宮川洋蘭 花農家×IT×イノシシ=地方創生
「夢の花咲く島」と称される戸馳島に洋蘭栽培を根付かせ、全国トップクラスの生産地へと押し上げた宮川洋蘭。3代目の宮川将人氏が重視するのは「地域愛」だ。本業とは無関係の鳥獣対策に取り組み、「くまもと☆農家ハンター」を結成するなど、さまざまな活動に精力的に従事している。

宮川 将人(有限会社宮川洋蘭 代表取締役、
株式会社イノP 代表取締役)
顧客の「ありがとう」が
聞こえる農園に
熊本市内から車で1時間、八代海北部に浮かぶ人口約1000人の小さな島、戸馳島。作家の故・立松和平氏が「夢の花咲く島」と称したほど花栽培が盛んに行われているこの島に、洋蘭の栽培をもちこんだのが宮川洋蘭だった。
「祖父が終戦後に『心を豊かにするものを作りたい』と花き栽培を始め、2代目の父が高度成長期に『より華やかなものが求められる』とつくり始めたのが洋蘭でした。その後、戸馳島を洋蘭の栽培地にしようと、栽培を学ぶグループ『五蘭塾』を立ち上げ、実際に生産量が全国トップクラスになりました」と話すのは代表取締役である3代目の宮川将人氏。
祖父と父を見て育ち、小学校の卒業文集に「後を継いで世界一になる」と書いた少年は、東京農業大学を卒業後、アメリカとオランダで2年間の花修行に出て、目標実現に向けて事業戦略を描いた。
「父の時代は大量生産、大量出荷で、卸売りがメインでした。私から見た会社の伸びしろはBtoCにあり、こうした地方でもITを活用してお客さまと繋がれば、物心共に豊かな農業ができると確信しました」
2007年に宮川氏は妻の旧姓を冠したネットショップ「森水木のラン屋さん」を楽天市場にオープン。ただ、専門知識はなく、昼は栽培、夜は夫婦でネットショップの仕事を続けるも、赤字の状態が2年間続いたという。
「風向きが変わったのは2009年に長男が生まれ、メルマガに妻と長男の写真を載せ『幸せのお裾分け』と配信したことです。それまで1カ月の売上は10万円前後でしたが200万円に跳ね、僕らに求められているのはストーリーや温度感だと気付いたんです」
その後ECの売上が2億円を超えるまで成長し、2018年には「楽天市場ショップオブザイヤー」を受賞。熊本県の企業として初めて「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」を受賞する会社となった。
夫婦二人三脚で洋蘭の栽培に取り組み、300種類の花の園を造りあげた
農家の鳥獣対策へ
箱罠のIoT化を実現
順調に売上が伸びるなか、宮川氏は34歳のときに過労で倒れ、心肺停止から奇跡的な生還を遂げた。
「そのときに人生を見つめ直しました。何のために仕事をしているのか。売上や事業の拡大も大切ですが、それ以上に仕事を通じて地域や人の役に立つことがしたいと思いました」
その頃、イノシシに農作物を荒らされ離農するという農家の話を聞き、鳥獣被害の深刻さを初めて知る。そこから地域のためにできることはないかと考え、アクションを起こした。
「大切にしたのは一人の100歩より100人の一歩です。2016年に『地域と畑は自分たちで守る』というスローガンに賛同した仲間たちと『くまもと☆農家ハンター』を立ち上げました。災害から地域を守る消防団のように、若手農家が鳥獣から地域を守る有志活動を目指しました。まずは農家自らが意図しない餌付けにつながらないように農作物の残渣を畑に残さないようにして、正しい電気柵の設置方法などを学びました。その上でどうしても必要な場合は、イノシシが入ると扉が閉まる箱罠をマスターしていきました」
ただ、箱罠は山奥に設置し、毎日見回りをする必要があり、農家の仕事をしながらの対策はハードルが高い。そこで宮川氏はICT機器を導入する。
「EC事業を10年以上してきたので知見とネットワークがありました。最終的には自前で作れる発信機と箱罠のモデルができたので農水省のサイトで全て無料公開しています。現場で仲間と磨き上げたノウハウは鳥獣対策に苦しむ人たちの役に立つと思いました」
現在、農家ハンターは約130名に増え、全国から視察が訪れるようになっているという。
130名を超える「くまもと☆農家ハンター」の仲間たちと
若い世代が参入の兆し
島全体を観光農園へ
宮川氏は、くまもと☆農家ハンターで捕獲したイノシシを活用するため、2019年にジビエファームと、その運営を担う株式会社イノPを設立した。
「年間1000頭のイノシシの命を無駄にしたくありませんでした。ソーシャルビジネスにすることが持続可能な活動になると思い、融資をメインに民設民営のジビエ施設を建てました」
それにより捕獲したイノシシはジビエ肉として加工され、飲食店や消費者に販売されている。さらに歩留まりの悪さや残渣の処理の問題をするため、イノシシ丸ごとを堆肥化する機械をメーカーと開発。今では捕獲した野生動物の命を一切無駄にしないエコサイクルを確立している。
創業から5年を迎えたイノPでは、鳥獣対策に立ち上がる人を増やすための担い手育成支援事業にも力を入れている。市町村などの自治体を通して鳥獣被害に悩む地域住民に対して講習会や視察の受け入れなどを行い、防護や捕獲機器の導入支援を行う事業だ。
「被害にあって痛い思いをしている農家からお金を取りたくありません。行政と連携して鳥獣対策交付金などを活用して事業として展開しています。僕らは失敗を繰り返しながら川上から川下まで一気通貫のモデルを作ってきたので、それをすべて伝え、全国の中山間地域や農家の役に立ちたいです」
宮川氏はさらに大きな夢を描いている。島全体を観光農園にするプロジェクトだ。他地域と同様に島は人口減少が続くなかで、農業を通じて島を活性化しようと取り組んでいる。
「いちご狩りやブルーベリー狩りなど若い世代やファミリーを呼び込む事業を始めたところ、得意のEC活用の効果もあり、わずか数年で島の人口の数倍の人が訪れるようになりました。この仕組みを他の農家にも広げており、今後1年を通じていろいろな品目の農業体験をする仕組みを整えて、地域農家のモチベーションと稼ぎを増やしていきたいですね。これからも地方×農業×ITを自分の強みと捉え『にぎやかそ(過疎)』の精神で、地域を巻き込むチャレンジを続けていきます」
実際にポジティブな兆しも見えている。宮川洋蘭、イノPに加え、米やみかんを生産する古石農園、車海老の養殖と販売を行う吉本水産と、島内の一次産業4社が事業協同組合を設立し、4月から「特別地域づくり事業協同組合制度」をスタートしたことだ。
「地方への移住者や就農希望者の受け入れを予定しており、複数の会社で働きながらスキルアップできます。第1号生は国立大の新卒が早速大活躍していて、さらに農水省の官僚として働いていた30代がイノPに入社し組合の事務局長も務めています。こうした人材の移住はありがたく、1000人の小さな島から地元創生のロールモデルを目指します」

- 宮川 将人(みやがわ・まさひと)
- 有限会社宮川洋蘭 代表取締役
株式会社イノP 代表取締役