フィンテックから自動運転タクシーの開発へ newmo曾川CTOが語るデジタル技術と社会実装

(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2026年6月19日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

「誰もがITの恩恵を享受できる社会」を目指し、デジタル技術の社会実装によるイノベーションを推進する独立行政法人情報処理推進機構(IPA)。そのIPAが取り組んでいる事業の一つが、 突出したIT人材を発掘・育成する国家プロジェクト「未踏事業」だ。

タクシー事業や人材事業などを手がけるスタートアップ「newmo(ニューモ)」(本社:東京都港区)の曾川景介CTO(最高技術責任者)=写真=も、未踏修了生の一人。米国などが先行する自動運転タクシーの日本でのシステム開発に、最前線で取り組んでいる。

かつて、スマホ決済アプリ「LINE Pay」「メルペイ」の開発などでフィンテック業界でも名をはせた曾川CTOが、今なぜモビリティーテックに挑むのか――。その思いと行動を通して、デジタル技術と社会実装について考える。

曾川景介CTO

「レベル4」の自動運転タクシー 2028年の商用化目指す

自動運転のレベルには、ドライバーの運転操作を自動ブレーキなどで支援する「レベル1」から、システムがあらゆる条件下で完全に自動で運転する「レベル5」まで5段階ある。newmoが進めているのは、特定のエリアや条件の下であればシステムがすべての運転操作と監視を行う、「レベル4」の自動運転タクシーの社会実装だ。条件から外れたりシステムが故障したりした場合でも、安全な場所に自動で移動し、停止する。米国では「Waymo(ウェイモ)」が既に商用サービスを展開している。

newmoは2025年7月、自動運転タクシーへの本格参入を発表。大阪府の堺、大阪の両市と相次いで連携協定を締結し、2026年春から実証実験を本格的に開始した。カメラやセンサーを取り付けた車両をドライバーが公道で走らせて走行画像やデータを収集、AIに学習させて自動運転システムのモデルを構築するほか、閉鎖されたエリア内などでは無人走行実験も行うという。newmoはレベル4での商用化を2028年に想定。曾川CTOは「自動運転は遠い未来の理想ではなく、AIと共に実現できるサービスの一つとして開発している」と話す。

様々な機器が取り付けられた実証実験用の車両(newmo提供)
様々な機器が取り付けられた実証実験用の車両(newmo提供)
曾川景介(そがわ・けいすけ)=newmo共同創業者、最高技術責任者(CTO)。京都大大学院在学中にIPA未踏事業で採択される。2011年に渡米、2013年に設立した米スタートアップでクレジットカード決済のサービス基盤を開発。帰国後は「LINE Pay」「メルペイ」の開発を主導。メルカリ執行役員CISO(最高情報セキュリティ責任者)などを経て、2024年1月から現職。
曾川景介(そがわ・けいすけ)=newmo共同創業者、最高技術責任者(CTO)。京都大大学院在学中にIPA未踏事業で採択される。2011年に渡米、2013年に設立した米スタートアップでクレジットカード決済のサービス基盤を開発。帰国後は「LINE Pay」「メルペイ」の開発を主導。メルカリ執行役員CISO(最高情報セキュリティ責任者)などを経て、2024年1月から現職。

米国での経験から地域交通・自動運転に関心

曾川CTOが2024年1月に共同創業したnewmoはこれまでに大阪、東京、神奈川、沖縄の4都府県で計5社のタクシー会社をグループに迎え入れ、車両約1400台、従業員数2400人超の体制で「地域の足」となると同時に、小規模事業者が多いタクシー業界が抱える後継者不足やDXへの対応、経営の効率化などの課題に取り組んできた。「タクシーは、地域の暮らしを支える移動のインフラ」であり、「地域交通を持続可能にしていかなくてはならない」との考えからだ。タクシーの配車依頼からクレジットカードでの運賃支払いまで、すべてをスマートフォンでこなせるアプリも開発している。

配車アプリの特徴と画面表示の例(newmo提供)
配車アプリの特徴と画面表示の例(newmo提供。クリックで拡大)

newmo創業の背景には、曾川CTOが2010年代前半に米国で自ら利用したウーバーテクノロジーズなどのライドシェアサービスに感銘を受けたことがある。車を持っていなくても、電車やバスの路線や時間にとらわれず、ドアツードアの移動が自由にできて、決済も簡単だった。移動の仕組みそのものを変えていくサービスがアメリカでは日常的に使われていた。「自分もいつか、こうした新しいモビリティーサービスを日本でつくりたい。これからの時代、自動運転技術の活用は必然だ」と考えた。実際、newmoを創業する直前の2023年秋、米国で自動運転タクシーを利用し、その思いを強くしたという。

社会実装に次々と挑む理由「解決すべき課題があるから」

曾川CTOは、京都大大学院修了後の2011年に渡米、知人と2013年に起業したスタートアップ「WebPay」で、アプリやサービスを作る開発者向けに料金をクレジットカードで決済できる基盤を開発。それまでは煩雑だった支払いが簡単になり、利用者に好評を博したことから、金融とITを融合した「フィンテック」の社会実装がもたらすイノベーションに着目した。同社を売却して日本に帰国した後は、スマホ決済サービスの「LINE Pay」や「メルペイ」の開発を主導。そんな「フィンテック」の第一人者である曾川CTOが今、newmoで挑んでいるのは、移動や交通にITを融合させる「モビリティーテック」だ。

なぜ、それまでのキャリアと異なる分野に飛び込んだのか--。この問いに曾川CTOは、「モビリティーにも、例えばタクシーのドライバー不足といった課題がたくさんあるから」と即答。「フィンテックでも最初は金融については素人だった。自分の長所であるIT分野の知識やバックグラウンドを、他の人の知見と結びつけることができれば、様々な分野で課題解決の扉を開くことができるはず」と話す。「既に実用化された海外の自動運転タクシーを日本に導入すればよい」「莫大な資金力を誇る海外勢にわざわざ立ち向かう必要はない」といった意見があるのは承知している。それでも、曾川CTOは「日本の地域や社会にマッチしたサービスを提供する責任が、エンジニアの自分にはある」と力を込める。

東京都大田区で2026年5月に開設された自動運転タクシーの開発拠点(newmo提供)
東京都大田区で2026年5月に開設された自動運転タクシーの開発拠点(newmo提供)

大学院生時代にIPA「未踏」で採択 アイデア実現の仕組み考える

曾川CTOはスーパーコンピューターを研究していた大学院生時代、友達同士のモノの貸し借りをスムーズに、楽しくすることでより豊かなコミュニケーションを図れるようにすることを目的としたソーシャルレンディングプラットフォームのアイデアを友人と考案。IPAが実施する突出したIT人材を発掘・育成する国家プロジェクトの「未踏事業」に2010年に応募したところ採択され、ウェブサービス「Casca」の開発に取り組んだ。

曾川CTOが未踏事業で開発した「Casca」のトップページ画像(IPAの資料から)
曾川CTOが未踏事業で開発した「Casca」のトップページ画像(IPAの資料から)

IPAの未踏事業は2000年度に始まり、これまでに曾川CTOをはじめ、メディアアーティストなどの肩書で活躍する落合陽一さんら延べ約2400人の修了生を輩出してきた。現在、対象年齢や育成目的が異なる3種類の事業があり、応募者から寄せられた提案は、各分野の第一人者であるプロジェクトマネージャー(PM)が、革新性や成長性、応募者の情熱など様々な観点で審査する。採択されると、約9か月間の育成期間中、PMからミーティングやメールなどでのアドバイスを受けながら自分のペースで開発に取り組めるうえ、活動実績に応じた推進費用の支援などが用意されている。

<未踏事業は3種類>

IPAの資料から
(IPAの資料から。クリックで拡大)

<未踏事業の支援体制>

IPAの資料から
(IPAの資料から。クリックで拡大)

「やりたいことを自由にやらせてもらえた」という曾川CTOが開発した「Casca」は、商業化には至らなかった。しかし、曾川CTOは当時を振り返り、「やりたいことを実現するために必要な仕組みや概念を考えることの大切さを学ぶことができたことは、その後の人生でビジネスを進めていくうえで大いに役立っている」と語る。また、未踏事業を通じて知り合った同期や先輩、後輩、PMなどの人脈は今でも貴重な財産だという。

未踏PMとしてのメッセージ「失敗を恐れずに」

曾川CTOは、自身も修了した未踏事業のPMを2023年から務めている。クリエータを育成する立場として、審査基準に「社会課題の解決や新しい社会のあり方を見据えた提案」などの要素を掲げる一方で、「誰もが失敗するだろうと思うような困難な提案であっても、意味のある失敗ができるものであれば採択したい」とのメッセージも発信する。それは、数々のスタートアップや新規事業を手がけてきた経験から、「最初からうまくいくと分かっているものなら誰かがやっている。誰も手がけていない領域にこそ挑戦する価値がある」との思いがあるからだ。また、取り組むタイミングも重要といい、「5年、10年かけて最終的に何かにたどり着くこともある。一度の失敗に過度にとらわれることなく、情勢の変化を見極めて再チャレンジできるような柔軟性と情熱を持つことも大切」と話す。

曾川景介CTO

社会には様々な課題がある。曾川CTO自身は、「技術的には課題解決が可能なのに、なぜか社会実装されていない」「実装されているのに、多くの人が活用できていない」といった事柄について、「自分が関わることで少しでも改善できないかとよく考える」という。さらに、一つの課題の解決が、他の課題の解決や想定されていなかったメリットを副次的にもたらすようなイノベーションをいかに見つけるかも心がけている。

大きな変化をもたらすイノベーションを社会実装するには、純粋な技術だけでは不十分で、法律の整備や関係業界との連携なども欠かせない。曾川CTOは、「独自の問題意識と視点を持った、あらゆる世代、多様なバックグラウンドを持つ人たちの応募を心待ちにしている」と話している。

元記事へのリンクはこちら

METI Journal オンライン
METI Journal オンライン