社会教育の現在地 制度的基盤と再編の課題
社会教育の現在地
ポール・ラングランが提唱した「教育の再構成」の思想を現代日本社会に照らし合わせるとき、私たちは社会教育の制度的枠組みとその限界に改めて向き合う必要がある。社会教育は、教育基本法第十二条および社会教育法に基づき、主として青少年および成人に対して行われる組織的な教育活動と定義される。ここには、学校教育とは異なる「場」でありながら、国民の生涯学習権を保障する重要な装置としての位置づけが見て取れる。
社会教育が直面する制度的課題
しかし、制度上はこうした定義がなされているものの、現実の社会教育は長らく「余白の教育」として周縁的に扱われてきた歴史がある。とりわけ1990年代以降の新自由主義的改革のなかで公民館や図書館といった社会教育施設の整理統合が進み、指定管理者制度の導入などによって、学習機会の公共性と持続可能性が揺らいでいる。さらに、社会教育主事や社会教育士といった専門職の制度的確立の遅れも、社会教育の専門性の軽視や人材の流動化を招いている。
現在、各自治体における社会教育主事の配置状況を見ても、制度上「教育委員会に一人以上の配置」が義務づけられているにもかかわらず、実態としては他業務との兼任や名目的配置にとどまる例が少なくない。つまり、社会教育を専門とする人材が実質的に政策立案や学習支援に関わることのできる体制は、十分に整備されているとは言い難い。これは、社会教育が本来果たすべき「地域の学びをデザインする」という中核的機能の弱体化を意味する。
また、制度面では「市民一人ひとりの自発的学習を支援する」という理念を掲げつつも、財源や評価制度の点では依然として「行政の事業」としての色彩が濃く、参加者のニーズや地域課題に柔軟に対応できる仕組みとはなっていない。学習の多様化・個別化が進む今日、画一的なプログラム提供や短期的な成果主義ではなく、長期的なエンゲージメント形成や学習コミュニティの醸成が求められているにもかかわらず、現行制度はこうした視点に十分に応えられていないのが現状だ。
社会教育再編に向けた三つの視点
こうした現状を踏まえ、今後の社会教育を再編するには、少なくとも三つの視点が求められる。
第一に、「専門性の制度化」である。社会教育士や社会教育主事が、単に資格を保有するだけでなく、地域教育行政や社会的包摂の現場で専門的な力量を発揮できるよう、養成・配置制度を整備することが急務だ。たとえば、地域包括支援センターやこども家庭センターなど、福祉・医療・子育て支援と連携する形で、社会教育士が横断的に活躍できる場を制度設計の段階から組み込むべきであろう。
第二に、「施設・組織の多機能化と再編成」である。公民館や図書館などの既存施設を、単なる学習機会の提供の場としてではなく、「地域の学びと連帯を再編する拠点」として再定義する必要がある。その際には、ハード面だけでなく、ソフト面、すなわち、そこにどのような「関係性」や「意味」が生まれているかという点に注目することが不可欠だ。地域住民が自らの学びを持ち寄り、他者とつながり、社会との関係性を再構築できる場づくりこそ、現代における社会教育の意義を再生させる鍵となる。
第三に、「評価の転換」である。社会教育は、その性質上、即時的な成果やアウトカムの可視化が難しい領域である。しかし、それを理由に軽視されてきた側面を乗り越えるには、学習者自身の内面的な変容(気づきや自信)、学習共同体の形成、地域への関与といった質的評価の枠組みを導入し、制度的にもその価値を位置づける必要がある。これは、ラングランの言う「生涯を通じた教育」という観点からも重要である。教育の成果を「今、ここ」の結果だけで測定するのではなく、「人生を通じた意味生成の営み」として捉え直すことが、社会教育の制度的基盤を持続可能なものにするだろう。