島根県・丸山達也知事 人口減少に打ち勝ち、笑顔で暮らせる島根へ

人口数が全国46位で、全国に先駆けて人口減少が進む島根県。丸山達也知事は2019年の知事就任以降、全力で人口減少対策に取り組んできた。策定中の「第2期島根創生計画」では、「人口減少・東京一極集中は国の総力を挙げて取り組むべき課題」として織り込み、政府にも働きかけていく予定だ。

丸山 達也(島根県知事)

豊かな国民生活の実現が
人口減少を食い止める

――2024年度は、2020年から取り組まれてきた県政運営の最上位計画「島根創生計画」の最終年度に当たります。同計画におけるこれまでの成果や、今後への課題についてお聞かせください。

「島根創生計画」では、2つの数値目標を掲げました。1つは合計特殊出生率を2.07にすること。もう1つは、人口の社会移動の均衡です。これらは長期での実現を目指しており、この5年間の計画では一部改善を目標に、さまざまな取組を実施してきました。しかし、2023年の合計特殊出生率は計画の1.84に対し実績は1.46でした。2024年の社会移動による転出超過(人口減少)は、計画の311人に対し実績は1110人と、いずれも計画を大きく下回っています。

2024年6月に実施した県民意識調査では、結婚をためらわせることがあると思うと答えた独身者のうち56.6%がその理由として「結婚後の生活資金」と回答しています。また、「理想的な子どもの数より実際の子どもの数が少ない理由」として、39.8%の方が「子育てや教育にお金がかかりすぎる(かかりすぎた)」と回答しています。つまり、子どもを育てることに対する負担が以前より増しているということです。

高校の無償化などは、子どもを持った後の話です。まず子どもを持とうと思えるようにするには、国民の生活を豊かにする必要があります。税負担が上がり、物価も上がる。それを上回る賃金上昇を実践できているのは一部の大企業のみで、従業者全体の約70%を占める中小企業では、実質賃金が下がっています。これでは大企業が集積する都心に人が流れるのは当然で、東京一極集中はますます加速するでしょう。

2023年の合計特殊出生率が全ての都道府県で低下していることからも、人口減や社会移動は県や市町村が個別で対応できるレベルの課題ではありません。日本社会全体で危機意識を持ち、国民の生活を豊かにするべく日本の政治で改善していかねばならない問題だと考えています。

第2期島根創生計画には
政府への働きかけを盛り込む

――現在、2025年度から開始となる「第2期島根創生計画」の策定を進められています。どのようなビジョンや新たな取組をお考えですか。

第2期島根創生計画では、子ども医療費助成について、市町村と連携し、これまでの中学生から高校生相当年齢まで拡充したいと思っています。また、深刻な人手不足については、たとえ出生率を上げることができても労働人口が回復するには時間がかかりますので、労働人口の減少が進むことを想定した産業体制づくりが必要です。本県では、人手不足に対応するための省力化投資への支援を本格的に行っていきます。

しかし、先述の通り、合計特殊出生率や人口減少の問題は国家的課題です。第2期島根創生計画では、税制の見直しなどによる東京一極集中の是正、急激な物価高騰の要因である行き過ぎた円安の是正、物価上昇に負けない賃上げのためのコスト上昇分を価格転嫁できる取引環境の整備など、大胆で戦略的な政策を政府に求めていくことを盛り込みたいと考えています(図)。

図 策定中の「第2期島根創生計画」において検討している計画の構成

出典:島根県

 

島根大学材料エネルギー学部新設
産学官連携で最先端の研究を

――産業振興においては、どのような施策に注力されていますか。

県東部には特殊鋼産業、農業機械・鋳物関連企業が、県西部には窯業、木材関連企業が集積し、地域の主産業となっており、こうした産業を底上げしていくことが重要です。さらに、今後は、国内市場の縮小や働き手不足、エネルギー・原材料の高騰などの厳しい環境の変化に加え、脱炭素化等にも対応していかねばなりません。

県では、グリーン・環境分野、ヘルスケア分野、次世代モビリティ分野を成長産業に位置づけ、県内企業の参入を促す取組を2023年度より始めていますが、こうした企業の中核を担える人材の育成も重要となります。

こうした中、島根大学では高度な専門知識を身に付けた人材の育成等を目的に、2023年4月に工学系新学部「材料エネルギー学部」を新設されました。県では、この学部において県内企業の中核を担う人材が育成されるよう、県内企業と教員・学生の交流拠点整備や県内企業との共同研究の支援、研究機器の整備支援等を行っています。

また、高い付加価値を生み出すIT産業は働く場所を選ばず、小規模でも進出可能であり、若者に魅力的な職場としてUターン・Iターンの受け皿となりえると考えています。IT人材は全国的にみても不足しています。出雲市ではIT企業が「チーム出雲オープンビジネス協議会」を設立し、高校や専門学校におけるIT人材育成支援を行っており、市内IT企業への就職につながっています。加盟企業間で協力して安定した人的リソースを確保する体制も構築されており、県外からの企業進出も増加しています。

IT人材は、IT企業に限らずDXが進むあらゆる業種で必要とされることから、引き続き、県内IT企業との連携のもと、小学校から高校・大学まで幅広く、段階に応じた育成に取り組みます。加えて、県外IT人材の県内転職への促進、IT専門人材の育成などを進めるとともに、IT関連企業の誘致に積極的に取り組んでいきます。

豊かな自然や歴史、温泉の魅力で
インバウンド誘客

――島根県の観光産業の現状や、観光振興のための施策についてお聞かせください。

島根県には、出雲大社や石見銀山などに代表される歴史・文化、隠岐のユネスコ世界ジオパークなどの雄大な自然、日本遺産や石見神楽などの伝統芸能、玉造温泉や美又温泉など約60箇所の温泉など、豊富な観光資源があります。コロナ禍で宿泊事業者は大変厳しい環境に置かれましたが、そうした中でもコロナ後を見据え、施設改修などにより、売上増を目指す高付加価値化を積極的に進めてきました。現在宿泊者数はコロナ前の9割程度ですが、改修して客室単価が上がったことで売上はほぼ100%戻ったケースも出てきています。

一方、インバウンドは2023年の外国人宿泊客延べ数がコロナ前の6割程度と回復が遅れています。円安が続き、都会地はオーバーツーリズム状態にあります。豊かな自然や歴史、文化を有する島根県は、オーバーツーリズムを回避したい外国人観光客にとっても魅力的な訪問地になりうると思います。

本県には国際定期便が就航する空港がありませんので、広島や岡山、米子などをゲートウェイとして誘客する対応をしています。そうした中、2024年5月にはベトナムと出雲縁結び空港を結ぶチャーター便が運航され、多くのベトナムの方々にお越しいただきました。こうした実績を積み重ね、連続チャーター便や国際定期便へと繋げていきたいと考えています。

島根ならではの豊富な観光資源を生かし、「ご縁も、美肌も、しまねから。」というキャッチフレーズで観光PRを展開している

ニーズに応じた多様な支援策で
チャレンジする企業を応援

――今後、島根県の成長産業と位置付けて育成に取り組んでいくのはどのような分野ですか。

島根県では、「グリーン・環境」「ヘルスケア」「次世代モビリティ」を次世代産業分野と位置付け、2023年度より県内企業の参入を促す取組を始めました。しかし、本県の企業の多くは中小企業であり、人的リソースや情報収集の機会が必ずしも十分であるとは言えません。そこで島根大学、島根県立大学、松江高専やしまね産業振興財団等と連携し、「しまねオープンイノベーションプラットフォーム」を設立しました。県が窓口となって研究者を紹介し、企業の技術課題の解決に向け、専門的な見地から助言・指導に繋いでいます。

さらに、セミナーの開催や、研究開発費の支援など、企業ニーズに応じた支援も行っています。これらの支援は、事業拡大を目指すベンチャーやスタートアップ企業も対象としています。こうした制度の活用を促し、チャレンジする企業を応援しています。

生産性・収益性の向上などにより
若い世代に魅力ある農林水産業へ

――農林水産業において、現在注力されている施策についてお聞かせください。

本県は条件不利地域の割合が高く、零細事業者が多い状況です。また、担い手や後継者は慢性的に不足していることから、生産性・収益性が高い産業構造への転換を図り、意欲ある生産者や次代を担う若い世代にとって魅力ある産業を確立していく必要があります。

農業分野では、県内農地の大部分を占める水田の収益性を高めるため、キャベツやタマネギ、ブロッコリーなど、収益性の高い野菜6品目を栽培する水田園芸を推進しています。また、県オリジナルブランド品種のぶどう「神紅」、しまね和牛など、特色ある品目の生産拡大や販路開拓にも取り組んでいます。

林業分野では、高性能林業機械の導入、林業専用道の路網整備、ICT機器等の導入による生産性の向上や省力化を支援しています。水産業分野では、年間を通して様々な漁法の導入など、収益性の高い操業モデルを実践し、新規就業者の確保と沿岸自営漁業者の所得向上を図っています。

企業の脱炭素・DXを支援し
新産業参入、新事業開発を後押し

――島根県のカーボンニュートラルへの取り組みについてお聞かせください。

カーボンニュートラルは、産業振興と県民生活の向上に繋がるよう取り組んでいくことが大切です。現在、「島根県地球温暖化対策実行計画」の見直しを行っており、産業分野に関しては、産業振興と脱炭素化の両立を図っていきたいと考えています。

企業のカーボンニュートラルには、企業自身のCO2排出削減の取組と、新市場への参入や技術開発等の取組の2つの側面があります。企業自身のCO2削減の取組には、普及啓発セミナーの開催や、専門家派遣などを行っています。また、「島根グリーンビジネスフォーラム」を立ち上げ、フォーラム参画企業を対象にビジネスセミナーやマッチングイベントの開催、専門家による個別相談対応などの支援を行っています。

――行政・産業のDX推進についてはいかがでしょうか。

行政のDXでは、市町村と連携して行政手続きのオンライン化を推進しているほか、市町村の情報システムの標準化・共通化が進むように現場支援に注力しています。また、県民がデジタル化の恩恵を受けられるように、スマートフォンなどのデジタル機器の操作研修の講師を担うICT人材の育成や、県民が気軽にICT機器に触れ、学び合える環境の整備を進めています。

産業のDXについては、セミナーの開催や、専門家の派遣、デジタル技術導入経費の助成などを行っています。また、デジタル技術を活用した高付加価値化や新たなビジネス創出を促すため、県内企業がIT企業と連携してDXのモデルとなるような新事業の創出を促進する取り組みも進めています。

人口減少・東京一極集の問題は
日本の総力をあげて取り組むべき

――最後に、知事が描かれている今後のビジョンについてお聞かせください。

今は働き手の不足、合計特殊出生率の低下など、人口減少の問題が顕著に出ています。例えば東京一極集中の是正は、地方の課題である過疎の緩和につながるだけでなく、大都市の超過密を緩和し生活環境を向上させるなど、東京圏の住民にとってもメリットがあります。さらには、若者が出生率の低い大都市から、出生率の高い地方に移動することにより、全国の出生率の増加につながるでしょう。

これらの問題には、政治だけでなく、経済界や社会全体の総力で取り組んでいかねばなりません。今後は、税制の見直しなど、大胆で戦略的な政策を政府に強く求めながら、県としての取り組みは市町村と連携して実現していきたいと思います。

 

丸山 達也(まるやま・たつや)
島根県知事