神奈川県・黒岩祐治知事 新時代を拓く、全領域でのDX推進構想
「いのち輝くマグネット神奈川」というテーマを掲げ、魅力あふれる神奈川県の実現を目指す黒岩祐治知事。新型コロナウイルス感染症への対応でDXや民間企業との協業の有効性を経験し、現在、医療・少子高齢化・防災・産業振興などのあらゆる分野でその経験を活かした施策を進めている。
「み~~んなDX!!」を合言葉に
神奈川県の持続的発展を目指す
――2024年度に新たな総合計画「新かながわグランドデザイン」を開始されました。そのビジョンについてお聞かせください。
私は知事就任時から、基本理念として「いのち輝くマグネット神奈川」を掲げています。「いのち輝く」とは、県民が生きている喜びを実感し、生まれてよかった、長生きしてよかったと思える神奈川県ということです。「マグネット」は、マグネットのように人やものを引きつけ、住んでみたい、何度も訪れてみたい、つながってみたいと思える魅力にあふれている神奈川を目指すということです。「新かながわグランドデザイン」もこの基本理念のもとで、県民一人ひとりのいのちを輝かせるとともに、人やものを引きつける魅力を持った神奈川の実現を目指します。
人口減少社会とDXが本格的に動き始めようとしている今、「いのち輝くマグネット神奈川」を実現するには、あらゆる分野でDXを推進していく必要があります。2024年度は、「み~~んなDX‼」を合言葉に、安心して暮らすことができ、誰もが活躍できて持続的に発展する神奈川の実現を目指していきます。
新型コロナでの経験から
DXへの取り組みが始まった
――神奈川県は、これまでDXにどのように取り組まれてきましたか。
我々のDXへの取り組みは、2020年に横浜港に到着したダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウイルスによる感染が確認された時に始まりました。未知のウイルスによる大量の感染患者に、DMAT(災害派遣医療チーム)がトリアージを行い対応しました。
しかし、あまりにも患者数が多かったため、無症状者や軽症者は自宅待機していただきました。そうした方々への対応策として急遽開発したのが、LINEによる「新型コロナ対策パーソナルサポート(行政)」です。LINEで一人ひとりの病状等を伺い、その人に合った情報をお知らせする。そこからさらに医師や訪問看護につなぎました。この経験が、神奈川県のDXのベースになっています。
例えば、歯止めがかからない少子化問題では、出産や育児そのものに対する不安や、経済的な不安、キャリアと並立できるのかといった不安を取り除くことが非常に重要です。そこで、「新型コロナ対策パーソナルサポート(行政)」をアレンジした「かながわ子育てパーソナルサポート」をLINEに開設し、子育て支援情報を発信しています。
防災分野では、新型コロナウイルス感染症対策を機に導入した神奈川県データ統合連携基盤を活用しています。これは様々な形式のデータを迅速に収集・統合・連携・分析してデータを利活用するシステム基盤で、各市町村が防災分野の業務において活用します。
この1月に起きた能登半島地震では、このシステム基盤の開発にあたったメンバーが能登に飛びました。各地に分散する避難所の全体像を把握するため、Suicaなどの交通系ICカードを配布し、避難所にはカード読み取り機を設置することで入所・退所の状況等がデータ化され、今どこの避難所に誰がいるのかを把握できるようになりました。
この仕組みをマイナンバーカードで実施して、マイナンバーと紐づければ、その人がどういう薬を飲んでいるのかがわかり、その人のもとに薬を届けることもできます。このように、一人ひとりにつながることができるのが防災DXです。
医療からインフラまで
あらゆる領域をDXで変える
――超高齢化社会を乗り越えるため、神奈川県では「未病の改善」を提唱されてきました。医療分野でのDXはいかがでしょうか。
未病とは、心身の状態を健康と病気で分けるのではなく、常にその間を連続的に変化するグラデーションの状態のことであり、県では、少しでも健康な状態に近づけていく「未病の改善」を推進しています。WHO、東京大学と連携して、健康な状態から病気までの間を数値化した「未病指標(ME-BYO INDEX)」は、取組の一例として挙げられます。県運営の無料アプリ「マイME-BYOカルテ」で簡単なチェックをすれば、生活習慣、認知機能、生活機能、メンタルヘルス・ストレスの4領域から、自分の現在の未病の状態を「見える化」できます。「マイME-BYOカルテ」と電子母子手帳を連携すれば、ワクチン接種歴や病歴、服用した薬の履歴などが全てわかります。自分の健康状態をチェックした結果、不安があればオンライン診療を受ける。さらに必要なら対面で受診する。こうした医療DXをこれから進めていきます。
この他、インフラDXも進めています。これは、デジタル技術やデータを活用してインフラ分野の業務や働き方などの変革を図る取り組みです。その一環として、県及び県内市町村で構成する「神奈川県3次元点群データ利活用推進会議」を設置し、3次元点群データの活用を推進しています。3次元点群データとは、ドローンなどで地形や構造物の形状を測量して得られる位置情報や、カメラの画像データなどで得た色の情報による点のデータです。地形や構造物の詳細な現状把握ができ、定期的にデータを取得することでインフラ施設の変状など、維持管理に必要な情報を得られます。このほかにも、例えば土砂災害が発生した場合、流出した土砂の量や範囲などの被災状況を早期に把握して迅速に災害に対応できます。
県庁の働き方しかり、これからありとあらゆるものがDXによって大きく変わっていきます。そういう意味で「み~~んなDX‼」なのです。
震災以降、民間企業との
協力体制で数々の困難を克服
――知事は、県が民間の力を取り込むことにも注力されています。
私が知事に就任したのは東日本大震災の直後です。あの時、町は壊滅状態で、コンビニエンスストアが唯一の砦になりました。そのため本県では、水や食料など、被災者が必要としているものを項目にして、コンビニ各社を通じてそれらを提供することを、透明性を持たせるために記者会見で発表しました。その後も必要に応じて、トラック協会や倉庫協会など、ありとあらゆる業界とMOU(覚書)を結んでいきました。
「未病の改善」でも、県と同じ思いを持つ生命保険会社と組みました。未病に関するパンフレットを保険外交員の方々が一軒一軒配布し、お話をしていただくことで周知が進みました。
「新型コロナ対策パーソナルサポート(行政)」を開発できたのも、突然LINEの執行役員が協力したいと飛びこんできてくれたからです。他にも、全体の統括指揮をしてくれたNPOの人や災害医療の専門家など、外部の人たちが県庁職員と一体になり、コロナ禍を乗り越えました。
こうした経験を積むうちに、民間企業や団体とMOUを結ぶことは当たり前になりました。
「企業経営の未病」もチェック
83%の企業で経営状態が改善
――神奈川県には歴史ある中堅中小企業がたくさんありますが、そうした企業への支援や産業振興についてどのようにお考えですか。
先ほどの「未病の改善」という考え方は、企業経営にもあてはまると思っています。企業経営は健全経営と経営不振の間を行ったり来たりしているからです。早い段階でリスクを把握できればうまく乗り越えることができるでしょう。しかし、多くの企業は危ないかもしれないと思っても、なかなかそれを見ようとしません。そのうちうまくいくようになるだろうと思いたい。そして、ハッと気づいた時には手遅れになっている。
そこで、リスクになるべく早く気づいて改善してもらうために、企業や事業者に向けた「企業経営の未病CHECKシート」を開発しました。これまでに約4万8600部を企業に配布し、そのうち約5000社がチェックシートを提出しました。その中から相談が必要と思われる企業に、中小企業診断士などの専門家を約1500回派遣しています。その結果、約83%の企業が「未病から改善した」と回答しました(2022年度)。
企業経営では、時代の新しい流れに応じて事業形態を変えていくことも大事です。我々は、そのためのサポートやアドバイスも行っています。その企業が持つ技術をどのように転換したら時代に求められるものになるのか。富士フイルムがフイルムで培った技術を活用して化粧品や医薬品を開発しヘルスケアメーカーに転身したように、時代の大きなビジョンを見て方向性を示せば、新しいビジネスチャンスが生まれます。
――起業家育成や、ベンチャー企業の支援についてはいかがでしょうか。
ベンチャー支援は非常に重要です。現在、ベンチャー支援のかながわモデル「HATSU-SHIN KANAGAWA」により成長段階に応じた支援に取り組んでいます。
「HATSU鎌倉」など県内3か所の起業家創出拠点では、起業準備者、起業家、地域企業が交流し相互に支援し合うことで、地域「発」の起業家を生み出す起業家コミュニティの形成を目指しています。
また、横浜にあるベンチャー企業の成長促進拠点「SHINみなとみらい」では、ベンチャー企業の事業拡大に向けた個別伴走支援や、大企業とベンチャー企業の協業による新たな事業連携プロジェクトの創出に取り組んでいます。この拠点には県のベンチャー支援担当者が常駐し、ベンチャー企業をサポートするとともに、ベンチャー企業の課題解決に向けた取組を県庁の関連部署につなぐ役割を担っています。
私も先日視察してきましたが、非常に活気があり、たくさんの人であふれ、新しいものがどんどん生まれていました。大企業の人たちも訪れていて、刺激を受けて自らベンチャー企業を立ち上げた人もいるようです。
「ペロブスカイト太陽電池」で
日本からエネルギー革命を起こす
――神奈川県のカーボンニュートラルへの取り組みの方針についてお聞かせください。
東日本大震災の時に計画停電が行われていましたが、当時、私は選挙戦で県内各地を回っていました。
箱根に行った時、旅館組合の人から、計画停電でこのままお客さんが来ない状態が続けば夏までもたないと言われたのです。箱根の旅館が一斉につぶれたら、その周辺産業も全て倒れます。これは神奈川県全体に影響する経済危機になると思いました。そして、電力不足による危機を救うのは太陽光発電だと思いました。だから、私は選挙戦の度に太陽光発電の重要性を訴えてきました。
しかし、シリコン太陽電池は重くて設置できる場所が限られ、薄くて軽い従来の薄膜太陽電池もコストや発電効率が課題となっていて、なかなか普及しませんでした。それが今、桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授の「ペロブスカイト」というノーベル賞級の発明により、太陽光発電は大きな転換点を迎えています。
ペロブスカイトの発電効率は高く、価格も安くなることが想定されています。原料となるヨウ素は、日本が世界第2位の生産国です。まさに、日本からエネルギー革命を起こせる。そういう発明が、この神奈川県から生まれたのです。
これからは大きな発電所で大量に電気をつくる集中型電源から、使う場所に近いところで電気をつくる分散型電源へと転換していかなければならないと思っています。エネルギーの地産地消を一層加速して進めたいと思っています。
また、2024年度は三浦市で「ライドシェア」の実証実験を行います。タクシー会社に協力を要請し、運行管理や車両の整備、ドライバーの教育などを担っていただきます。この実証実験を実施するために、国にいくつか規制緩和を求めました。それが認められ、この4月から全国どこでもライドシェアができるようになりました。本県では4月から実証実験を行い、「神奈川版ライドシェア」を築いていきます。
- 黒岩 祐治(くろいわ・ゆうじ)
- 神奈川県知事