ボルタ 没入体験を実現する4次元の映像表現技術を磨く

シネマトグラフの発明に始まる130年余りの映像史は科学技術の進化そのものと言える。グローバル企業のテレビCM制作等を手がけるボルタ代表取締役の檜山雄一氏は、これまでにない没入体験を可能とする映像技術を開発すべく、株式投資型のクラウドファンディングで資金調達を図った。

株式会社ボルタ 代表取締役 檜山 雄一氏
(東京校4期生/2016年度修了)

漠然と抱えていたアイデアが
ある日のひらめきで現実のものに

映画史に残る革新的な作品の1つが1999年公開の『マトリックス』だ。キアヌ・リーヴス演じる主人公が弾丸を避けるシーンなど、当時の最先端技術を用いた視覚表現は世界を驚かせた。ボルタ代表取締役の檜山雄一氏も作品に衝撃を受けた1人だ。千葉大学工学部画像工学科とデジタルハリウッドで映像技術を学んだあと、テレビやCMの制作会社に勤務し、クリエイターとして独立。2011年にボルタを設立した。

「若いころから『映像の仕事イコール独立』というイメージを持っていましたし、頭の中に浮かんだ映像を形にするならば、組織に所属するのではなく、自分の会社でやるほうがいいと思っていました」

会社員時代からのネットワークもあり、仕事は順調で、会社設立の数年後に銀行の融資を受けて都内にスタジオを購入している。このときは自社用ではなく、あくまで不動産投資として考え、賃貸で運用していた。

しかし、2020年のコロナ禍で状況が変わる。テレビCMはACジャパンのCMに置き換わり、映画やドラマも含め映像の仕事は新規案件どころか、既存のプロジェクトまでも軒並み延期や中止となった。先行きが見えない日々だが、ふさぎ込んでも始まらない。そう考えた檜山氏は海を見ながら食事をしようと、パートナーと茅ヶ崎に出かける。パートナーはCM制作の仕事を通して知り合った脚本家だ。

「お店に入ろうとしたとき、ふと思いついたんです。バーチャルスタジオはどうかと。コロナ禍で今までのような撮影はできなくなりましたが、バーチャルプロダクション技術を使えば、その場にいながらにして、いくらでも景色を変えられます。そのことを妻に話したら『それじゃん!』と賛同してくれて、心が決まりました」

バーチャルスタジオに対する憧れのような思いはあったが、自社で所有するという考えには至っていなかった檜山氏。茅ケ崎でのひらめきは「天から降りてきた、典型的なアハ体験」だった。

企画力と制作力を兼ね備えている点が強み

大学院での経験が生きた
アイデアを伝えるための計画書

それから9カ月の歳月をかけて、檜山氏はアイデアを事業計画書にまとめ上げた。

「バーチャルスタジオには大規模な投資が必要になるので、人生初の事業計画書を書き上げました。以前の僕だったら計画書を書くなんて発想もなかったと思いますが、事業構想大学院大学(MPD)で事業構想計画書を作成した経験があったので、なぜ必要か、何を盛り込めばよいのかがわかっていたので書けたんです」

MPD入学は2015年春のこと。当時は独身で、仕事の合間を縫って世界一周チケットを使って各国を巡っていた。見山謙一郎特任教授が企画したバングラデシュの視察ツアーには、そのチケットを使って合流している。

「見山先生のアテンドで、日本との文化交流を推進する老夫婦と食事をする機会がありました。バングラデシュは地価が世界トップ水準で、老夫婦の自宅は目を見張るほどの大豪邸でしたが、裕福さを鼻にかけることもなく良い人たちでした。ただ、国としては貧富の差が激しく、市中には路上生活者が溢れています。MPDでの研究を通して、事業は人が幸せになるためのものだと気づきました。僕の事業は映像制作で、世界に届くものです。人の幸せとは何なのか、このことは今でもよく思い出します」

視点情報を加えた4次元技術
今までにない没入体験が可能に

2021年、檜山氏はバーチャルスタジオ開設に向けて動き出した。場所は不動産投資として買ったスタジオだ。入居者はいたものの、コロナ禍の影響もあったのか「こちらから相談を持ち掛ける前に、退去の申し出があった」ため、すんなりと転用できた。また、バーチャルプロダクションに欠かせないLEDパネルやカメラ等の機材調達、内装工事などにかかる費用は補助金と融資で賄った。事業計画書を書き上げていたことに加えて、MPDの教員や修了生の支援もあり、資金調達に関する手続き等はすべてスムーズに進んだという。

まるで屋外のような映像を撮ることができるバーチャルスタジオ

「当社は企画から制作まで手掛けられることが強みですから、撮影スペースだけでなく、オフィス空間にもこだわって作っています。重視したのは居住性と可変性。クリエイティブ、テクノロジー、マネジメント、それぞれが役割を果たしながらも密に話せて、常に情報や考えを共有できる場とするために、イスなどの家具は可動式タイプを選択し、照明やコンセントの配置なども工夫しました」

ここで制作した作品の1つが東ソーのCMだ。木漏れ日の中を車が駆け抜ける映像は屋外のように見えるが、すべてスタジオでの撮影。カメラに連動して背景が変化することで、ごく自然な映像に仕上がる。従来の撮影は天候や時間などに左右され、撮影場所の下見や許可申請などの手続きも必要だが、バーチャルスタジオならばそれらが不要で、コストも抑えられる。さらに3Dゲームエンジン「Unreal Engine」と連動させれば、製品設計やマーケティングなど、様々な分野への応用も可能だ。

さらなる映像技術の進化と規模の拡大に向けて、檜山氏は2025年に株式投資型クラウドファンディング「FUNDINNO」に挑戦。目標額の約1.5倍の1540万円の調達に成功した。調達した費用は人材と技術開発に投ずる。

「目標達成以上に、クラファンを通して多くの人に知っていただけたことが良かったと思っています。これを機に日本トップクラスのCGチームがジョインすることが決まったので、近々正式に発表する予定です」

技術面では4次元(4D)技術を使った没入型バーチャル映像制作の技術開発に挑む。4D技術とは3Dに視点情報を加えた表現技術のこと。3Dでは映像が立体的に見えるが、4Dになると自分がその空間の中にいるかのような没入体験が可能になる。基盤技術は開発が済んでおり、今後は実用化に向けた撮影や制作の技術を磨いていく。

「今後バーチャルと現実はますます近接していきますから、新しい表現技術に期待してください。イベントやエンターテインメントにも活用できますから、面白そうだと思った方はぜひ共創しましょう」

各分野のプロフェッショナルが集い、新たな映像表現に挑む