生涯学習社会の再構築 ラングランの視座から

ラングランの視座から

「生涯学習」という言葉が現代の教育政策や地域実践の場で頻繁に用いられるようになったのは、決して偶然ではない。その出発点には、1965年の第3回ユネスコ成人教育推進国際委員会(パリ)で、ポール・ラングランが提唱した“L'éducation permanente”(永久教育)という概念があった。この提唱は、教育を「誕生から死に至るまで」の人間の全生活にわたる営みとしてとらえ直し、従来の教育制度を統合的に再構成するべきだと主張した点で、教育の思想と制度設計の両面に大きなインパクトを与えた。

ラングランは、生涯教育が必要とされる背景として、従来の教育構造に内在していた三つの断絶を指摘した。第一に、青年教育と成人教育の断絶である。学校教育が人生初期のみに集中し、成人期における学びの制度的保障が極めて弱かったこと。第二に、一般教育と職業教育の分離である。教養教育と職業教育の間に制度的・文化的な隔たりがあり、相互補完的に機能してこなかったこと。そして第三に、教育は一定期間で完結するという固定観念である。教育が若年者の特権であり、成人には不要という認識が暗黙のうちに社会に浸透していたことは、学びの連続性を阻害してきた。

こうした分断を乗り越えるためにラングランが提唱したのが、「教育の統合と再構成」である。つまり、子ども・青年・成人がそれぞれのライフステージで学ぶべき内容と方法を再編成し、教育制度を全世代に開かれたものとして再設計することを求めたのである。これは、社会教育の本質とも深く重なる発想であり、とりわけ成人教育の再構築において重要な示唆を提供する。

成人教育において最も重要な点は、それが「義務教育」のように制度的に強制できないという点である。成人の学びの出発点は、あくまでも「主体的欲求」と「必要性」である。これは、リカレント教育やキャリア形成の文脈において、学習者自身が人生の中で抱える課題や目標に基づいて学びを選択することの重要性を示している。だからこそ、社会教育に求められるのは、一人ひとりの目的意識に応じた学習のデザインであり、理論的かつ実践的な技術習得を可能にする支援体制の構築である。

このような観点から見れば、社会教育とは、教育機会のセーフティネットであると同時に、学びの出発点を社会の側から支える仕組みでもある。たとえば、成人が働きながら夜間に学べる公民館講座や、キャリアチェンジを目指す人々への職業能力支援プログラム、あるいは高齢者の社会参加を促す市民大学講座などは、いずれも「必要に応じた学び」を支える社会教育の具体例である。

今後の社会教育には、こうした「分断を乗り越える」教育思想を制度と実践の両面でどう具体化するかが問われている。ラングランの思想が提起した課題は、単なる理念としてではなく、今日の日本社会が直面する少子高齢化、雇用の流動化、多文化共生といった現実的な課題に直結している。人生100年時代を迎えた今、教育はもはや一時的な制度ではなく、生涯を通じた社会参加と自己形成のための装置として再定義されなければならない。

社会教育士や社会教育主事には、この文脈において、単なる教育実践者ではなく、教育の構造そのものを変革していく“実践の理論家”としての役割が求められている。教育の三つの断絶をつなぎ直し、家庭教育・学校教育との連動の中で生涯学習の場を創出する――そのプロセスを地域レベルで具体化する実践知が、いまほど求められている時代はないだろう。