“支える”から“創る”へ、水インフラの転換点

老朽化、人口減、激甚化、脱炭素――社会課題が交差する水インフラに、民間は何を成すべきか。水ingは「支える」から「創る」へ。DX・官民連携・防災で転換点を迎える。同社の現在地と次の一手を、水ing株式会社 代表取締役社長 安田真規氏に伺った。

0821swing_070
安田 真規(水ing株式会社 代表取締役社長)

水インフラの現在地
支えるから創るへ

上下水道の整備は日本の公衆衛生と環境改善を支えてきたが、施設の老朽化、人口減少、災害の激甚化、脱炭素・循環型経済への移行など、社会構造の変化が重なり、従来の延長線では持続可能性を保てなくなっている。水ingは、浄水から下水、再び自然へ戻すまでをトータルに担い、良質な水を安定して供給することを使命としてきた。その根底にあるのは「水を通じて社会に貢献し続ける」という理念である。水ingグループ一体となり、設計から運転管理、事業運営までを一貫して最適化している。民間の役割は、公共が積み上げてきた運営経験に、民の経営・技術ノウハウを重ね、限られた財源と人材のなかで“持続の解”を提示することにある。水ingは、「支える」企業から、制度・運用・技術を組み合わせて「創る」企業へと進化し、転換点を迎えている。

同社の技術的起点は、1931年の水道用急速ろ過装置・国産第1号機の納入に遡る。戦後の1956年には、米インフィルコ社との折半出資により荏原インフィルコ株式会社を設立し、世界水準の水処理技術を導入。これが現在の水ingに連なる技術体系の礎となった。1966年には、サイフォン式急速ろ過設備第1号機を納入。高い省エネルギー性と運転効率で全国に普及し、今日に至るまで同社を代表する設備のひとつとなっている。現在は“水ingバリュー”を全社員の共通規範とし、2030年に向けて①水から広がる循環型インフラ、②地域多様化への対応、③災害に強い基盤という三つの貢献分野を定めている。これらは、設計・建設・運営・更新を貫く意思決定の指針である。

現場DXが導く

3割省力の運営革新

社会構造が大きく変わる中で、水ingは複数の事業で新たな転換期を迎えている。その最前線にあるのが、デジタルの力による現場革新だ。

水ingは、維持管理現場の効率化を目的とするICTサービス「SWN(Swing water net)」、運転データの収集・可視化・分析を担う情報プラットフォーム「SWaC(Sustainable Water Cloud)」を中核に、全国約300カ所のオペレーションを連結する。タブレット点検、設備管理台帳、遠隔監視を標準化し、画像判別AIや異常検知、運転支援の機能を段階的に拡充。現場の気づきが即座に全体へ反映される“学習する運営”を実装している。
また、ストックマネジメントに電子台帳と故障履歴を紐づけ、同種施設のデータ横断から“先手の保全”を設計。点検・判断・手配の分業最適化により、まず30%の省力化を全社目標に掲げる。設備設計の段階でも、監視・保全を前提に機器配置を再設計し、中央監視での見える化と遠隔介入を前提とした“運転しやすい施設”へ改める。属人的な巡回と経験値に依存してきた作業を、データ駆動で再現可能な手順へ落とし込み、技術継承の速度と品質を同時に高めている。
省力化の鍵は“現場発”にある。各エリアで水質・機械・電気の専門人材を束ねる支援チームを設置し、管理事務所の課題を横断的に解く体制へ転じる。属人化しがちな運転や修繕の判断を、データ基準と共通ツールで揃え、エリア再編も視野に入れて組織の最適スケールを模索する。全国で培った知見が、似たタイプの施設や別地域のプロジェクトへ迅速に移植されることで、投資配分の合理化とダウンタイムの最小化が両立する。

SWNandSWaC
SWaC概念図

委託から共創へ転換
守る防災から攻めへ

その上で、水ingは価値の転換に挑んでいる。その一つが、官民連携事業である。
水道法改正を背景に、水ingは自治体と共に運営する仕組みを広げてきた。広島県との「水みらい広島」はその象徴であり、指定管理を起点に、周辺自治体への提案や他地域の案件参画へと役割を広げている。出向人材で立ち上げ、現地採用と育成へ移行しつつも、一定の専門職は継続して派遣し、公共の安心感と民間の機動力を両立させる。
さらに、共同事業体(JV:ジョイントベンチャー)の形で、新たな官民協働も進んでいる。横須賀市では、24時間365日で市民からの通報(年間約2,000件)を受け、調査・工事手配・報告等までを民間JVが担う取り組みを開始。半年のプレ運用で体制を磨き、本格稼働後は上流・下流工程の受託可能性も見極めている。今後のウォーターPPPでは、オペレーション、設備更新、埋設管対策などを複数社のJVで統合し、自治体の“やりたいこと”を基点に提案の精度を上げることが鍵となる。

さらに現在、事業の軸の1つとして「防災」がある。水ingは2025年度、災害対策室を新設し、従来の被災後復旧中心の“守る防災”から、事前配備と機動展開の“攻める防災”へ舵を切った。能登半島地震では、出資先のWOTAと連携し、断水下でのシャワー浴を可能にするポータブル水再生システム「WOTA BOX」を提供し、設置・運営も支援した。さらに、日量千トン級・百トン級の可搬式浄水設備、給水車、小型ユニット等の装備をR&D拠点や地域会社に分散配備し、全国の協力企業と緊急時の輸送・人材動員ネットワークを整える。防災を“危機対応”から“地域レジリエンスの設計”へ拡張する動きである。
共創モデルの意義は、単なる外部委託の置き換えではない。自治体の採用難・技術継承の難しさを補完しつつ、料金徴収や広報、市民対応など周辺業務も含めて“事業としての運営”を再設計できる点にある。たとえば第一環境との協業により、運転・保守から料金領域まで連続したサービスとして提供できる。また、ウォーターPPPでは、管路など手が付けにくい領域に民側の改善案を織り込み、公共投資の優先順位を再整理することが求められる。そこでは、提案のための提案ではなく、自治体が本当に解きたい制約条件を見極める“課題オリエンテッド”の姿勢が問われる。

西日本豪雨MMH対応
西日本豪雨当時の様子と水みらい広島による災害復旧対応の様子

水から街を設計する
資源循環と分散化

安田社長が目指すのは、“水”を起点に、街全体をどう設計していくかという視点である。安田社長は「浄水場は、あるべき場所につくることが理想」と語る。標高や地形の特性を踏まえた施設配置によって、送配水のための動力を減らし、自然の位置エネルギーを活かす設計を重視している。川崎市の浄水場のように、地形を生かして水を流す仕組みをつくれば、ほとんど動力を使わずに配水が可能だという。こうした考え方を広げ、エネルギー負荷の少ないインフラ設計を各地域に応じて構築していくことが、これからの街づくりの要になる。

一方で、これからの社会では水質リスクの高度化や新たな有害物質への対応も避けられない。社長は「PFAS(有機フッ素化合物)の問題が象徴的」と指摘する。将来の規制や基準値の変化を見据え、活性炭などの処理方式の検証を進めている。技術の導入だけでなく、運用面での柔軟さや費用対効果も踏まえ、地域に最適な仕組みをつくることが重要だと語る。

水ingは、全国で積み上げた運転管理の知見と、新たなデジタル基盤を組み合わせ、地域ごとの環境や社会条件に応じた水インフラを提案していく。2025年8月1日の水の日にはブランドメッセージ「水の先をつくれ。」を掲げた。水をつくり、浄化し、再び自然に返す。その循環の中に、エネルギーや環境、地域の経済までも結び付けながら、「水を通じて社会に貢献し続ける」という理念の深化を見据えている。