来たニアショア開発業務ですが、3割ぐらいは現場から直接得られる情報とTOPPANグループのノウハウを基に、地域の課題解決に取り組んでもらっています」。

一例として、長野県飯綱町では自治体と協力し、山間部を含めたまち全体にセンサーネットワークを敷設して、河川の氾濫や積雪の状況監視などを行っている。それら様々な取り組みの結果、2023年度グッドデザイン賞、ならびに2023年度地方創生テレワークアワード(地方創生大臣賞)の「離職防止、地方人材の採用・育成、ワーケーション推進」部門賞を受賞している。技術と現場の融合による新たな価値創出の好例と言える。

H2_00014
ICT KŌBŌ® IIZUNA

NAVINECT, LOGINECTで実現した100億円事業創出

TOPPANデジタルがIoT・自動認識関連で創出してきた事業は、同社の実践的な構想力を示している。製造DXソリューションビジネス「NAVINECT(ナビネクト)」は、自社の生産工場で20年以上安定運用を行ってきた自社開発システムをパッケージ化して外部に提供するもので、製造現場のDXに特化したグループウェアとして、豊富なアプリケーションとデバイスを柔軟に組み合わせて連携することで、多様なニーズに応えるDX推進支援を実現している。

また、物流DXソリューションビジネス「LOGINECT(ロジネクト)」は、入庫・仕分け・ピッキング・出庫といった一連の倉庫業務の効率化に関わる倉庫DXと、配送の可視化やトレーサビリティに関わる配送DXのサービスを、ソフトウェア、ハードウェア、運用や保守といった業務代行支援の面から総合的にサポートしている。

「これらの事業は共通して、柔軟性と拡張性という優位性を持ちます。自動化・ロボット化へのステップとして、人作業とシステムを柔軟に組み合わせることで、顧客企業に最初から大きな投資を求めることなく、段階を踏んだ導入を可能にしているのです。この優位性に加え、広報戦略やM&A戦略が奏功し、自動車、半導体、医療・医薬業界などで実績を拡大し、まったくの無名からこの6年間で100億円規模の事業にまで成長しました」。

navinect2
製造DXソリューション「NAVINECT(ナビネクト)」

現場1,000件ニーズから始まったAI全社展開の実際

対外的なDX化に伴い、社内環境の高度DX化も必須となった。2024年11月、AI技術の目覚ましい進化により、業務の圧倒的な合理化や事業の付加価値化が可能な段階に至ったと判断し、社内により深く広くAI活用文化を浸透させるべく「全社AIプロジェクト」が発足した。発足当初は柴谷氏がプロジェクトリーダーを務め、主要事業部及びコーポレートの約20部門にテーマ推進リーダーを設置。さらに2025年4月にはホールディングス内に「全社AI推進室」を新設し、プロジェクトの推進力を強化した。

「これまでは各部門が個別にAIを選定して活用し、自主的に活用したい人材が習得する形でAI技術をバラバラに導入してきました。しかし今後は、『使いたい部署・人が使う技術』ではなく、『経営層から現場従業員まで、社員全員が日常的にあたりまえに使う技術』としてあらゆる業務プロセスのAI-Firstを推進します」。

プロジェクト活動のテーマ設定では、AI活用に関し現場から1,000件以上のニーズを吸い上げた。そして全社共通で使えるテーマや部門横断で共通するテーマなどを集約し、汎用性の高い機能については、2025年6月までに全社で利用可能な標準環境を整備した。

尤も、現場からのボトムアップだけでなく、トップダウンで取り組むテーマ設定も重要だという。「現場の意見聴取では、大半が問い合わせ対応のAIチャットボットやAI議事録など似通ったものばかりでした。現場の意見は当然重要ですが、反面、その個人や部署という狭い視野での意見が多くなります。部門を横断した全社の俯瞰的な視野でテーマを設定する必要があると考えています。」

多様なレイヤーの意見を基に、積極活用・セキュリティ保護を含む攻防一体のAI活用促進に勤しむ。

AI技術進化への対応とデータ整備構想

全社AIプロジェクトでは、TOPPANグループの内部事例から生じたDX事例を基に事業創出するなど、既に具体的な成果も多数生まれている。一例を挙げると、マーケティングDX領域では、2025年5月には「生成AI管理基盤」を開発し、マーケティング領域のあらゆる業務プロセスにAIを統合することで生産性を向上させる支援サービスの提供を開始した。

今後の事業展望としてTOPPANグループが特に重視するのが「データ整備」だという。

「AIを最大限に活用するためには、その前提として、AIが処理しやすい構造化されたデータの整備が不可欠です。これに対応すべく『アノテーションラボ』を設立し、データの構造化やタグ付け、関連するアプリケーションの開発を進めています。」

整備されたデータの維持・更新が今後のTOPPANグループの競争力になるという長期視点での投資が継続している。

2026年統合で目指す新たなビジネスモデル変革

TOPPANグループのDX構想は、2026年4月の大きな節目を見据えている。IoT・自動認識関連事業や次世代サイバーセキュリティ関連事業が軌道に乗ったことを踏まえ、「出島」組織を発展的に解消し、TOPPANデジタルを含むHD傘下の主要3事業会社を統合する予定だ。

「HD傘下の企業を統合し、そしてこれらを横断的に連携させることでグループシナジーを一層発揮し、ビジネスモデルの更なる変革を目指します。」

また人材育成では、単なる「AIを使える人材」の育成ではなく、「AI時代に進化し続けられる人材」の育成を目標としているという。

「全社AIプロジェクトを通して、受注型産業である印刷業ゆえの受動的な文化の変革にも寄与することを目指しており、主体的に業務のあり方を変えていく思考へと転換していけるよう、経営者・幹部向け教育から全社員対象の基礎・実践講座まで体系的に実施しています。」

本質的にはAIと共にどう会社を良くしていくかの議論と行動を推進していく、技術導入を超えた組織変革への意志が、同社の構想を支えている。印刷業界という伝統的な産業から出発したTOPPANグループのDX事業構想は、既存事業の危機を成長機会に転換する企業変革の実例だ。「出島」から始まった6年間の挑戦は、AI全社展開と2026年統合を通じて新たな段階へ進んでゆくのだ。

bustup

柴谷 浩毅 氏

TOPPANデジタル株式会社 取締役副社長執行役員

1988年 凸版印刷株式会社入社。ICカードなどセキュア事業部門での営業、事業戦略部長を経て、情報コミュニケーション事業本部事業戦略部長、中部事業部事業戦略部長を歴任。2014年より経営企画本部で、トッパングループ事業領域や全社DX戦略の策定に従事。2020年 全社でDXを本格推進させるために新設されたDXデザイン事業部の事業部長を経て、2023年 TOPPANグループのホールディングス化にともない発足したTOPPANデジタル株式会社の副社長に就任。