湯﨑英彦・広島県知事 多様な人材が集うイノベーション立県へ

2023年5月にG7広島サミットが開催される広島県。ロシアによるウクライナの侵略や核の脅威が高まる中での開催は大変意義深いことであり、世界に広島をアピールする大きな機会にもなる。2021年度から取り組む総合計画で目指す広島の姿とともに、サミットへの意気込みを湯﨑英彦知事に聞いた。

湯﨑 英彦(広島県知事) 取材は、新型コロナウイルス感染症対策をとり、ソーシャルディスタンスを十分に保ち行われた(2023年1月26日)

誇りにつながる強みを伸ばし
夢や希望に挑戦できる社会に

――総合計画で目指されている広島県の姿についてお聞かせください。

2021年度から取り組む総合計画「安心▷誇り▷挑戦 ひろしまビジョン」は、コロナ禍の中で策定しました。今、コロナはもとより、人口減少、GDPの低迷、競争力の低下など、将来に対する不安が高まっています。今回の総合計画では、県民が抱くこうした不安を軽減して安心をつくることが土台となっています。広島県の良さや強みを伸ばして県民の誇りにつなぎ、県民一人ひとりの夢や希望の実現に向けた挑戦を後押しします。

まずは、新型コロナウイルス感染症や物価高騰など、足元の課題にしっかりと対応し、その上でウィズコロナにおける経済の発展的回復を目指していかねばなりません。例えば創業支援では、より成長性のあるものに対する支援を行います。近年進んでいるDXでは、既存事業のデジタルシフトや、新しい産業をつくるデジタルシフトに取り組みます。さらにこうしたシフトを担う人材育成のためのリスキリングも推進しています。

今年5月にはG7広島サミットが開催されます。これは、広島県の魅力を世界に発信する非常に大きなチャンスです。我々のブランドストーリーに沿った形で情報が発信されるように、メディア側のニーズも聞きながら、プレスツアーなどを組み立てていきます。

広島は原爆ドームや宮島の嚴島神社が有名です。食べ物で言えば、もみじ饅頭、牡蠣、お好み焼き、レモンなど、皆さんが想起できるものがたくさんあります。ただ、その想起は価値の想起ではなく、ファクトの想起です。

上/核兵器廃絶と恒久平和を訴えるシンボルとなっている原爆ドーム
Photo by kaz00/Adobe Stock
左/嚴島神社の社殿の沖合に立つ大鳥居
Photo by ladysoulphoto/Adobe Stock
右/国内で唯一、潮の満ち引きのある場所に建つ嚴島神社の社殿
Photo by mtaira/Adobe Stock

「北海道」と聞いた時に、「食べ物が美味しい」というイメージが湧きます。これが価値の想起です。「広島」と聞いた時に「美味しい」「元気になる」「暮らしやすい」と想起されるようにファクトを磨き、それを発信して、広島に行きたい、広島に住んでみたい、というところにつなげたいと思います。

「イノベーション立県」を掲げ
産業の持続的発展目指す

――現在力を入れられている産業振興の施策についてお聞かせください。

本県の強みは、自動車・造船・鉄鋼などのものづくり産業で、2020年の製造品出荷額等は中国・四国で1位です。しかし、ものづくりは非常に競争が激しい産業です。グローバル化、デジタル化によってバリューがシフトする中で、新しい付加価値を生まねばなりません。ただ効率を上げるだけでは、生産費用の安い海外と競争ができなくなります。我々がその上をいくにはイノベーション力の強化が必要です。

そこで国内外の多様な人材や企業が広島に集い、つながることから創出されるイノベーションによって、将来にわたって持続的に発展していくことができる「イノベーション立県」の実現に向けた取り組みを進めています。基幹産業のバリューアップはもちろん、イノベーションが生まれやすい環境をつくり、成長が見込める新産業を育てていきます。

特に、今後大きな成長が見込める環境・エネルギー分野や、健康医療分野での新産業創出には力を入れています。環境エネルギー分野では、カーボンリサイクルに注目して産学官が連携した広島県カーボン・サーキュラー・エコノミー推進協議会(通称:CHANCE)などを通じて、さまざまな交流を通してマッチングや研究・実証を進めています。健康医療分野では医療機器にフォーカスして、これまでさまざまなメーカーが医療分野に参入できるような支援を行ってきました。例えば、デジタル技術を活用し、ソフトも含めた健康・医療分野の研究開発や製品化の支援を行い、一定の成果も出始めています。さらに、新たな領域としては、広島大学にはゲノム編集の大家がいますので、その先生を中心にゲノム編集技術の開発に取り組んでおり、社会実装に向けた企業との連携に注力しています。

基幹産業については、ものづくりプロセスのデジタル化を進めるため、広島大学に「デジタルものづくり教育研究センター」を創設し、研究コンソーシアムを3つ設置しています。そこでは、デジタル技術を活用したものづくりの研究開発や人材育成、社会実装に向けた検証に取り組んでいます。

今年度から、デジタル技術の活用等に必要な知識やスキルを習得した人材を育成する「リスキリング推進企業応援プロジェクト」にも取り組んでいます。ここでは、リスキリングの重要性を伝え、実際にそれを企業で実行してもらいます。イノベーションを創出する人材を育成・集積して、企業の生産性向上を図るプロジェクトです。

――イノベーション人材育成では、これまでにどのような成果が出ていますか。

本県では2011年からイノベーション・エコシステムの形成に向け、創業しやすい環境づくりや、イノベーションを生み出す人材育成に重点的に取り組んできました。新しい価値の創造に挑戦する機運を高めるための交流拠点「イノベーション・ハブ・ひろしま Camps」では、今年度から新たにコミュニティーマネージャーとスタートアップアドバイザーを配置し、セミナー開催や起業家への伴走型支援を充実させています。

新事業や地域づくりに挑戦する多様な人が集まるイノベーション創出拠点「イノベーション・ハブ・ひろしま Camps」 画像提供:イノベーション・ハブ・ひろしま Camps

また、「ひろしまサンドボックス」は、何でも試行錯誤できるオープンな実証実験の場です。県内外から約3000の企業、学生や支援者が集まり、これまで108件の実証実験を実施しました。Campsやサンドボックスのメンバーシップは、今年度だけで新たに500名ほど増えており、県内の起業家や支援者のネットワークは確実に広がっています。

2021年4月には、新たな県立大学として叡啓大学を開学しました。ここでは「知の統合」を基本コンセプトに、リベラルアーツを学び、実社会の課題を教材とした演習で実践・応用する中で、課題を解決し、新たな価値を創造する人材の育成に取り組んでいます。

2021年開学の叡啓大学。100年先の未来予想図をデザインし、社会を前向きに変えるチェンジ・メーカーを育てることを目指している
画像提供:叡啓大学

さらに2022年3月から、ユニコーン企業に匹敵するような、企業価値が高く急成長が見込まれる企業を10年間で10社創出する「ひろしまユニコーン10」プロジェクトにも取り組んでいます。急成長した企業が身近に存在することで、県産業に刺激を与え、次なる挑戦の着火剤になれば、イノベーション・エコシステムが完成すると考えています。広島で挑戦することが当たり前の土壌や文化の形成を目指したいと思っています。

さまざまな実証実験で
デジタル人材を育成・集積

――産業や行政のDXにはどのような課題がありますか。

DXに取り組む上で課題となるのは、デジタル人材の集積です。これまでひろしまデジタル・イノベーション・センターやひろしまサンドボックスなどを通じて人材の集積や育成を進めてきました。

例えば、ひろしまサンドボックスの実証実験の1つとして、船の自律航行(オートドライブ)を行っています。海と陸の自律モビリティ開発のスタートアップが、広島のエンジニア系の学生と一緒に実証に取り組んでおり、学生がスタートアップのマインドに直に触れ、生のビジネスに関わることにより、起業を志そうという学生があらわれ始めています。

このようなDXの取組を産業だけでなく、暮らしや地域など全ての分野に広げ、県民生活に関わる様々な分野で取組を着実に進めています。

そのほかの取組について、具体例を出すと、農林水産業の分野では、スマート農業の実証を行っています。中山間地域に対応した収益性の高い経営モデルの構築に向け、県内で生産量の多い品目に対する技術開発や改良を行っています。

また、暮らしの分野では、子どもの育ちにつながるさまざまなリスクを早期に把握し、予防的な支援を届ける仕組みづくりもしています。福祉や学校が持つデータを連携させて、AIによる児童虐待のリスク予測などを参考に職員が対象者を決定し、子どもや家庭に予防的な支援を届けます。

さらに、地域の分野では、広島型MaaS推進事業に取り組んでいます。これは交通と医療、福祉、商業などを結び付けた新たな交通サービスです。

行政のDXを進める上でも、人材確保は課題です。そこで県と市町が共同で人材を確保し、活用する枠組みとして、「DXShip(デジシップ)ひろしま」を立ち上げることとしており、県・市町共同でのデジタル人材の確保・育成や先進事例の情報共有等に取り組んでいきます。

――カーボンニュートラルへの取組についてもお聞かせください。

本県ではCO2排出量の74%を産業部門が占めています。全国の産業部門の割合が47%であることを考えると、非常に多いことがわかります。大企業は自主的な温暖化対策を進めておられますが、中小企業は自力での対応が困難な状況が見受けられますので、県内の中小企業の省エネ対策等の取組への新たな支援を考えています。

家庭部門については、省エネの取組効果に関する情報が届きにくい、わかりにくいということが課題です。地球温暖化は県民一人ひとりの生活に深く関わるので、省エネ家電や省エネ住宅の普及啓発を拡充して、家庭部門に対する取り組みの強化を図っています。

世界が広島に注目する
G7広島サミットの意義

――5月に開催されるG7広島サミットの意義をどのように捉えていますか。

G7広島サミットのポスター(左)とロゴマーク(右)。サミットの成功に向け、官民一体で着実に準備を進めている

ロシアによるウクライナ侵略や核兵器による脅しにより、平和の回復と維持というテーマがこれほど重要だったサミットはありません。人類初の被爆、そしてそこから復興を遂げた広島は、戦争の悲惨さと平和による繁栄という2つのシンボリズムを有しています。このタイミングで、広島でサミットが開催されることは、極めて意義が大きいと言えるでしょう。

安全、円滑に会議が行われるように、公共インフラの整備や、サミット関係者向け宿泊予約センターの開設などの準備を進めているところです。また、県民の皆さんと、オール広島で成功させられるように地元説明会を行い、機運を醸成しています。

各国首脳の方々には広島の地で被爆の実相に触れ、核兵器の非人道性について深く認識していただき、平和の大切さを世界に向けて発信されることを期待しています。

サミットは広島の文化や技術、守り続けてきた自然や景観を国内外に発信する大きなチャンスでもあります。より多くの方に広島のファンになっていただき、広島に訪れたいと思っていただけるように、サミットという機会を最大限活かしたいと思います。

―――最後に、アフターコロナへ向けた観光戦略についてお聞かせください。

「ひろしまビジョン」では、観光が県経済を支える産業の一つになることを目指しており、観光消費額を2019年の4410億円から2030年には8000億円まで増大させる目標を掲げています。

本県には「嚴島神社」と「原爆ドーム」という世界遺産のみならず、穏やかな瀬戸内や里山の自然と暮らしが一体となった情景、歴史的な景観、豊かな食材など、多彩な観光資源があります。多様化する観光ニーズに対応した付加価値の高い観光プロダクトを県内各地に取り揃え、「100万人が集まる観光地を1カ所つくるよりも、1万人が熱狂するような観光地を100カ所つくる」という、ロングテールな観光地づくりを進めています。そしてその情報を、ターゲットの特性に応じた最適な媒体や手法で発信していきたいと思います。

2025年には大阪万博が開催されます。時期を同じくして福山市では世界バラ会議の開催が予定されています。こうした機会も上手く活用しながら、海外のお客さまに東京や大阪とは異なる日本の姿を楽しんでいただければと思います。広島には皆さんが思っている以上にステキなところがたくさんあります。ぜひ、訪れて楽しんでいただきたいです。

 

湯﨑 英彦(ゆざき・ひでひこ)
広島県知事