兵庫県養父市 関宮地区の「小さな拠点」 中山間地の活力ある未来とは

兵庫県養父市では、「地域をどう持続させるのか」という問いへの答えを探る取り組みが進む。養父市長の広瀬栄氏と、NPO法人但馬を結んで育つ会(以下、TMS)の代表理事・千葉義幸氏、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)の坪井りん氏に、描く未来について話を聞いた。

サービスを1カ所に集約し
住民を集める「小さな拠点」

兵庫県養父市が進める「関宮小さな拠点整備事業」は、養父市関宮地区で、生活に不可欠な医療・福祉をはじめとするさまざまなサービスを1カ所に集約、住民が暮らす地域と結ぶ交通サービスも組み合わせた拠点を整備し、持続可能な地域の実現を目指す取り組みだ。拠点には、訪問介護センター事務所なども併設したコミュニティ施設のほか、高齢者関連施設や店舗などの建設も予定されている。

この事業の背景には、全国の自治体の共通の課題である人口減少や高齢化がある。養父市と連携協定を結び事業に参画するTMSの千葉氏は、地域医療を担う医師でもあり、養父市の医療福祉アドバイザーも務めている。地域の医療福祉の現場では医師・看護師・介護従事者などの担い手が減り続けており、千葉氏は医療福祉サービスの存続に対する危機感が強いという。

千葉 義幸
NPO法人但馬を結んで育つ会代表理事、
ちば内科・脳神経内科クリニック院長

養父市関宮地区をモデル地域として新しいビジョンを創出するという広瀬市長の思いと、千葉氏が現場から発した課題の解決を模索する思いが合わさって進められているのが、「関宮小さな拠点整備事業」だ。広瀬氏は「高齢になっても、慣れ親しんだ地域を離れることなく、できるだけ長く生活してもらうことが目的」とその狙いを話した。

広瀬 栄
兵庫県養父市長

養父市、NPO法人但馬を結んで育つ会とPwCコンサルティングが共同で作成した、「関宮小さな拠点」のコンセプトイラスト

「豪雪地帯でもあり、冬季には雪で孤立するような地区もあります。そういう時には小さな拠点で一時的に暮らしてもらい、雪が解けたらまた自分の地域に帰って田や畑の世話をする、関宮の小さな拠点はそんな場所になります」と広瀬氏。

「頑張れば、何とかなる」と
住民が思えるような姿を見せたい

一方で、同事業の目標は、高齢者の暮らしの支援だけにとどまるものではない。2004年に4つの町が合併して誕生した養父市だが、高齢化・人口減少と同時に、以前は町の行政の中心だった区域の活力低下が深刻化している。小さな拠点の整備の狙いは、関宮地区が持っていた活力を取り戻すことにある。高齢者が医療福祉やその他のサービスが集約された「小さな拠点」に定期的に通うことで、仲間と話ができる機会が増える。と同時に、若い人や子どもが集まってくるような賑わいをもつくり出したい考えだ。

千葉氏は、拠点を「高齢者が集まって生活する場」にするのではなく、拠点と自分の家を行き来できることが大事であると話す。また、多世代が集まる場としての機能については、「拠点に医療と福祉サービスがあることは大前提ですが、それがメインではありません。拠点がまちの中心として活性化されれば、そこに魅力を感じた関係人口も増えるはず。そうすれば、自分の故郷は何とかなる、と住民に感じてもらえるのではないでしょうか」と指摘する。

その実現に向けては、千葉氏を含む現役世代が頑張っている姿を見せることに加え、70~80代の高齢者も、子どもや孫のためにと協力する必要がある。「皆が協力するためにも、ビジョンが大事です」と千葉氏は話す。

「そのビジョンを描けていることが、『関宮小さな拠点整備事業』のすばらしいところ」と話すのは、千葉氏と同様に事業に参画するPwCコンサルティングの坪井りん氏だ。簡単には解決策が見つからない地域課題に、真摯に取り組んでいるのが養父市と、養父市と協働するTMSの千葉氏だと言葉に力を込める。「まずは地域のコミュニティのために、医療と福祉、多世代をつなげる小さな拠点をつくる。関宮で成功すれば、他の地域にも展開させるというのが養父市の構想です。1つのコミュニティでできることには限界がありますが、面でつながって医療圏や経済圏をつくるという構想は説得力があり、これこそがビジョンだと思います。皆が『頑張ればできるかも』と思える未来を描けていると感じています」。

坪井 りん
PwCコンサルティング合同会社
エクスペリエンスコンサルティング
シニアマネージャー

あくまでも住民が主体
住民会議で「納得解」を出す

最も難しいのがこの「頑張ればできる」という住民のマインド醸成だと千葉氏は言う。例えば、医療と福祉をメインに、小さな拠点で他にどんなサービスを提供するのか。賑わいを生み出す事業はどうつくればよいか。さらに、住民が家と拠点を行き来する交通をいかに整備するのか。「必要に応じて専門家の意見も聞きますが、実際に拠点や交通を使うのは住民です。住民が主体的に、小さな拠点は自分たちのものだと考えて自分たちで運営し、自分たちでまちをつくっていくんだというマインドを生みだし、拠点を生きたものにしなければなりません」。

千葉氏がこの課題をどうすべきか考えていた時にPwCコンサルティングとの出会いがあり、同社が事業に参画することになった。同社は、「関宮小さな拠点整備事業」において地域住民会議の立ち上げを支援している。坪井氏は、「正解を示して、住民の方々にそれに合わせてもらうのではなく、住民同士で目線を合わせて頂くことをサポートしてきました。私たちが心がけたのは、正解はなく『納得解』しかないから、住民同士がしっかりと対話できる環境をつくることでした」。住民は立場や担うものもそれぞれ違うが、それらを一旦脇に置き、全員が対等な立場で相手の話を聞くことをルール化したという。

広瀬氏は、「地域住民会議は住民の自立を促すためのものではないかと思います。行政の限界を知ったうえで、行政が動きやすい環境をつくってくれるのも住民の力です。いい形で住民と行政の調和があれば、私たちも思い切ったことができる。住民と行政が互いに認め合う中で、よりよいものをつくり上げていけると期待しています」。

関宮地区で住民主体の「小さな拠点」ができあがれば、その取り組みは養父市の他地域や、より広い但馬エリアの他地域でも少しずつ形を変えながら応用できる。「近い将来、実現できるはず」と千葉氏は話す。最後に広瀬氏は、「小さな拠点は、最初から100%のものをつくるのではありません。時代に合わせ、子どもが育つように、小さな拠点も成長し続けます」と締めくくった。