国家プロジェクト「AIホスピタル」が拓く未来の医療

国家プロジェクトとして2018年に開始された「AIホスピタル」の構築。AI活用による医師・病院業務の効率化や人的ミスの削減によって、医療の質の向上を目指す取り組みだ。企業・医療機関・医師会の連携によってさまざまな成果が生み出されている。

AIホスピタル成果発表シンポジウム2022の模様(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の中村祐輔理事長)

AIで効率化・ミス削減
思いやりに満ちた医療へ

内閣府が推進する戦略的イノベーションプログラム(SIP)の第2期(2018~2022年度)において、12プログラムの1つとして進められている「AIホスピタル」。AI、IoT、ビッグデータ技術を用いた「AIホスピタルシステム」を開発・構築して、高度で先進的な医療サービスの提供と、病院業務の効率化(医師や看護師の抜本的負担軽減)を実現し、社会実装することが目標だ。2022年12月には開始から4年半の成果を報告するシンポジウムを開催した。

医療AIプラットフォーム技術研究組合は医療AIサービスを提供するプラットフォームを開発、クリニック等への提供を目指す

プログラムディレクターを務める国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の中村祐輔理事長は、「高度で先進的かつ多様な個別化医療を患者に届けるために、医療従事者の負担がどんどん大きくなっています。医療の質を保ちつつ現場の負担を軽減するためにAIホスピタルがスタートしました」と述べる。

「AIやデジタルが入ると医療現場が冷たくなるのではないかという懸念を多くの方が持つでしょうが、決してそうではありません。投薬ミスや検体取り違えなどの医療現場における人的ミスを減らすことができますし、診察や検査待ち時間の最小化もできます。最も大切なのは医師が患者さんの目を見て対応できるようになること、つまり人間関係をより重視した医療が実現し、患者さんの満足度を高めることができ点です。AIは、人が時間や心のゆとりを取り戻すために必要なものであり、AIホスピタルによってEmpathy(思いやり)に満ちた医療を取り戻すことがゴールです」

開発技術を医療現場に実装

本プロジェクトはサブテーマA~Eに分かれ、連携しながらAIホスピタルシステムの開発を行っている。

サブテーマAは、セキュリティの高い医療情報データベースの構築と活用。個人情報保護への配慮やサイバー攻撃への防御等を十分に織り込み、マルチ言語対応も備えた、臨床、画像、病理、生化学検査等の情報などからなる医療の構築を図っている。

大きな成果のひとつが、「医療用語集」の作成だ。医療現場で使われる難解な医療用語は自然言語処理が難しかったが、AIホスピタルでは医療に特化した42万用語の辞書を作成、万単位の医薬品や治療法も辞書登録し、高い精度で話し言葉をテキスト化することを可能にした。これにより、医師の発話をAIが判別することによるカルテ自動入力や、用語集を用いた処方内容チェックによる薬剤誤投与等の人為的ミス削減システムなどへの活用が期待される。

サブテーマBはAIを用いた医療現場向けスマートコミュニケーション技術の開発。診療時の記録作成やインフォームドコンセントにAI を活用して、患者の満足度向上や医療従事者の負担軽減を目指す。また、診断から最適治療の選択を支援する医療用AIプラットフォームの開発も行う。サブテーマCは患者の負担軽減やがん等の再発の超早期診断につながるシステムの開発で、AI 技術を応用した血液等の超精密検査や、内視鏡AI操作支援技術を開発している。

サブテーマDは、医療現場におけるAIホスピタルの実証で、小児・周産期病院や慶應義塾大学大学病院などの大規模医療機関で、サブテーマA〜Cで開発された技術等を実装し、AIによる診断・判断システムの学習などを行い、利便性の高いシステムの構築を図る。

例えば小児・周産期病院では、救急搬送中の処置内容のスマホへの音声入力と電子カルテへの移行、AIを活用した小児がんの診断支援システムや稀少疾患診断支援システム、AIを用いた視線計測によるASD(自閉症スペクトラム症候群)早期診断システムなどを実装。稀少疾患診断では、それまで診断出来なかった希少疾患の臨床症状・所見をシステムに入力することで、患児11%に最終診断が確定したという。そしてサブテーマEでは、AIホスピタルの研究開発に係る知財管理を行っている。

社会実装に向けて加速

AIホスピタルの出口は、基幹病院からクリニックまでに利用可能なAIホスピタルパッケージの実用化や、AI医療機器の実用化、患者との対話と医療現場の負担軽減を両立するAIシステムの実装化などだ。社会実装に向けては、2021年にAIホスピタルプロジェクトに参画する企業を中心に「医療AIプラットフォーム技術研究組合」が発足。医療AIサービスをメニューとして一元的に提供するポータルシステムの開発などを進めている。小さなクリニックでも医療AIサービスが自由に使える時代がもうすぐ訪れようとしている。

「日本の医療はシステム的に疲弊していて、企業が新しい技術を開発しても医療現場にはなかなか届きません。ですから私は、AIホスピタルを推進するにあたって、企業・医療機関・医師会の連携および情報交換に最も留意しました」と中村氏。

「プログラムの大きな特徴は、日本医師会に協力頂いていることです。日本の医師の半数以上、17万人強が会員である日本医師会の協力がなければ実装は不可能です」。日本医師会はAI技術・機器の普及に向けてAIホスピタル推進センターを設置、「非常にエポックメイキング」と中村氏は言う。

「AIホスピタルプロジェクトの目的は、高度で先端的な医療の提供と医療従事者の負担軽減を両立させること、そして、いつでもどこでも誰もが質の高い医療を受けられることです。医療機関と企業、医師会の協力のもと、『本当に使えるAIを』という考えでプログラムを進めてきました。5年前に私が考えていたよりも遥かに高い到達点に来ています」

なお内閣府は2023年度から実施予定の次期SIPの対象課題候補のひとつとして2022年5月に「統合型ヘルスケアシステムの構築」を選定している。本テーマでは、「医療データが作り出すサイバー空間」と「医療者と患者が診療・療養で経験する実体空間」が融合した「医療デジタルツインによる新しい医療スタイル」を構築し、いつでも、どこでも、だれでも、質の高い医療・ヘルスケアのサービスを利用できるシステムを実装することを目標に掲げており、2022年度にフィージビリティスタディが進められている。日本の医療のさらなる進化に向けた期待が集まる。