世界初の貼る注射へ マイクロニードルの実用化が拓く医療とヘルスケアの新たな選択肢
(※本記事は経済産業省近畿経済産業局が運営する「公式Note」に2026年7月8日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

ものづくり日本大賞とは──
「ものづくり日本大賞」は、我が国の産業・文化の発展を支えてきたものづくりを次代へ継承し、さらに発展させていくことを目的に、ものづくりの第一線で活躍する優れた人材やグループを顕彰する内閣総理大臣表彰です。製造・生産現場の中核を担う人材、伝統的・文化的な技を支える熟練人材、今後を担う若年人材など、ものづくりに携わる各世代の中から、特に優秀と認められる取組が表彰されます。
本特集では、第10回ものづくり日本大賞で優秀賞を受賞したメンバーにお話を伺いながら、取組の背景や開発の歩み、ものづくり日本大賞を受賞後の展開について紹介します。
今回は、第10回ものづくり日本大賞において、「世界初!“貼る注射”が可能となるマイクロニードルの実用化」により優秀賞を受賞したコスメディ製薬株式会社の4名の方々のお姿をずっと近くで見守り、ともに歩んでこられた、同社社長 権 英淑さんからお話を伺いました。
受賞概要
案件:世界初!“貼る注射”が可能となるマイクロニードルの実用化
受賞者:コスメディ製薬株式会社 李 英哲さん、辻井 モナさん、豊田 佳太さん、川﨑 一馬さん
「貼る注射」という新しい選択肢への挑戦
まずは、同社が「貼る注射」として実用化を目指してきたマイクロニードルの特徴から紹介します。
マイクロニードルは、皮膚表面に微細な針を備えたシートを貼り、有効成分を届ける技術です。注射に比べて痛みや恐怖感を抑えることができ、医療従事者による処置の負担や針刺し事故のリスクを減らすことも期待されています。
さらに、液体製剤ではないため保管・輸送の面でも利点があり、自己投与や在宅医療、パンデミック時の大規模接種など、医療の選択肢を広げる技術として注目されています。
同社は、医療・医薬品には必要な深さへ、美容では角質層へ届く浅い設計へと、用途に応じて針の長さや構造を最適化してきました。
化粧品分野では、ヒアルロン酸を角質層へ届けるアイパッチなどとして展開し、「貼るケア」という新しい価値を生み出しています。
そんな研究開発の出発点にあったのは、従来の注射に代わる、より利用しやすい投与方法を実現し、患者と医療従事者の双方にとって負担の少ない手段を提供したいという思いでした。
「注射針と比べると、マイクロニードルは入る深さが浅いですし、先端もすごく細いので、痛点にあたりづらい。まず、痛くない注射を実現したいというのが、大きな思いですね。もうひとつは、患者さんが自分で貼れる、自己投与ができることを目指したいという思いもありました。」
研究成果を製品へつなげる、実用化のものづくり
権社長をはじめとする開発者の思いとマイクロニードルの特徴をユーザーに届けるには、材料設計、成形技術、品質評価、使用者が扱いやすいパッケージ設計まで、多くの要素を高い精度で組み合わせる必要がありました。自ら製造技術を築き上げる道を選び、研究で得た知見を生産現場に落とし込み、失敗と改善を繰り返しながら、微細な構造を安定して成形するものづくりを磨いていきました。
その過程では外部との出会いも大きな力になりました。ヒアルロン酸素材をきっかけとした大手化粧品メーカーとの共同開発、京都の支援機関や工業デザイナーからの助言、知財・契約・品質管理に関する専門家の支援など、必要な場面で外部の知見を取り入れながら、自社の状況に合う形へと消化していきました。助言をそのまま受け入れるのではなく、いま使うべきもの、将来に活かすべきものを見極めてきたことも、同社の実用化を支えた重要な力でした。
特に苦労されたことのひとつとして、パッケージ設計のときのことを思い出しながら、権社長は次のようにお話しになりました。
「マイクロニードルの形状を保ったまま輸送するにはどのようなパッケージを施したらいいのか、そこはすごく悩みました。そこで、外部の知見を取り入れようと、工業デザイナーの方から、将来量産化・自動化したときのことまで見据えて、どのようなパッケージにするべきかのアドバイスをいただいたんです。」
コツコツと慎重に、そして、反響を見ながら、また一歩前に進み、わからないことがあれば周囲の声に耳を傾けていく姿勢こそが同社の成長の秘訣でした。
代えがたい初期からのメンバーの存在
そして何より代えがたいのは、初期から生産現場で試行錯誤を重ねてきた受賞メンバーの存在です。リーマンショック後の厳しい時期にも、少人数で何役も担いながら、品質管理、製造、開発を兼任し、日々の失敗を次の改善につなげてきました。粘り強く手を動かし続ける姿勢こそが、「貼る注射」の実用化を支えた現場の力でした。
そんなメンバーを一番近くで見つめて、ともに歩んできた権社長。メンバーの印象を次のようにお話しになりました。
「受賞メンバーは、マイクロニードルの開発当初から入ってきた人たちです。失敗しても、前に進もう、という感じで、日々の失敗を糧にして、これがだめなら、じゃあ次はこうしてみようか、と粘り強くトライアンドエラーを続けてきた方々です。」
そのような道のりのなかでの第10回ものづくり日本大賞での受賞は、開発に携わってきたメンバーにとって、自分たちの技術が社会的に意義あるものとして認められたことを実感する機会にもなったそうです。
医療・ヘルスケア分野に広がる可能性
さて、マイクロニードル技術は、現在市場開拓を進める美容分野だけでなく、医療・ヘルスケアなど幅広い分野での活用が期待されています。現在、医療機器としては歯科用の表面麻酔で活用されています。
「歯科医療の現場でも、表面麻酔をマイクロニードルによって行うことで、注射の前の痛みを軽減できます。特にお子さんの場合、表面麻酔をしみこませた脱脂綿をピンセットで持っているのを見ただけで泣いてしまうこともあります。普段からお子さんも馴染みのある、シールを貼るように使えると、患者さんにも先生方にも負担が少なくなると思います。これから遠隔診療や在宅診療が進む中で、こうしたものは医薬品や医療機器の分野にどんどん浸透していく可能性があります。」
今後はワクチン投与、さらにはパッチ型センサーで血糖を持続的に測定するモニタリングシステムへの応用など、用途ごとに新たな可能性が広がっていくことが期待されます。
実用化を支えた挑戦と今後の展開
「世界初」とされる実用化には、技術の独自性だけでなく、安定した製造、品質管理、使用時の安全性や利便性など、多くの条件を満たす必要があります。権社長と受賞メンバーをはじめ同社は、研究開発の積み重ねを通じて、マイクロニードルを実際に社会で使える技術へと近づけてきました。
今後は、美容業界から医薬品、ワクチン、予防医療、セルフケアに加え、在宅医療や遠隔診療といった社会課題への貢献も視野に入ります。
これからの展開について、権社長は次のように語ります。
「高齢社会が進む中で、医療のあり方もどんどん変わっていくと思います。予防医療的なものも必要になりますし、在宅医療のニーズも高まってくる。その中で、この技術は活かせると思っています。」
「貼る注射」は、痛みを減らす技術であると同時に、必要なケアをより身近に、より安心して届けるためのものづくりだと感じられました。今回の受賞を契機に、同社の技術が医療、ヘルスケア、セルフケアなど多様な分野でさらに広がり、利用者にとって負担の少ない新しい選択肢となることが期待されます。
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- 近畿経済産業局 公式note