スマートセル産業の集積地へ 西日本唯一認定のバイオコミュニティ

ヘルスケア・バイオ産業の集積は、地方創生の実現に向けた重要な取り組みである。福岡県・久留米市が推進する「福岡バイオコミュニティ」は内閣府の選定する地域バイオコミュニティに選定され、ゲノム編集の産業化などの新たな取り組みに着手している。

福岡バイオコミュニティは創薬と食品を柱に研究開発を促進
(福岡バイオインキュベーションセンター)

政府は2020年6月に「バイオ戦略2020」を策定し、2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現するため、新型コロナウイルス感染症対策に係る研究開発等の推進や、地域バイオコミュニティの形成に取り組んでいる。現在4か所の地域バイオコミュニティが認定されているが、西日本で唯一認定されているのが「福岡バイオコミュニティ」だ。2022年1月には都内でシンポジウムを開催、取り組みや成果を発表した。

治験用ワクチンの製造拠点を誘致

「福岡県・久留米市は、2001年より福岡バイオバレープロジェクトを推進し、創薬と食品を柱に研究開発の促進やベンチャーの育成に取り組んできました。当初30社程度だったバイオ関連企業は現在では243社に達し、機能性表示食品の届出受理件数では福岡は全国3位になっています。2021年6月に内閣府から地域バイオコミュニティの第一号として認定されたことで、国の各種施策を最大限活用することが可能となり、一層の推進にむけた母体として2022年度に福岡バイオコミュニティ推進会議が発足しました」と、福岡バイオコミュニティ推進会議会長の西村慶介氏(キリンホールディングス代表取締役副社長)は述べる。

福岡バイオコミュニティ推進会議には産業界・行政・大学・金融機関など728会員が参加する。九州大学名誉教授の久原哲氏は、福岡バイオコミュニティの強みとして、「オープンラボ、ネットワーク、研究開発環境、事業開発支援」の4つを挙げる。特に研究開発環境は、ゲノム編集の国産化プロジェクトを推進する九州大学や、医学部に強みを持つ久留米大学と包括連携協定を結んでいるほか、福岡県生物食品研究所や久留米リサーチ・パークなどの研究機関・研究プラットフォームが整備されている。

2022年には、創薬ベンチャーのVLPセラピューティクス・ジャパンが、自社で開発中のワクチンの製造拠点を久留米リサーチ・パークに設置することを決定。同社創業者代表の赤畑渉氏はNIH (米国国立衛生研究所)出身で2013年にVLPセラピューティクスを米国で設立し、がん・マラリア・デング熱のワクチンの開発を推進。日本では自己増殖RNA技術を用いた新型コロナの国産ワクチン開発を進め、現在臨床試験段階にある。

2022年にはVLPセラピューティクスのワクチン製造拠点を誘致
(写真はイメージ)

赤畑氏は「日本にはワクチン開発の種を前臨床段階から臨床試験に移行させるためのプロセス開発力や小規模・多品種に対応できる国内製造能力が不足しており、新型コロナ国産ワクチン開発の遅れの要因の一つになっていました。久留米プロジェクトを通じて自社治験用ワクチン製造を国内で内製化するとともに、外部の小規模生産ニーズに応える製造受託も行い、日本のワクチン開発の種を育て世界へ展開することに寄与する拠点を目指します」と話す。

ゲノム編集産業化実証ラボを開設

次世代創薬、再生医療、スマートセル、機能性表示食品の4分野に注力し、順調に産業集積を進めている福岡バイオコミュニティだが、一方で課題も存在する。「九州大学などの研究機関の科学的基盤を基にスタートアップ企業を多く創出していますが、企業の成長を支える資金調達等の仕組みが不完全でした。また、社会的課題の解決を目指すリーディングカンパニーが育成されている中、関連バイオ企業の集積が必要になっています」(久原氏)

こうした課題に取り組むために、福岡バイオコミュニティではさまざまな挑戦を始めている。

2022年4月に始動したのがアクセラレーションプログラムだ。福岡県内で医薬・ライフサイエンス分野で社会実装を目指す研究者およびスタートアップを支援するもので、社会実装に向けた教育プログラム、研究成果やビジネスプランの専門家によるブラッシュアップ、投資家との接続までを行う。起業から事業化まで切れ⽬のないベンチャー⽀援によって、スタートアップ企業の増加を図る。

また、ターゲット市場領域においてコミュニティの中核となり得る企業(事業)の成長加速を支援するための「リーディングプロジェクト」を開始。次世代創薬や再生医療、機能性表示食品分野で、ベンチャーから中堅企業まで17社を選定し、研究開発の支援と同時に資金獲得も支援する。すでに成果が出始めており、支援対象の1社である九州大学発スタートアップ企業のフェリクスは、2022年9月に三菱 UFJ キャピタルなどから3億円の資金調達を実施。同社は眼、神経、新生児領域の低分子医薬品を開発しており、調達した資金によって早期臨床試験入りを目指す。

さらに、革新的な技術開発を集中的に支援する「プラットフォーム事業」を開始。医療上必要性が⾼いオーファンドラッグのリーディングカンパニーの育成を⽬指す「オーファンドラッグプラットフォーム」と、九州大学が開発した国産ゲノム編集技術を活⽤した研究開発基盤を提供する「ゲノム編集産業化プラットフォーム」に着手した。

九州大学の国産ゲノム編集技術を活用し、
スマートセル産業の集積を目指す

後者については2022年10月に久留米リサーチ・パーク内に「福岡バイオコミュニティ ゲノム編集産業化実証ラボ」を開所。ゲノム編集技術で全国的に注目を集めている九州大学の中村裕崇教授と連携し、福岡バイオコミュニティ推進会議会員を対象に、ゲノム編集に関する相談を無料で提供するほか、ゲノム編集を利用したモノづくりの試験研究や実証試験を支援する。

2022年10月には「ゲノム編集産業化実証ラボ」を開所
(福岡県庁HPより)

ゲノム編集は品種改良の期間を5分の1程度に短縮できる生産性革命技術であり、植物や魚などさまざまな生物に利用可能。日本では高GABAトマトや肉厚真鯛・ふぐが認可を取得しており、厚生労働省や環境省による規制緩和も進む。

中村氏は「小さな会社、小さな市場規模の作物でもゲノム編集の利用が現実的になっています。実証ラボではゲノム編集利用におけるツールのライセンスや実験施設利用などのハードルを低減させ、ゲノム編集による新品種作出とスマートセル産業の活性化を目指します」と意気込む。

中村氏は実証ラボでは“明朗会計”にこだわったと言い、標的遺伝子の調査からゲノム編集ツールの構築、実験系の確立、編集、実用化支援などのメニュー毎に利用金額を明示、「ゲノム編集が初めての方でも安心して利用できるようにしました」という。ゲノム編集は欧米が先行しており、技術ライセンス料の高さなどが課題になっていた。国産編集技術を適正価格で利用できる実証ラボの立ち上げにより、福岡がゲノム編集ビジネスのメッカになるかもしれない。

経済産業省は、世界のバイオ産業の市場規模は2026年まで年平均成長率 7.0%で拡大し、中でも医薬・健康分野の市場規模は2019年から2026年に約 1.7 倍に成長すると予測している。福岡バイオコミュニティの産業集積に向けた取り組みに期待が集まる。