事業構想大の教授陣が語る これからの未来、事業構想の意義
事業構想大学院大学で院生を指導する教員は、様々な専門を持っている。社会学、知的財産、メタバースを守備範囲とする教授が、新規事業づくりを目指す事業構想家へ、未来を考えるヒントを語る。
「人間は幸せであるべき」
という発想
大学院生と事業構想を語り合うと、「ワクワクする」と院生が言う。院生の思い描く理想と、現実の社会課題が出会うテーマを語り合うときに多い。つまり、院生の理想と、社会課題の当事者である顧客をつなぐ試みが事業構想といえるのではないか。すると、事業構想の先には、それによって救われたり、幸せになる人間がいることになる。
たとえば、育児ノイローゼになって自殺を口にするようになった妹がいるとしよう。その妹が、夫の働き方が変わることによって、健康になる。あるいは、障害者の里子がいるとしよう。その里子が大きくなったときに社会で悲しい思いをしなくてすむように、耕作放棄地を転用した牛の放牧事業で心穏やかに地域の人と一緒に働くようになる。いずれも、じっさいの大学院生の事業構想を参考にしている。それぞれの例は、未来の事業構想の価値の基準を、ふたつ想起させてくれる。ひとつは、その事業構想が事業構想家にとって生きるに値することだ。上記の例だと、事業構想家である大学院生の「妹」や「里子」が幸せになる状態である。いまひとつの基準は、その事業構想が顧客にとって生きるに値することだ。上記の例だと、事業構想家である大学院生の「妹」と似た境遇にある既婚女性や、事業構想家である大学院生の「里子」と似た境遇にある子供やその親が、顧客としてサービスを受ける状態である。
このように、事業構想家と顧客の両方にとって生きるに値する事業構想であることが、理想と社会課題とが出会うための条件になりそうだ。その際、顧客は、顧客である以前に事業構想家と同じ人間である、という視線で捉えられている。たとえば、その視線からみると、「便利さ」だけを競うマーケティングはレッドオーシャンとなる可能性が高い。「便利に」、「ますます便利に」、「さらにますます便利に」(以下同様)、といった具合に「便利」という価値軸だけで人間を代表することがどだい無理だからである。それ以外に、人間の豊かさを体現する価値が無限にあり、それらを「操作」するのでなく、「寄り添う」アプローチが、顧客である前に人間という側面に立ち返る事業構想の発想といえる。そういう発想によるビジネスモデルでは、他人事を自分事にできる人や企業の事業が、大きな利益を生む(私益でも、公益でも)。
振り返れば、失われた30年、日本は私益も公益も減少してきた。私益と公益を抱き合わせにする、「人間は幸せであるべき」という発想が、未来の事業を牽引する原点となるときだと思う。
見えない資産の重要性、
ものからコトへ、コト作りの本質
21世紀になり、大量生産・大量消費型のビジネスモデルが崩壊する中で、ものづくりからコト作りへシフトすべきとの話がよくなされる。しかし、コト作りの本質が理解されないまま、コト作りとは経験であるとか、イベント作りであるとか、ソリューションを売るとか、感動を届けるとかとの曖昧な認識の中で、多くの企業、特に大手メーカーでは、従来型のモノづくりというビジネスモデルから脱却ができていない様に見受けられる。
先ず20世紀後半に成功した大量生産型のビジネスモデルが、構造的に崩壊していることを認識することが肝要である。21世紀になり、新興国の発展により、多くの商品が品質は別として世界中で生産が可能になり、供給量が急拡大していく中で、需要は比してさほど増えておらず、供給>需要と言う供給過多の状況に陥っている。またインターネットの浸透により、あらゆるものの情報、特に価格が見えるようになってしまったことで、強烈な価格競争が起こっている。この2要因により、価格の下方圧力の常態化が起こり、更にZero Emissionを目指す社会において大量廃棄も許されず、もの作りによる大量生産・大量消費・大量廃棄型のビジネスモデルが崩壊しているのである。
<pその様な社会環境の中で、ICT、AI、Robotics等の進展により情報と言う見えない資産と様々な事象を効率的に繋ぎ合わせることで収益を上げる企業が台頭してきており、社会全体の構造が、目の前に見えるモノから情報・知恵・知財と言った見えない資産である知から収益が生み出す仕組みに移行しているのである。そして、その事象を象徴する言葉が、「ものからコト」なのであろう。
メタバースブームの真意とは。
メタバースは現在、特色を持った仮想空間が多数存在しているが、今後は自由に行き来することができるようになり、接続する仮想空間内のデジタル資産もメタバース間を移動可能になる。そしてそれは1企業や政府に支配されない形で実現しなくてはならない。会社を経由することなく個々人で直接価値の交換をする構造へと変化してゆくのだ。これが仮想空間と、暗号資産の基盤であるブロックチェーンやNFTがセットで語られる所以である。
これまでコピー可能とされたデジタル資産は、NFTを使うことによって数を限定することができたり、転売された時にも収益配分がなされたり、これまでにない価値創造が可能となる。これは単なるゲームや暗号資産界隈でおきている限定的なニュースではない、中央集権的な価値観がすでに破綻してきており、WEB3プラットフォームで提唱されるように分散型インターネットに移行してゆくはずだ。そしてGAFAMが支配したこれまでの情報はネットワーク上で分散管理されることにより情報の主権は民主化される。金融サービスはこれまでのように銀行が資産を管理する考え方から、ネットワーク上で分散して管理することによって改ざんが不可能になり銀行の役割は大きく変わるであろう、これがDeFi(分散型金融)である。
このように、これまで中央集権で作り上げた信用という価値も個人でも担保されるようになり、社会構想や経済活動も大きく変わっていく。よって、これからの時代、常に多視点での観察と妄想を繰り返し、顧客価値にフォーカスする必要がある。そして小さいトライを繰り返すことが唯一の変化への対応方法であり、益々0から構想する思考力が必要になる。
- 松本 三和夫(まつもと・みわお)
- 事業構想大学院大学 教授
- 早川 典重(はやかわ・のりしげ)
- 事業構想大学院大学 特任教授
- 渡邊 信彦(わたなべ・のぶひこ)
- 事業構想大学院大学教授、 Psychic VR Lab取締役 COO