田渕石材 庵治石の産業と文化を未来へつなげたい
140年以上続く田渕石材は香川県が誇る庵治石産業の一角を担う老舗企業だ。その6代目を承継予定の田渕恭平氏は衰退する石材業界に新風を吹き込もうと、従来の墓石・灯籠販売だけでなく、ファッションやライフスタイル分野へ石材の新たな価値を提案する「TABUCHI」ブランドを立ち上げた。
田渕恭平 田渕石材株式会社 6代目
(名古屋校12期/2024年度修了)
地域の伝統産業である
庵治石が危機的な状況に
四国本土の最北端に位置する香川県高松市庵治町。この地で採掘される「庵治石(あじいし)」は細やかな粒子と美しい斑(ふ)模様を持つ高品質な花崗岩で、「花崗岩のダイヤモンド」と称されるほど高く評価される日本最高級石材。
1883年創業の田渕石材は、高松藩主だった松平家が管理していた山から採掘する権利を持つ8社のうちの1社で、採石場「大丁場(おおちょうば)」から石を採石して石材の加工業者に販売している。主な用途は墓石や灯籠、建築資材などだ。しかし、石材業界を取り巻く環境は厳しい。庵治石を扱う石材関連業者は最盛期には500社ほどあったが、現在は200社程度に減少。10年後には2桁になると予測されている。田渕石材6代目を承継予定の田渕恭平氏によれば「お墓や建築の需要があって初めて注文が入るので、安定的な収益を見込むことが難しいビジネスモデル」なのだ。
「経営状況が良くないこともあって、父は私に『好きな仕事に就いていい』と、事業承継には消極的でした。でも、幼いころから祖父母に『大きくなったら継ぐんだよ』と言われて育ってきましたし、田渕石材の仕事は自分にしかできませんから、家業を継ごうと決めました」
現在は田渕氏の父親の社長を含め、社員は6名。田渕氏を除けば平均年齢は50代後半と、若い世代が育っていない。採石業は重機や爆薬を操る力仕事だが、石の目を見極める繊細さも必要だ。良質な石を切り出せるかは職人の目利きにかかっており、その伝統を絶やせば取り戻すことが難しくなる。後継者不在で廃業を選ぶ同業者も多く、「業界全体が存続の危機に直面している」という。
消防士から経営者へ
MPDでの研究と変革
田渕氏は大学進学を機に名古屋市に転居し、そこで名古屋市消防局に就職して2年半勤務した。消防士を選んだのは小学校卒業のころに見た東日本大震災の映像が心に残っており、困っている人を助ける仕事に魅力を感じたからだ。その時点では家を継ぐと決めていなかったが、徐々に家業の将来を真剣に考えるようになり、まずは経営の知識を得ようと、2023年に事業構想大学院大学(MPD)に入学した。
「消防士は売上や数字が全くない世界なので、最初はアジェンダとかサプライチェーンとか、カタカナ用語がわからず毎回検索していました(笑)。1年目は仕事を続けながら通いましたが、消防士は勤務時間が長い仕事なので両立が難しく、2年目からMPDに専念しました」
2年間で特に印象的だったのは事業承継を専門とする丸尾聰教授の講義だ。「事業承継者同士がリアルを赤裸々に話す研究環境には気づきが多くありましたし、丸尾先生の厳しくも温かい指導が心に残りました」と、田渕氏は振り返る。また、同期からも多くの刺激を受けており、とりわけ経営実績の豊富な藤井政規氏からは「経営者としての考え方、行動力、やるべきこと・やらないことを学ばせてもらった」という。
事業構想計画書は当初、石材の販路拡大など既存事業の延長線上で考えていたが、主指導教員の竹川享志教授に「やりたいことを叶えるためのプロセスが違いすぎる」と指摘を受けた。試行錯誤の中でようやく生み出したのが、石材に新たな価値を付加するコンセプト「石のある暮らし」だった。
ファッション×石材
新ブランド「TABUCHI」
2025年春にMPDを修了した田渕氏は香川県に戻り、構想を実現すべく「TABUCHI」ブランドを立ち上げた。事業構想計画書では「ISHI IRO」という名称を掲げていたが、140年以上を誇る自社の歴史と庵治石にまつわるストーリーを伝えやすいとの考えから、自身の苗字を全面に打ち出すこととした
革新的なのはアパレル展開だ。実は服飾好きな田渕氏の母親が、石の模様を織りで再現したファブリックを作っており、田渕氏はそこに着想を得て庵治石の特徴的な斑(ふ)模様をあしらったネクタイやシャツ、さらにiPhoneケースまで製作している。
庵治石の特徴的な斑模様をあしらったスーツ一式
庵治石を使ったハンガーラックや店舗什器を開発
iPhoneケースやアクセサリーなども展開
「石の視覚的要素を活かしたアパレルは他になく、身に着けているといろいろな方に声をかけていただけます。石に関連する雑貨ではコースターや箸置きなどが一般的で、誰もやっていないファッション分野はまさにブルーオーシャンです」
2025年9月には東京都渋谷でポップアップストアを開催。7月末から始めたInstagramはフィード投稿を中心に展開し、最も反響があった動画は6.7万回再生(9月末時点)と、今後のさらなる伸びに期待がかかる。また、名古屋造形大学との産学連携プロジェクトも始動し、若い世代の視点から「石のある暮らし」を提案してもらっている。
「渋谷ではネクタイなども展示しましたが、その拡販が目的ではなく、アパレル展開はあくまで広報活動という位置付けです。本命は庵治石を使ったハンガーラックや店舗什器。今までにないアイテムを提案することで、ファッション業界という新たな市場を開拓し、10年後には平均年齢30代の会社になっていたいと思っています」
承継者として採石の現場仕事も学んでいる