誕生から30年、ネットメディアの未来 信頼できる社会基盤になるには
インターネットの普及に伴い急成長したネットメディア。利便性が高まる一方で、正確性を欠く情報が広がるリスクも生まれた。これに対応するため、発信者の信頼性を保証する技術「オリジネーター・プロファイル(OP)」が開発中だ。ユーザーが発信元をチェックできる仕組みを構築する。

クロサカタツヤ(株式会社企 代表取締役、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任准教授、ジョージタウン大学 客員研究員)
インターネットの普及と軌を一にして誕生したネットメディア。日本でも1990年代の終わりには、ポータルサイトや新聞社のサイトで記事が読めるようになった。さらに2000年代に入ると、様々な主体がインターネット上で情報発信をするようになる。
「最初の10年の拡大は爆発的で、その時生まれたサイトや事業構造が今もネットメディアの骨格をなしています」と、株式会社企(くわだて)代表取締役のクロサカタツヤ氏は話す。同氏は慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の特任准教授であり、米ジョージタウン大学の客員研究員も務めている。
ネットメディアの出現までは、情報とそれを運ぶ媒体は一体だった。ネットメディアの誕生を見て、2003年から2012年までAP通信のCEOを務めたジャーナリストのトム・カーリー氏は、メディアの未来を「コンテナとコンテンツに分かれる」と予言したという。クロサカ氏は、「現状を見ると、実際にその通りになっています。ネットメディアにおいてはコンテンツの作成と配布・配信は分解されました。インターネットはコンテナ(格納容器)とコンテンツ(中身)を分け、ユーザーはコンテナの中から自分が欲しいもの、見たいものを取るようになっています」。
カーリー氏の発言を受けて、元Googleのエンジニアである及川卓也氏は、インターネットはコンテンツを載せたコンテナを運ぶコンベアの働きをしている、と分析している。実際に、インターネットというコンベアに乗り、様々なコンテンツが隅々まで行き届くようになった。
「ただし、デリバリーはデリバリーでしかない。配送はバラバラで、コンテナの素性も、また中身の妥当性も分からない、いわばむき出しの情報です。この30年で、たどり着いたのはそんな荒野だったと言えます」。
ネット情報の質を調べられる手段
OPを開発、実証実験中
伝統的なメディアの情報パッケージには、ある程度の品質保証も含まれていた。例えば新聞には、指摘された誤りを検証して訂正記事を出す仕組みがある。ネットの時代の情報の品質保証については全世界で方法が模索されているところだ。日本で開発中なのは、発信源が明らかな情報は信頼できる可能性が高い、という社会の共通認識を利用して、ネットの情報をユーザーが検証できるようにする技術。クロサカ氏が事務局長を務めるオリジネーター・プロファイル技術研究組合で開発を進める、オリジネーター・プロファイル(OP)と呼ばれるものだ。
図 詐称を防ぐOPのしくみ

出典:OP技術研究組合
OPとは、インターネット上の情報の作成者や発信者を、ユーザーが確認できるデジタル技術である。ある企業がネットで運営しているサイトのウェブページに対し、第三者機関が認証を出すことで、間違いなくその企業によるものだということを保証する。エンドユーザーは、ブラウザに搭載されたOPボタンをクリックすれば、発信元の企業の基本情報だけでなく、企業の姿勢や編集方針等の信頼性に関わる情報や、認証を受けていることを証明するアイコンを確認できる。公開鍵暗号技術を用いており、「なりすまし」が簡単には出来ないようになっている。
OP技術研究組合では、W3C(ウェブ技術の国際標準化団体)に、OPの技術提案も行っている。この技術は、フェイクニュースに対抗するための情報発信者の検証、広告主とそれを掲載するメディアそれぞれの組織背景や意思の確認に用いることができる。このため同組合には、主要な新聞社、テレビ局、広告代理店やネットの情報プラットフォーマーなど企業が多く参画している。
さらに注目されるのは、官公庁や自治体など公的機関による情報発信の裏付けにも使える点だ。地震や洪水などの災害時には様々な情報が錯綜するが、近年は人々の関心を引くことで閲覧数を増やし、広告費を得ようとするユーザーが流す偽情報のために、救援や復興に支障をきたす例が出ている。さらに、行政から被災者への補助金の給付プロセスは、詐欺師にとっては格好のターゲットだ。
偽情報で救援が遅れたり金銭をだまし取られたりすれば、被災者はもちろんなりすまされた側も被害者となる。OP技術研究組合では現在、能登半島地震の被災地である石川県と金沢市で、OPを活用する実証実験を進めている。これは、「発信者識別技術OPを利用した被災地におけるインターネット上の偽情報・誤情報対策事業」が総務省事業として採択されたものだ。OP技術は2025年度の本格運用開始を目指して、開発が進んでいるところ。ネット発の情報発信をより信頼できる形にするため、普及させていく。
多様な情報を認識できる
ネットメディアが理想
人口減少が進む中、地域によってはかつてはアクセスできたメディアがなくなる、という事態が発生している。新聞社が夕刊の発行を止めたり、地域から撤退したり、またラジオ局の統廃合や、FMよりコストがかかるAM放送を停波する動きも始まった。
このような状況下で、クロサカ氏はメディアのインフラを全国で持続可能にすることの重要性を強調する。総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」のブロードバンド代替に関する作業チームの議論に参画し、将来を見越した改革の必要性を訴えているところだ。そして、「信頼のおけるメディアが情報流通の一翼を担っている状態は、民主主義、そして社会の安定に不可欠。これが失われたら、私たちは判断や選択の基準を失ってしまいます」と語る。
過去30年、利便性向上と増え続ける課題の中で、ユーザーを増やしてきたネットメディア。どのような理想の像を描いて、今後の発展を目指すべきなのか。クロサカ氏は、「その人が知りたい、読みたいと思っている以外のことを、できるだけスムーズに教えてくれるメディアであってほしい」と話す。放っておくと、見たいものしか見ないのが人間であり、AIのアルゴリズムに基づくリコメンドは、今後さらにその傾向を強めていってしまうと同氏は懸念する。
「紙の新聞やテレビの場合、『興味ない』と思って読み飛ばしたり、チャンネルを変えたりしたとしても、その判断をした時点で興味のない情報を認知しているわけです。それがあるのとないのとでは、大きな違いが出てきます」。大切なのは、自分は欲しい情報をネットから受け取っている、という自覚を持つことと、情報の欠如の可能性を理解できていること、だという。
「AIの推奨する情報で固められると、関心はないが知っておくべき情報を取り込むスキがなくなってしまう。そのような状態は望ましくないと思います」。今後のネットメディアにおいては、AIをどう使うか、あるいは使わないかという、「適正な使用」を可能にする技術開発や運用法の検討が不可欠になるだろう。

- クロサカ タツヤ(くろさか・たつや)
- 株式会社企 代表取締役
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任准教授
ジョージタウン大学 客員研究員