国内トップVCが指摘する スタートアップエコシステムの課題

独立系VCとして20年以上活躍してきたグローバル・ブレイン。運用資産総額は1700億円を突破、年間約120社に投資を行い、事業会社のCVCも多数運営している。百合本安彦代表取締役社長に、日本のスタートアップ投資・支援環境の現状と展望や、CVC運営のポイントについて聞いた。

百合本 安彦(グローバル・ブレイン 代表取締役社長)

2022年以降、VCとスタートアップの淘汰が進む

――日本のスタートアップ投資・支援環境をどう見ていますか。

私は1998年にグローバル・ブレインを設立し、2001年からVC事業を開始しました。最初の10年間はまさにカオスの時代で、ネットバブル崩壊やリーマンショック、監査法人の不祥事に伴うIPO停止などの出来事が次々と起こり、我ながらよく生き残れたと思います。

2011~12年頃から現在までは、スタートアップ投資は非常に安定していました。株価は右肩上がりでVCの設立も相次ぎ、メルカリやラクスルなど世界にも通用するスタートアップが日本から誕生しました。また、日本ではVCと共にCVCが発展していますが、欧米でもCVCの数は増えています。

ただ、今年から投資環境はだいぶ変わってきています。アメリカの利上げが確実視される状況下で市場が混乱し、それにウクライナ問題が拍車をかけ、株価が大きく下落しています。これは一過性の問題ではないと捉えており、スタートアップもVCも相当淘汰されると見ています。

米国利上げ等でスタートアップ環境の悪化が予想されるが、変化をチャンスと捉えられる起業家には絶好のチャンスだと百合本氏は指摘する(写真はイメージ) Photo by xy/AdobeStock

VCのグローバル化に課題

――日本のスタートアップ支援の課題や、御社が注力していることは何ですか。

この10年で日本のスタートアップ支援のエコシステムはだいぶ出来上がってきたと感じますが、世界から見れば非常に遅れています。

まず、VCのグローバリゼーションが進んでいないという課題があります。日本の国内市場はそこそこ大きいのと、東証マザーズという上場ハードルが高くない市場があるので、同じ事業領域でも2~3社は東証マザーズに上場ができてしまい、海外に出なくてもよいという内向き志向が生まれています。韓国やイスラエルのように、グローバル市場に出て行かなければ成長の道は拓けない国々のスタートアップの勢いは凄まじいものがあり、日本は取り残されつつあります。

私は、スタートアップのためにグローバル市場への道を切り拓いていくことがVCの使命だと思っています。当社は今年中にインドとベルリンにも拠点を設け、10拠点体制になります。

海外進出とともに当社が力を入れているのがハンズオン支援チームの強化です。経営者に寄り添いビジネスモデル構築やアライアンス戦略の立案・実行を支援するほか、ディープテック系スタートアップの専門支援をするBizDevチームや知財支援チーム、もちろん人事・総務・経理の支援も行います。こうしたハンズオン体制で投資先スタートアップの成長を徹底的にサポートし、グローバル市場に押し出していきます。現在はキャピタリスト約50人、支援チーム約30人の構成で、すでに世界トップクラスの規模のVCですが、将来は200人規模を目指しています。社員のキャリアも金融だけでなくコンサルティングファームや事業会社の経営層、大手メーカー技術者、弁護士、弁理士など多彩です。社員は6カ国の出身者がいますが、将来的に採用は全世界で行い、場所にとらわれないVCへの転身を目指します。

――投資で重視する点は。

もちろん成長性や市場性、技術の確からしさ、経営メンバーの多様性なども重視しますが、やはり経営者の資質を一番見ますね。経営は当初の事業計画通り進むことはなく、大抵ピボットが必要になりますが、ピボットの前にリソースを使い果たし諦めてしまう経営者が大半です。しかし、中には人生を賭して挑戦する人、絶対に折れない人がいて、歯を食いしばって一気に事業を浮上させるのです。私達は「耐性」と言っていますが、そういう強い精神力を持った経営者を探して重点的に投資します。

当社は年間5000社のスタートアップと会い、そのうち投資に至るのは2%です。投資のうち8割はリードインベスターで、役員派遣を行いながら幅広いハンズオン支援メニューを提供します。最初からIPOや出口戦略を考えるのではなく、とにかく大きな成長ができるであろう経営者を選んでいますね。

CVC成功の3つのポイント

――国内では数多くのCVCが設立されていますが、成功のポイントは何でしょうか。

海外のVCは年金基金や機関投資家から資金を集めますが、日本は事業会社がメインです。これは世界でも珍しい、日本特有のモデルです。そういう意味で、日本のスタートアップを支えてきたのは実は大企業だったと言えるでしょう。

こうした資金的な背景もあり、日本ではCVCが多いわけです。当社ではKDDIや三井不動産など10社のCVCを運営していますが、これまでの経験から、CVC運営では大きく3つの「勝ちパターン」があると思っています。

まず、トップマネジメントのコミットメントが大変重要です。スタートアップ投資が全て上手くいくことはありません。トップがコミットしないと1~2件の失敗で大騒ぎになり、せっかく良いコンセプトなのにすぐに撤退してしまう。CVCはこの失敗例が非常に多いですね。

次に、長く続けること。すぐに撤退するとスタートアップ界隈で「あそこから投資を受けても無駄」と噂が回り、再浮上しづらくなります。長く続けるためには、戦略的リターンだけでなく財務的なリターンを得ること、つまりCVCがしっかりと黒字のパフォーマンスを出し続けることが大切であり、そこはパートナーである私達VCの責務だと考えています。

3つ目が、危機意識の有無です。事業会社は同じ業界内のスタートアップをとても熱心に研究しますが、業界外のスタートアップにはほぼノーガードです。しかし、テスラにせよAirbnbにせよ、破壊的なインパクトを起こすのは大抵業界外からの参入者です。だからこそ危機意識を持って自分たちのスコープ外のスタートアップを探索することが重要です。特に、中核事業の収益力が高い事業会社ほど、新事業開発やスタートアップ投資は傍流になりがちで、脅威の登場に気づかないケースが多いですね。

――起業を目指す人やスタートアップへのメッセージは。

起業家には最大のチャンスが訪れていると思います。お話したように、株価の低迷などでスタートアップ環境は不安定になりますが、一方で起業を考える人が減り競争環境は緩和されます。大きな志を抱き、変化こそチャンスと捉えられる人にとっては絶好の機会ですし、VCにとっても、こういう時期に艱難辛苦を乗り越えてチャレンジする起業家はとても魅力的です。過去の経験から言うと、景気後退局面ではVCは5~6割淘汰されるでしょう。私達は生き残りのために、徹底的にハンズオン支援体制をつくりあげていきます。

また、事業会社では、急速なDXの波とグローバル競争を生き残るためには社内の資源だけではもはや無理だという意識が高まっています。スタートアップとの共創やCVCは事業会社にとって今後10年のキーワードになると思います。

 

百合本 安彦(ゆりもと・やすひこ)
グローバル・ブレイン 代表取締役社長