シリウス「スイトルボディ」 人の尊厳を守る介護用洗身用具
2024年度グッドデザイン金賞を受賞した介護用洗身用具「スイトルボディ」は、要介護者を普段のベッドに寝かせたまま全身を洗える画期的な商品だ。開発経緯から今後の展望まで、株式会社シリウス亀井隆平代表取締役社長に伺った。
文・矢島進二(日本デザイン振興会 常務理事)
亀井 隆平 株式会社シリウス代表取締役社長。
三洋電機の商品を背にして「三洋電機のDNAを私が継承しています」と語る
「元々は柔道選手でした」と亀井氏は自身の経歴を振り返る。幼い頃から柔道に打ち込んでいたが、最初の職は国会議員の秘書だった。「衆議院議員の浜田幸一氏の秘書を2年間務めました。その後、柔道を通じた縁で三洋電機に入社。工場でのライン管理から始まり、営業、マーケティング、経営企画と幅広い経験を積みました」。
パナソニックの子会社になる前の2011年に三洋電機を退職し、妻が設立していたシリウスの経営に参画することになる。「当初は三洋電機の人気商品ホームベーカリー『GOPAN』の販売代理店として事業を展開していました。三洋時代の仲間が支援してくれたおかげで、どうにか会社を存続することができました」。
転機となったのは、ある発明家との出会いだ。「元三洋電機の役員から、水を噴射しながら同時に吸引する技術を考えた発明家を紹介してもらいました」。この技術を元に開発したのが、家庭用掃除機の先に取り付けるだけで水洗い掃除機に早変わりする「スイトル」で、テレビショッピングなどで人気を博しヒット商品となった。
「デザインの重要性も三洋時代から理解していたので、適任者を探したところ元パナソニックのデザイナー小西哲哉氏に出会いました。最初は外部デザイナーとしての参画でしたが、現在は役員として経営にも携わり、全てのデザインを統括しています」。
親の介護経験から生まれた構想
スイトルボディの開発のきっかけは、亀井氏自身の介護経験だった。「母が大腿骨を骨折して、歩行が不自由になりました。私のこの体格でも抱え上げるのは大変で、高齢者を持ち上げて浴槽で全身を洗うことの困難さを初めて実感しました」。
また、介護士である知人から介護現場の実情も聞いていた。「介護者不足と高齢化で、充分な入浴介助ができていない実態を知りました。そうした話を聞くうちに、普段使っているベッドに寝たままで、シャワーを浴びたように体を洗える機器ができないかを考えるようになりました」。

水の吹き付けと同時に吸い取る機構によりベッドに寝たまま全身を洗える。シリコンヘッドを交換するだけで、頭皮と髪の洗浄も可能
023年春から開発をスタートし、わずか1年ほどで製品化にこぎつけた。「スイトル」で培った技術である「水の吹き付けと同時に吸い取る機構」と「汚水と空気を完全に分離する機能」を応用できたからだ。
特徴は、温かいお湯を噴射しながら同時に吸引する独自の機構で、7つの特許を出願中で、「洗剤とお湯が使える洗身用具としては世界初」だという。
また、水道水と専用ソープを各タンクに入れ、電源ボタンを押すだけの簡単操作も特徴で、本体にヒーターを内蔵し水温を瞬時に38〜42℃のお湯にすることが可能だ。

簡単に取り外せるヘッド、タンクを実現。シンプルな形状で掃除などのメンテナンスが容易
本体のサイズや重量、各タンクの容量、操作性に注力して必要最小限の大きさで使いやすいデザインを実現。さらに、電源ケーブルとホースを本体に巻き付けて収納でき、施設内では複数台使用する際に収納しやすいように重ね置き可能な本体形状など、介護現場での知見が誠実に丁寧にデザインに落とし込まれている。

シンプルな操作パネルを実現し、直感的にわかる操作方法を実現
「ベッドを濡らさず、快適に洗えることが最重要課題でした。当初は吸引力を強くし水漏れを防ぐ設計でしたが、体感が冷たくなってしまう。試行錯誤の末、お湯の量と吸引力のバランスを最適化することで、温かく気持ちの良い使用感を実現しました」。
2024年4月の発売以来、老人ホームなどの介護施設を中心に導入が進んでいる。「予想外の使われ方も見えてきました。例えば、お風呂上がりに背中が痒くなる方に使うと症状が改善したという声がありました。これは専用ソープの効果です。泡立ちを抑えるため石油系界面活性剤を使わず、アミノ酸系の成分を使用したからです」。
また、身体障害のあるお子さんの入浴介助用としても需要があることもわかった。さらに、災害時の入浴支援用としても注目を集め、自治体から備蓄用として発注が入り始めている。「約1リットルの水で、予洗いから洗身、すすぎ洗いまで対応できるので、災害時のライフライン途絶時にも有効です。能登半島地震の被災地でも実際に活用していただきました」。
テクノロジーを活用し
質の高いケアで尊厳を守る
今後はマッサージ機能を追加するなど、さらなる進化も計画中だ。また「来年には介護保険適用認定を目指しています。認定されれば、月額1000円程度でレンタルが可能になり、気軽に多くの一般家庭で使っていただけます」。
「三洋電機時代、当時の野中ともよ会長が掲げた『Think GAIA』という、地球を一つの生命体として捉え、命の尊さを大切にする理念を掲げていましたが、人は死ぬ直前まで、そして亡くなった後も尊厳を持って扱われるべきです。『スイトルボディ』によって複数人の前で裸を晒すことなく、安全に清潔を保てますし、同時に介護する側の精神的な負担も軽減できます」。
創業から15年。「最新のテクノロジーで介護者の負担を減らし、より質の高いケアを提供できる環境をつくりたい。これからも介護の質を高めながら、介護する人、される人双方の尊厳を守る製品を開発していきたい」。亀井氏の挑戦は、まだ始まったばかりだ。