鳥取県・平井伸治知事 人口最少県が挑む「シン・子育て王国」構想

全国一人口が少ない鳥取県。平井伸治知事は、だからこそ小回りが利き、顔の見える関係性やネットワークを活かした住みやすい環境をつくることができると語る。近年は子育て支援や起業家支援など現場の声を反映した施策が功を奏し、県の合計特殊出生率は全国平均を大きく上回り、移住者も増え続けている。

平井 伸治(鳥取県知事)

2024年度からスタートした
新たな子育て支援計画

――平井知事は17年間知事を務められるなかで、子育て支援などで大きな成果を出されてきました。その要因や、これまでの施策のポイントについてお聞かせください。

鳥取県は全国で最も人口の少ない県です。でもそれは、小回りが利き、子どもを含む家族同士の距離が非常に近いということでもあります。そこで我々は現場主義に徹し、県民が必要としていることを施策に取り入れるように努めてきました。2024年度から新たにスタートした「シン・子育て王国とっとり計画」の策定に当たっては、若者や子育て世代に議論に参画してもらい、必要な施策をあぶりだすとともに、市町村とも話し合いを重ねて、迅速に予算化して実行しています。

「シン・子育て王国とっとり」のロゴマーク

これまでの取組の成果も出てきています。2022年の本県の合計特殊出生率は1.60で、全国平均の1.26を大きく上回り、全国で3番目に高い値でした。また、同年の出生数は前年対比+44名と、全国で唯一増加しました。その内容を見ると、特に第三子以降の出生数が51人増加するなど、多子の出生数が増加しています。また、40歳以上の母親の出産が増えたことがわかっています。

こうした結果が出たのは、これまでの取組によって、子育てへの安心感が出てきたからではないかと思っています。本県では第三子以降の保育料は全市町村で無料です。また、医療費も段階的に無償化しており、入院通院時の窓口負担金について市町村と調整して、県と市町村が折半して負担することで、2024年4月から高校生までの完全無償化を実現しました。

また、40歳以上の母親の出産が増えた要因としては、不妊治療支援が功を奏したのではないかと思います。不妊治療は経済的負担が課題です。国も2022年4月から不妊治療を保険適用にしました。不妊治療にはいろいろな方法がありますが、保険適用となる治療法は限られています。そこで本県では、保険適用外となる治療に要した費用の一部を助成しています。また、新しく結婚されたご夫婦が、そろって不妊検査を受けた場合、検査にかかる費用の一部を助成しています。早めに適切な治療をスタートすれば高い効果が望めるからです。

こうした取組(図表1)が功を奏し、高い出生率に結びついたのだと思いますが、残念ながら2023年は全国的に出生率が低下しました。これは、婚姻後に子どもをもうけるまでに2~3年かかるという調査結果がある中で、コロナ禍の行動制限等により2020年の婚姻数が大幅に減った影響や、2022年に新型コロナウイルスのオミクロン株が流行し、子どもから家族に感染が広がり、妊娠が控えられた影響によるものと考えられます。しかし、これは一時的な現象で、また戻ってくるのではないかと願います。いずれにせよ、大切なことは現場主義でしっかりと声を聞き、子育て政策をやっていくことだと思っています。本県が人口減少問題を打破するパイオニアになりたいと思います。

図表1 「シン・子育て王国とっとり」実現への施策と効果

出典:鳥取県

 

若い世代に支持され移住者増加
出生数を伸ばす要因に

――人口減少対策では、移住者数も大きな伸びをみせています。

2023年度の移住者は1696世帯・2361人で、対前年比で258人増加しました。上半期の移住者数は過去最多でした。移住者の半数以上が20代・30代の方で、やはり子育て世代に選ばれているというのが大きいです。

ただ残念なことに、コロナ禍が収束して、全国的にまた東京回帰の傾向が強まってきています。これはやはり全国的な課題として、何とか解決していかないといけないところだと思います。鳥取県では2000万円もあれば立派な家が買えますし、さっき申し上げたように保育料も医療費もかからないですし、遊ぶ場所もいっぱいあります。また、鳥取県は国より先行して少人数学級制を進めており、小学校は今30人学級で市町村と合意を取り、財源をお互いに負担し合って行っています。このような施策で若い世代に支持される移住先とすることが、出生数を増やしていく要因にもなると思っています。

GXやEVなどの新事業を
研究開発から一体的に支援

――鳥取県として、現在力を入れられている産業振興施策についてお聞かせください。

本県では「鳥取県産業振興未来ビジョン」(図表2)を策定し、新規性のあるGXの事業や、EVを始めとする自動車関連産業などを応援しています。例えば、本県米子市に工場を置いている王子製紙は、木質由来の航空機用バイオ燃料等の実証プラントを設置しています。

図表2 鳥取県産業振興未来ビジョンの概要

出典:鳥取県

 

本県の主力産業には食品関連産業もありますが、特に本県西部で伸びています。地元企業の大山乳業は今年8月に人気の高い「白バラ牛乳」の香港への輸出を始めました。さらに、和洋菓子を製造し国内外に広く店舗展開する源吉兆庵が鳥取県産生乳を使用したヨーグルトの専門会社を米子に設立し、ヨーグルトブランドを立ち上げています。このように地方では、地域の素材を活かした産業立地が重要なポイントになると思っています。

この他、電子デバイス、電気機械、素形材などのものづくり産業、豊かな地域資源を生かした観光産業、医療機器・バイオなどの技術革新型産業など、産学官の共創の力で、地域産業の安定や成長力強化に努めています。

――近年は宇宙産業の振興にも注力され、鳥取砂丘を宇宙産業創出拠点にする構想にも取り組まれていますね。

鳥取砂丘の砂は、月の砂と類似していることがわかっています。本県では「鳥取砂丘月面化プロジェクト」を推進し、月面探査に関する国内外の企業・研究機関が集い交流する拠点をつくり、鳥取県から宇宙産業を創出したいと考えています。鳥取大学と共に鳥取砂丘月面実証フィールド「ルナテラス」を整備し、2023年から実証試験を行いたい企業や研究者に提供しています。

例えば、これまで鳥取と縁のなかったブリヂストンがルナテラスを活用して月面輸送用の車輪の開発と実証試験を行うところまできました。現在、宇宙スタートアップや学生団体など、12企業・団体が研究・開発フィールドとして活用しています。また、2024年度は大学生チームを対象とした月面探査ローバーの全国大会を開催する予定です。ルナテラスを月面ローバー界の「甲子園」として聖地化し、本県の魅力向上につなげたいと思います。

上/鳥取砂丘に誕生した、日本初の屋外常設型の月面実証フィールド「ルナテラス」(左)と、その俯瞰図(右)。約0.5ヘクタールと広大な敷地を誇り、長さ100m・幅10mの平面ゾーン、5度から20度までの傾斜がある長さ23m×幅50mの斜面ゾーン、利用者が自由に掘削や造成ができる45m×50mの自由設計ゾーンの3つの区画がある 下/オープニングセレモニー時の学生ローバー開発チーム「ARES Project」のデモ(左)と、ブリヂストンのデモ(右)

事業承継の課題は
起業希望者とのマッチングで解決

――全国的に中小企業の事業継承が課題になっていますが、鳥取県ではいかがでしょうか。

本県の企業は99%が中小企業で、事業承継の課題を抱える企業も少なくありません。事業承継が上手くいかず廃業になると、雇用も失われます。そこで、本県ではマッチングによって、廃業を検討する事業者の経営資源を活用して事業をスタートするという新たな起業を支援しています。マッチングは事業承継プラットフォームの「relay(リレイ)」を活用し、事業者名を公開して、経営者の想いやストーリーとともに発信する「オープンネーム型」で承継者を募集しています。これが好評で、すでにマッチングが成立しています。また、革新的なビジネス創出を目指す起業家育成プログラム「TORIGGER(トリガー)」を実施しています。これは半年間の超実践型起業家育成スクールで、現在50名ほどが起業を目指して学んできました。

このほか、本県は官民連携で、女性が仕事や地域で活躍できる環境づくりにも注力しています。2023年度の県内事業所の管理的地位に占める女性の割合は、10人以上の企業で28.9%、100人以上の企業では27.6%でした。2024年3月に公表された「都道府県版ジェンダー・ギャップ指数2024」において、行政分野では2022年から3年連続1位、経済分野では初めて全国1位を記録しました。

こうした取組を地道に行い、大都市に出ていかなくても鳥取県で働き、家族と共にゆったりとした時間や環境で過ごすライフスタイルを実現できるような展開を図りたいと考えています。

「人と人との絆」を大切に
豊かで質の高いふるさとをつくる

――最後に、未来の鳥取県のために取り組んでいきたいことや、これからのビジョンについてお聞かせください。

本県は人口規模が小さいだけに、顔が見える「人と人との絆」のネットワークがあると思っています。ほかにも「豊かな自然」や、多くの人を惹きつける「幸せを感じる時間」があります。これらは都会にはない強みです。

鳥取県のこうした強みはコロナ禍の中で威力を発揮しました。本県の検査数は人口比で全国1位でしたが、罹患者数や死者数は全国で最少レベルに留めることができました。それは、小さなコミュニティの中にある病院や医師、民間企業、保育所や学校が協力して対策を進めることができたからだと思っています。こうしたネットワークを活かした地域づくりができれば、規模は小さくても、豊かで質の高い活力に満ちたふるさとづくりができるはずです。それができれば、大都市とも十分互角に勝負ができるでしょう。

日本全体で少子高齢化が深刻化し、人口最少県でかつ中山間地域が多い本県では、他県よりもひと足早く高齢化に伴う課題が顕在化し、その解決に取り組んできました。課題先進県としての役割を果たすことが、全国に対する本県の責任ではないかと思っています。実際に本県では早くから社会福祉法人が発展し、介護技術を高めてきました。今ではそのノウハウを、国内だけでなく海外にまで伝える法人が出てきています。また、介護技術を競う全国大会を立ち上げた法人もあります。今後は、地域のさまざまな経営資源を統合して課題解決を図るというスタイルを目指していければと思っています。

さらに、本県の強みである「支え愛の絆」「顔の見える関係性」「ネットワーク」を武器に、安心して住み続けられるふるさとづくりに邁進します。

 

平井 伸治(ひらい・しんじ)
鳥取県知事